猫猿日記    + ちゃあこの隣人 +

美味しいもの、きれいなもの、面白いものが大好きなバカ夫婦と、
猿みたいな猫・ちゃあこの日常を綴った日記です

成人式渋滞

2008年01月14日 16時19分05秒 | 携帯から
父の墓参り(車で15分の距離)に行こうと家を出たはいいけれど…

横浜アリーナ周辺は成人式の影響で大渋滞!

うう…
ここで成人式が行われることを忘れとった…(泣)

こりゃ日暮れまでには間に合わんな。

ま。
何はともあれ。

新成人の皆さんおめでとう。
自覚ある、きちんとした大人になって下さい。

っつーか、
そこで振り袖姿のまま歩き煙草しているガキ!

中学生みたいなことすんなよ。
情けねぇな~。
(成人式で暴れたり、こういうことする神経って、だいたい14歳くらいの精神年齢。なんで最近の子って成長が遅いの?)

ゴンザ対erima   .....闘いのゴングが鳴った

2008年01月12日 18時25分58秒 | ゴンザも隣人!?

ええ~。

年明けからなんだか、シモ関係ばっかりでなんなんですが。

先ほど。

パンイチ(パンツ一丁の略)でウロウロしてしていたゴンザが、
不意に、無防備な姿勢を見せたので、
『渾身の一撃カンチョ~!!』を食らわせてやりましたところ.....

いい具合にそれがヒットしたと思った瞬間、

「ブッ!!」っと。

見事にカウンターを食らってしまいました......(泣)
(チッ!罠か.....!?)

その、あまりの衝撃に、私。
泣き出してしまったんですけど、
そこへ追い討ちをかけるように、響き渡る、ゴンザの
「俺をなめんなよ~~~!!」という笑い声。

嗚呼!

よく考えてみれば、私の思いつきで放った攻撃などが、
磨きぬかれたゴンザの技に敵うはずがなかったのだ.....

そう。

こうしてまた、ゴンザの屁道はあらたなる進化を遂げたわけです。

うう。

私のあしたは、どっちだ.....

 『これをきっかけに、テンプルが打てなくなったジョーのごとく、
   カンチョ~に対しトラウマが出来たerimaは、
  「小さな巨人」「飢えた三毛猫」「リングの魔術師」と呼ばれる
   ちゃあこ・リベラとの激しいスパーリングに励み.....

    世界ヘビー級・屁道チャンピオンのホセ・メンゴンザに、
  再び挑む日を夢見るのであった。』

                                       <続く>


新旧交代   -思い出だけは受け継いで-

2008年01月10日 03時35分57秒 | ルーツ
2007年もあと二日で終わろうとしていたその日。
新しい掃除機を買った。

それまで使っていたものがいよいよ、その機能の限界を示し始めたので、
「新しい年を迎える前に」と、そう踏み切ったという次第だ。

しかし、その使い古した掃除機には、私には強い思い入れがあって、
もし、我が家に少しでも余分なスペースがあるなら、
たとえ使えずとも、大切にとっておきたい。
そんな気持ちだった。

なぜなら、その小さなピンクの掃除機は.....

私の妹が、初めて一人暮らしをする際に、買ったものだったから。


16歳で父のもとを飛び出したいい加減な私とは違って、
妹は真面目で、優しくって、昔から我慢強い子だった。

おまけに働き者で、本当に、心からの優しさを持っている、そんな子だ。

酔った継母の暴言と暴力にさらされる日常の中で、
彼女は高校に通いながらもアルバイトに励み、
卒業後も会社とバイトを掛け持ち.....
その稼ぎで家を出た。

結局は母のもとへ逃げた私とは違って、彼女は誰の力も借りず、
たった一人で、世間の荒波へと漕ぎ出していったのである。



そして、私がゴンザと共に暮らし始めたときから使っていたのが、
そのときはもう、彼女が使わなくなっていた、小さなピンクの掃除機。
(その時点で購入からもう10年近くが経っていたはずだ)

この7年間というものの、何度も「買い換えようか」という話が出ながら、
そのたび手放すのに忍びなく.....
あちこちテープやら何やらで補修しながら使い続けた、
古びた、あの愛すべき掃除機なのだ。

.....もし、これが自分で買ったものならば。
私はこれほどの愛着をひとつの道具に抱かなかったであろう。

けれど、あの小さな掃除機には、色んな思いが詰まっていて、
どんなに機能が充実した新品が手に入るよりも、私には大切だったのだ。

まあ、少し前、妹にそんな話をしたら、彼女は私がその掃除機を使っていることに驚き、
「erimaちゃんがそう思ってくれるのは嬉しいけど、もう古いし、
 遠慮なく新しいのと換えてくれていいんだよ。だって...
 もう何年前のものよ~?」
と、笑っていたが.....

しかし、やはり、いよいよもってそれを手放すときは、思わず
ちょっとセンチメンタルになってしまったのも否定出来ないところではある。

何よりあの小ささと、可愛らしいピンクのデザインは、
決して立派なものではないながら、妹のかつての旅立ちにぴったりに思えて、
愛しいことこの上なかったのだ。


そもそも私がゴンザと共に暮らし始めたときも。

色んな理由があって、この部屋には、少しの家具やTVの他は、カーテンすらなかった。

それが、一緒に暮らし続けるうちに、様々なものが揃い、
壊れたもの、古くなったものは容赦なく捨てられ、買い換えられ.....
現在があるのだ。

でも、その中であの掃除機だけは。

小さな掃除機だけは。

いつも私の手に馴染み、くるくるとよく部屋中を駆け回り、ずっと一緒にいてくれた。

今頃はもう、どこかでバラバラにされてしまったのかもしれないけれど.....。

これまでずっとありがとう。

忘れないからね。

記憶。

2008年01月09日 02時55分33秒 | 猫たち

このblog内で再三取り上げてきたことではあるが。

私は腰が悪く、ちゃあこは甘えん坊である。

 

ちゃあこがこの顔になったら要注意!(笑)
甘えん坊ビームを発したら最後、しがみついて離れない。

 

そして、一見、無関係そうに見えるこの二つの事柄には、
実はとても深い関係がある。

.....いや。

私の腰が悪いのは、一種遺伝のようなものでもあるし、
(我が家は亡くなった父含め、母・妹・弟←手術経験アリ、含め全員ヘルニア)
別にちゃあこのせいでも何でもないのだが、
今日に限っては、ちょっとばかり関係があって、
甘えん坊モードに突入したちゃあこを抱き上げた瞬間に「グキッ」っとやっちまった、と(泣)

 

こちらはゴンザが持ち帰ってきた白いグラジオラス。
私は白い花が大好き♪

 

しかし、彼女が一度甘えん坊になったら、もうどうしようもなく、
こうなってしまったが最後、ちゃあこは私が立っていようと座っていようと、
例えばトイレに行こうとお構いなしに膝や胸によじ登ってきては、抱っこをせがみ、
しがみついて離れない。
(家事も、片手にちゃあこを抱っこしながら、なんてしょっちゅうだ)

 

 

 

そうして、私は仕方なく、痛んでまっすぐ伸びない腰を曲げたままで
「いたたたた!ちょっと待って!ちょっとちょっと.....」
と、ちゃあこを抱え、家の中をヨロヨロ、ソロソロと移動するという次第である(笑)

 

こちらはゴンザがクリスマスにプレゼントしてくれた、
フレーバーグリーンティーのセット。
この箱はオルゴールになっていて、
引き出しを開けると白鳥の湖の調べが流れ出す、という仕組み。

 

しかし、ここで言いたいのは私の腰がどうとかいうことではなく。

なぜちゃあこがあれほどまでに必死の形相で甘えなければならないのか、
ということに対してなのだ。

こうなってしまったときの彼女は、まるで、
そうしなければ溺れてどこかへ引きずり込まれてしまうかのような懸命さで私にしがみつき、何度床に降ろしてもまとわりつき、よじ登り、「きゃっきゃっ」と文句を言い続ける。

 

お茶が入っているジッパー付きの袋も可愛い♪

 

かつて捨てられ、さまよっていたときの記憶なのか、
それとも私の愛情が足りないのか.....。

愛おしく、切なく、実に痛々しいちゃあこの甘えかた。

 

こんなにシンプルで可愛いスプーンもついてた♪

 

そして、そのたび私は、

「大丈夫だよ。どこにも行かないよ。
 ほら、こうして、erimaちゃんはいつもちゃあこと一緒にいるでしょう?」

そう彼女を抱きしめながら、背中をさすり、静かに言い聞かせつつ思うのだ。

『ちゃあこが元気でいるうちは、私は絶対死ねないな。
 もし、私が姿を消したら、彼女は「捨てられた」と思うだろうから』と。

......誰かに必要とされるのは、そう悪くないものだ。

 

 

 

そして。

きっと、ちゃあこが私を必要としているのと同じくらいに。
.....いや、それ以上に。

私もちゃあこを必要としているのだろう。

なんて。

こんなことを書くと、「俺は?俺はどこに登場するの?」なんて、
いじける人が出て来そうだが(笑)