4月から虫歯の治療をしてきたのが一応終わった。最後の仕上げに歯肉が退化した部分の歯を磨いて象牙質に似たものを塗ることにした。1回目は右下側、2回目は左下側を終えて今日は3回目で右上側である。虫歯の治療とは違って、歯を削ったり、神経にさわるようなことはなくて治療中に患者に居眠りも出ようかというほど楽な治療である。下顎の左右2回の治療の経験から、3回目の今度も楽々すむものと思って治療台に腰掛けた。
この医院は治療台が10台もあり、歯科医師が院長、中堅、研修終了程度の若手の3名いる。歯科技工士さんは数えたことはないが治療台の数に近いのだろうか。最初に掛ったのは院長が大学を卒業し開業してまもなくの時であった。痛さもあってか大分不機嫌な顔をして治療を受けたせいか、治療費を払って帰ろうとすると院長が出てきて深々と頭を下げて、「今日は痛くて申し訳ありませんでした」と言ったのが思い出される。2回目に掛ったのは新しい建屋に移ったあとで、大きな虫歯治療のあと小さな虫歯や歯石除去その他あれこれ治療すると言われたが中断した。あまり自分の歯をいじくりたくないと思ったからである。そのとき右上の歯の虫歯部分を掘って埋めた銀歯が数ヵ月後に飴を噛んだときに取れてしまった。
今回は初回に治療して銀歯を載せた右下奥歯が、空洞ができてしまうほど虫歯が進行して痛くて我慢できなくなっての治療であったが、上左奥歯も自覚症状はなかったが、虫歯が進行しているので治療することに。さらに右上の掘って埋めたものが取れたままになっていたのでこれを治療することにして、主たる治療は終了した。
主たる治療が終わったとき、歯肉が退化しているのでこれを保護する治療を勧められてすることにした。歯肉が退化して露出した歯の部分を磨いて、マニュキアのようなものを塗って、固まったら磨いて歯を滑らかにするというもの。先に書いたように、虫歯の治療に比べたら治療を受けながら居眠りもできようかと思うほど楽なものであった。それも今日は3回目とあってすっかりリラックスして治療台に腰を降ろしたのだが、どこか違っていた。
10月からNHKは地震速報を放送するそうである。その仕組みは、大きな揺れの前の小さな揺れから、大きな地震が来るぞおと放送するそうだ。大きな揺れの前には小さな揺れが必ずあるらしい。自然災害にも前兆がありますが、人災にも前兆というか、事故にはならない小さなことが起きているものである。一つの重大災害の陰には多くの前兆とも言うべき災害の芽がひそんでいるものです。飲酒運転による大事故を引き金に飲酒運転撲滅の機運が高まっています。大事故の裏には、その何倍もの飲酒運転の検挙がありますが、検挙も氷山の一角であって、その何千倍といえるほどの飲酒運転があるのではないでしょうか。たまに見かけることですが、前の車が意味なくセンターラインに寄ったり、路肩に寄ったりする車があります。中には助手席の人といちゃついていたり、携帯電話を操作したり、これも危ないです。でも何もせずに揺れているほど怖いものはありません。
さて話しを戻します。医師が歯を磨き始めました。歯科技工士さんは水を噴射、吸引するホースを操作していました。そのホースが私の横っ面をかるく打つように触れました。今回の治療では4月から10回以上治療を受けてきましたが、顔に触れることすらなかったと思います。もし触れたとしてもそっとさわった程度と思います。ところが今日は打たれたというと痛いわけではないので大袈裟ですが、さわったとういうより当たったというほうが適切でした。その時これは歯科技工士さんのちょっとした手違いかと気にはしませんでしたが、しばらくして歯科技工士さんが治療してくださっているとき、今日は道具が歯によく当たるなと思いました。狭い口の中ですから何回か歯に当たるのはやむを得ないことですが今日は頻繁なようです。今日の担当は新人なので慣れていないのかな。それでホースも顔に当たったのかと思いました。次にそのホースが口から出てしまったのか私の首に水が吹きかけられましたので、タオルをかけてくれました。これも新人ゆえの手違いかと考えました。霧が飛んで顔にかかることはありましたが、水をかけられたのは初めてです。
さてマニュキアのようなものを歯の根元に塗っていただくことになりました。初めは今日の方はやけに丁寧にしてくれているなと思いました。というのは先の下の左右2回はいとも簡単に終わったように思いましたから。それにしては同じところを何回もやっているようでした。また塗りながら乾燥させるためなのか ピ、ピとなにやら操作しています。その道具が治療箇所ではないところに向いているようなときもあるような気がしました。塗っては乾燥?するのでしょうか。過去2回より長い時間と繰り返しを感じましたが新人が丁寧に慎重に治療しているのかなと思い、それなら技術向上のために我慢していようと思いました。もし間違えたとしても歯がダメになってしまうような治療ではないはずですから。
しばらくしてオヤっと思う出来事が起こりました。唇を押さえている歯科技工士さんの手が私の顔の上で重くなり、手術手袋をした手が右頬に押し付けられてきました。体の揺れを手で支えるようでした。すぐに正常に戻りましたがもう一度押し付けてきました。私は思わず目を開けて技工士さんの指の間から技工士さんの顔を見上げました。すると顔が私のほうを向いていません。天井のほうを向いています。そしてゆっくり動いています。天井から下に、また天井のほうに動いているではありませんか。でも手は治療しています。
技工士さんの顔を手術手袋の指の間から垣間見ていてさらにびっくりしました。瞳に輝きがなく目を開いているがあきらかに眠った眼です。顔が下から天井を向くときにそのまぶたが閉じられてしまいます。頭をふって目をあけようとしますが、また閉じてしまいます。これはまさに舟こぎ状態です。昨夜は遅かったのかな。夏の疲れからかな。もしかして共稼ぎなのかな。院長を呼ぼうかな。でも何か言うとこの人はまさかキレてしまったりしないだろうか。そうしたら恐ろしいことにならないかな。いろいろ考えてしまいます。そうこうして終わって、中堅医師が磨き始めましたが、これが前回よりまた手間取っているようでした。塗りすぎたのを取っているのではないかと考えると急に嫌気がしてきました。患者が不愉快な顔になったので中休みにしました。これも今回初めてです。
今回の虫歯治療は治療の説明なども治療の都度説明し、技術も向上してよくやっていただいたと思っていました。その通りであると今も思うが、評判もよく客が増え、従業員も増えてくることによる管理の不行き届きが芽を出し始めたのかなと思われて残念である。先に書いたように一つの事故には数多くの小さい軽微な現象があり、これを撲滅してゆこうとする強い意志が管理者に求められる。たてまえだけではなく踏み込んだ管理が求められる。また従業員ひとりひとりには安全第一を徹底して身につけていただきたい。ボクシングかレスリングではたしかタオルが投げ込まれたときは試合が終わります。今回も治療もタオルが出たとき終りにすべきだったのではないか。そんな管理ルールを作ってはどうでしょう。たかがタオルで中断するのは勇気が必要です。だからルールにして止めるのです。こういうのが本当の安全第一です。