不埒な天国 ~Il paradiso irragionevole

道理だけでは進めない世界で、じたばたした生き様を晒すのも一興

Comprensione tra due lingue

2005-03-26 23:46:07 | 日記・エッセイ・コラム
時々、とんでもない依頼を受けたりする。
フリーの無名の翻訳家としては
どんなものでも依頼があれば受けるのですが。

メールが一通。
イタリア人(もしくはイタリア語を上手に操る外国人)男性から。
日本語に訳してほしい手紙があるという内容。

商業文か何かだろうかと思いながら
承諾のメールを送って待っていると届きました。


送られてきた手紙は思いっきり「恋文(こひぶみ)」でした。


ちょっと躊躇したのですが、訳し終えました。

しかし訳していて、なんだか変な気分になりました。(笑)
まず男性から女性への恋文。
私の言葉(一応女言葉だから)で書いたらおかしいし、
かといって私が日本人男性から
あっつい恋文をもらった記憶なんてないから
お手本にできるようなものはないし。
小説や映画の中で見かける「男性から女性への手紙」を
なんとか範として訳したのですが。

しかし、それでもやっぱりしっくりこない。
それはなぜかといえば、
イタリア語と日本語の感情表現の熱に
かなりの温度差があるからだと思います。
あっついイタリア語で書かれたものを
そのまま日本語にすると滅茶苦茶こっぱずかしいモノに。
そして冷静な言葉の裏に情熱を秘めている日本語で書いてしまうと
原文にあるようなほとばしる愛情に欠ける気がするし。

難しい。

そして何より、一番疑問に思うのは、
これを受け取る日本人女性は、
果たして
「日本語で書かれたイタリア人男性の恋文」を
嬉しいと思うかしら?ということ。

彼のメールでの説明によると、
彼女と知り合ってからは随分長い関係のようで、
今はいわゆる遠距離恋愛なのだそう。
だとすれば、これまでは何らかの形で
二人はコミュニケーションを取っていたのだろうし
愛を築いてきたのだと思うけれど。
もし彼女がイタリア語を解さないのだとすれば、
きっと英語でやり取りしていたのだと思うけれど。
それなのに、突然彼から日本語の手紙が届いたら
変な気分にならないかなぁ…。

私がたとえば
日本語でもイタリア語でも英語でもスペイン語でもなく
私がまったく解さない言語を母国語とする男性と
知り合って恋に落ちたとしたら
(そんな可能性は99%ないけれど、私の性格から考えて)。
たとえ良くわからなくても、彼の母国語と
二人が理解し合える言語の2パターンで書かれた手紙のほうが
きっと嬉しいと思うのよね。
私は自分の好きな人の手紙を
誰かが日本語に訳してくれても、
あんまりしっくりこない気がするのですけど。

果たしてどうなのでしょう。




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