まい、ガーデン

しなしなと日々の暮らしを楽しんで・・・

奥田英朗 著 短編『夏のアルバム』長編『罪の轍』

2020-09-19 09:07:49 | 

 短編集『ヴァラエティ』の中の一作品『夏のアルバム』

雅夫くん、伊藤君、下川君、仲の良い小学2年生。
雅夫くんだけが補助輪なしの自転車に乗れない。雅夫くんは何とか自分も乗れるようになりたいの。

伊藤君の自転車は親戚のお下がり、伊藤君は気に入らない、新しい自転車が欲しい。
がお父さんは買ってくれないわけ。自転車をくれた伯父さんはすぐ近くの家でよく来る。
それで、もし新しい自転車に買い換えたら、せっかくあげたもんが気に入らん
かったんかって、伯父さんが思うかもしれんで、それですぐには買いかえれんのやと」
「仲のいい親戚ほど、気を遣わんとあかんのやと。お父さんが言っとった」

下川君が続けて、うちもそういうことあるわ、って。
「お母さんの親戚に、子供がおらん叔母さんがおるけど、その叔母さんと在所で会うとき、
お母さん、おれに言うもん。なんで子供がおらんか、絶対に聞いたらあかんよって」
「人の気持ちを考えなさいーって」

親が子供に教える大事なこと、人に対する思いやり。
子どもはどんなに小さくても、子ども心にそれを感じ取り心に止める。
ちょっとできすぎかな、なんて思わなくもないけれど、やっぱり大事なことだ。

雅夫は家族でお盆に母の在所に行く。お母さんは8人姉妹だからいとこも多い。
一番仲のいいのがお母さんのお姉さんの子ども恵子ちゃんと美子ちゃんの姉妹。
二人のお母さんはちょっと前に亡くなった。

4人で遊んでいると年上の恵子ちゃんが自転車の乗り方を教えてくれる。
「雅夫君、すぐ下を向くからあかんの。もっと遠くを見るの。やってみて」
その通りに挑戦すると、雅夫君ははじめてふらつかずにどんどん乗れるようになった。
恵子ちゃんが、
「自転車の練習だって、わたし、自分が教わったときのことを思い出して、
それを雅夫君に教えただけやもん」
「恵子ちゃんは誰に教わったの?」
表情が硬くなり、少し間をおいて、「お母さん」と答えた。語尾が少し震えていた。

恵子ちゃんの妹美子ちゃんが声を上げて泣き出した。
雅夫のお姉さんも泣き出した。
つられて雅夫も泣いた。
子どもたちの泣き声は、蝉との合唱になって、しばらく境内の森の中に響いた。

つられ泣きしている子供たちの姿や神社の境内の情景が絵になって浮かんでくる。
あたたかくてしみじみして。短いからこそのいいお話。
作者の奥田さんご本人が5本の指に入る作品とおっしゃっている。

 ガラッと作風が変わって長編小説『罪の轍』

義展ちゃん誘拐事件をモデルにしたと思われる小説。
物語は犯人の宇野寛治、捜査一課の刑事落合雅夫、労働者の街山谷で旅館を営む在日韓人の町井ミキ子三者の視点で描かれる。
それこそページをめくる手がもどかしい、早く先が読みたい、結論は分かっていても
そこにたどり着くまでの道筋にドキドキさせられて。
長編小説の醍醐味を味わった次第です。

 

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