飄(つむじ風)

純粋な理知をブログに注ぐ。

無手勝流国際紛争対処法・・・!

2016-08-29 11:30:54 | エッセイ風

いわずと知れた塚原卜伝の逸話である!
「戦わずして勝つ」
これに越したことはない・・・。
それは可能か?
別な諺で「36計逃げるに如かず!」
と言うものもある・・・!

 

世の中に相克は常にある。

それを避けることは出来ない。

そして、

その原因は、

常に互いに相手が悪いのであって、

自分が悪うございます、等という思いは存在しない。

それでは相克しないのである。

 

この事は、

言ってみれば、

善と悪との戦いと言うよりも、

互いに悪くはないと思っていることに起因しているのであるから、

善と善との戦いと観念しておいた方が、

その処方に狂いが生じない。

 

相手が悪いと思っているうち(裡)は、

それこそ心まで侵されることになるから、

損得勘定で言えば損である。

では、

相手が悪いと思っているうちは、

どうしても許せないという思が湧く。

心の状態で言えば、

激しく動揺している状態である。

 

これで戦いを挑めば、

互いに、

5分と5分である。

どちらが勝つかは、

まさに時の状況、時の運に任せる他あるまい。

これでは常勝はあり得ないだろう・・・。


<まさか、宮本武蔵と同時代ではないが…比喩である!>

【転載開始】

塚原卜伝は、生涯に真剣勝負が十九回、参加した合戦の場が三十七回、その間一度も負けず、二百十二人の敵を倒し たという。しかしいくら剣術の名人といっても、一生のうちそれほど人を斬れるわけではなく、そこにはかなりの誇張があろう。しかし、後世の剣客と違い、幾 たびとなく実戦の修羅場をくぐり抜けてきた筋金入りの剣豪であったことは事実だ。

 剣名が挙がれば、当然敵も増え試合を申し込むも多数いたと思う。試合をして必ず勝とは限らない し、また、戦場では、どこから矢弾が飛んで来るかわからない。卜伝がそうした修羅場を生き抜き長命を保ったのは(八十二歳)、剣の強さばかりではなく、人 一倍用心深かったからであろう。

卜伝は馬に蹴られないために後を避けて通ったという話が伝えている。

 卜伝がいかに無駄な戦いをしなかったのか、というのが講談、落語などで知られる。あるとき、卜伝 が江州琵琶湖の矢走の渡しで船に乗ったところ、そこにいかにも強そうな大男が大声で自慢話をはじめた。余りに煩く、他の船客が迷惑そうにしているのを見た 卜伝は注意をすると、怒った大男は卜伝に船から降りて「勝負しろ」といきまく、卜伝は陸は見物人が集まってうるさいので、向こうの離れ島で相手をしよう、 と言って島に船を着けさせた。男は腰の太刀を抜き島に飛び降りたが、それを見た卜伝は船頭から棹を借り、おもむろに岸を突き、わめき散らす男を島に残して いったという。【転載終了】

 

勝つか負けるか分からない戦いに挑むのは愚かである。

戦いに挑むなら、

必ず勝つ、

常に勝つとの信念で臨まなければならない。

 

先の大東亜戦争は、

如何ともしがたい戦争を強いられたとしても、

その戦略に於いて、

必ず勝つとの信念も、

常に勝つとの戦略も希薄であったことは否めない。

結果、

悲惨な敗戦を甘受することとなった。

 

これは偏に、

時の指導者が戦略を読み誤り、

戦術戦を繰り返したに過ぎない愚かな戦いをした。

例えば、

ドイツが勝つと信じて、

ヒトラーと組んだのは大失敗であった。

 

その意味で、

世界が見えていないととんだ災難に見舞われる。

防共は兎も角としても、

反植民地戦争に限定して、

アジア解放に限定した抵抗戦争しかあるまい。

今にしてそう思われるが、

歴史にはタラ話はない。

 

翻って、

現今の世界情勢に於いて、

考えてみるとどうか?

尖閣、竹島、北方領土が日本の直接関係問題がある。

間接的には、

南シナ海問題がある。

北方領土問題はさて置いて、

尖閣・南シナ海問題の第一当事者は中共である。

 

竹島は韓国であるが、

いずれも反日政策の派生問題である。

中共は明らかな拡張覇権主義が否定できない。

反日の理由については、

様々な要因があるとしても、

それに走る要因は日本にあるのではなく、

韓国・中共の内的問題だと観て取れる。

 

その良し悪しを問うても、

相手のことであるからどうにもならないが、

その能力の拡大は日本が援助・協力したことに依る。

いずれも日本の援助・協力なしには主張能力も、

行動能力も生じなかった。

と思われる。

 

ならば、

簡単である。

「それ以上寄ば、切る!」の気概を持つことは、

何よりも重要である。

只、切って捨てるのは、

無手勝流からすれば理に適わないから、

終始一貫、

これまでの援助・協力を見直すべきだ。

 

塚原卜伝逸話のように、

離れ小島に運んでいってサヨナラするという訳にもいかないから、

「36計逃げるに如かず」ではないが、

「36計関わらずに如かず」以外に無い。

防備を固めて、

関わりを絶つ。

これ以外に選択肢はない。

 

防備を固めるというのは、

尖閣においては速やかに実効支配をして、

ベトナムではないが、

対艦・対空ミサイル配備でもして、

「寄らば、切る!」以外に無い。

侵入船舶などは

所詮、金で雇った虚仮脅しの無頼民兵であろうから、

金の切れ目が縁の切れ目ぐらいの輩だ。

 

中共を富まし、

国力を誘った日本の援助・協力が途絶えれば、

自然衰退するものと思われる。

時間は必要である。

侵入公船は対艦ミサイルと海上自衛隊以外に対応はないが、

気概を持って臨めば、

その対戦能力は自ずと差があり、

単なる虚仮脅しの範疇だから、

即退散する。

 

大事なのは、

気概である。

民兵の漁船群であるが、

インドネシアのように果敢に拿捕し、

片っ端から爆破するのも一手であるが、

無手勝流からは逸脱するので、

割愛する。

 

先にも書いたように、

中国4千年の歴史は存在しない。

中共60有余年の歴史しかない。(註:中共は1949年成立)

中国は名前は中国でも歴史的連続性は無いのである。

秦(shin→china→シナ)であり、

清→中華民国→中華人民共和国(中共)であって、

その連続性は全くない。


そして、

近年の経済的基盤とその文化的基盤は、

日本からのものだ。

ましてや、

世界の工場中国は日本等が支援し、

技術移転したものである。

日本が蛇口を絞めることが何よりも有効だ。

少なくとも近代産業経済体制からは衰退を余儀なくさせる。

 

韓国に至っては、

嫉妬心にも似た単なる空元気であるから、

取り付く島もないが、

一応、戦略的友邦であることから、

そっとして置くに限る。

締め上げたら少しは薬が効くかもしれないが、

対北朝鮮という防波堤を失っても詮がない。

 

北方領土問題は簡単である。

昔はソビエト連邦、共産主義の牙城である。

今はロシアである。

しかも、

プーチンロシアであるから、

ソ連とは訳が違う。

 

速やかに日露平和条約を締結すべきだ。

領土問題はその後からでも良い。

それをプーチンロシアは望んでいるのだから、

そうする方が良いに決まっている。

プーチンロシアと与すれば、

北朝鮮問題、

中共問題はその背後から橋頭保を打ち立てることとなる。

 

対米関係であるが、

グローバリスト(国際金資本アメリカ株式会社)は強硬に反発するであろうが、

真のユナイテッド・オブ・アメリカとの戦略的対立はあり得ない。

うまく折り合いをつけるべきである。

うまく立ち回るべきである。

 

ドナルド・トランプが大統領にでもなれば、

日本の独立が現実味を帯びてくるかもしれない。

仮に核の傘廃止論が出れば、

即刻、受け入れて、

少なくとも核武装可能宣言でも発すべきである。

実際に核武装するか否かは別だ。

中共・北朝鮮が核武装で脅しをかけるなら、

そうする可能性があるとの宣言は、

極めて有効である。

 

在日米軍が総撤退と言うことにでもなれば、

即刻、

自主防衛路線を確立すべきだ。

国際金資本アメリカ株式会社に貢ぐよりも、

はるかに割安だ。

それよりも何よりも、

自主独立が完全に実ることであるから、

何が何でも受け入れない理由はない。

金の問題ではないのである。

 

こうすれば、

無手勝流で平和裏に日本再出動が出来る。

何処か問題でも・・・??

 

秋の夜長に先駆けて、

一庶民の「妄想」だ。


うち続くテロ・偽旗・狂信凶暴事件・・・その結果!

2016-07-28 20:49:07 | エッセイ風

ほとんど毎日である・・・!
その結果、
テロ戦争が強化され、
銃規制が叫ばれ、
狂人を輩出する大麻規制が仄めかされる・・・!
そして、これからも続く・・・!

 

社会工学的帰結は同じである。

その方向性は、

戦争のない世界、

薬物のない世界、

銃のない世界、

国境のない世界がアンチテーゼとなるから、

テロ・偽旗・狂信凶暴事件は本質的に同じである。

 

 

要するに、

カオスの世界を現出して、

統制の必要性を説くスタンスは共通している。

それが、

同時多発的に起こるのは何故か?

それぞれが関連していると観るのは、

相当に困難である。

困難であるが、無関係ではないと感ずるのは自然であろう。

 

自爆テロを実行する戦士と、

暴虐極まりない犯罪者植松聖(さとし)は、

戦慄する程共通項がある。

その行為自体に対して微塵も疑いを抱いてない点である。

寧ろ、誇りすら抱いているようだ。

それを、

一般には躁的状態というのだろうが、

一方は、洗脳であり、

一方は薬物使用の疑いに依る病的状態、

又は、

サイコパス(精神病)とでも言うのだろう。

 

犯罪者植松聖(さとし)は典型的なサイコパスである。

且つ、パラサイト(寄生虫)でもある。

 

 

一人で世界を作り、

その陶酔感を勝手に作り上げて、

実行していく・・・。

表の顔と、裏に潜む闇が完全に分離している。

精神学的には統合失調症とでも言うのだろうが、

そういう輩が蔓延している。

 

それは自爆テロ実行犯と同じく社会の危険分子であろう。

一つは洗脳であり、

一つはサイコパスによる人格破壊である。

サイコパスでありパラサイトである者は、

基本的に自己中心的であるから、

躁になるか、

鬱になるかの両極端しかない。

犯罪者植松聖(さとし)は躁病質であったに違いない。

 

しかし、

社会工学的効果は同じであって、

その他の偽旗テロと同じ効果をもたらす。

何か目に見えないものに手繰られているのだろうと思われる。

目に見えないものとは、

悪霊というのは簡単だが、

それだけではない。

 

今では、

マインドコントロール技術の進歩は計り知れない。

いわゆるMKウルトラ計画と言うものがある。

立派な軍事技術である。

こんな技術があるのに、

使われないということがあり得るだろうか?

又、

その技術観点からプロファイリング出来るはずであるが、

そうはされないであろう。

それは、

伏されているからだと考えるのが妥当で、

伏されているからといって、

使用されていないのではない。

 

 

今や、

時限爆弾のように、

一つの情報を脳にインプットして置いて、

時至らば行動励起することも可能だと推測する。

その為に、

HAARPも存在する。

現代は狂人を作り、

狂人を駆り立てることも可能な時代なのだ。

その事を忘れてはいけない。

 

百一匹目の猿現象は、

同時に、

世界同時多発テロ現象もあるのだということを、

肝に銘じて置きたい。

 

而(しこう)して、

ついに日本も同時多発テロの発生国となってしまった。

こう考えることが出来る。

日本だけ無関係という訳には行かない。

嘗て、

闇の社会でハーブパーティーなるものが流行った。

それが脱法ハーブとなり、

今では危険ドラッグへと名称変更になったが、

その流れはMKウルトラ計画の日本版であることは容易に推測できる。

 

 

それに、

今でこそケムトレイルが単なる陰謀論から、

現実の世界に論じられ始めたが、

薬物・ケムトレイル・HAARPはMKウルトラ計画の根幹である。

その事を忘れてはいけない。

異常な犯罪、

異常なテロは静かに連携しながら、

社会に広がっている。

 

戦争は単に目に見える兵器で行われるのではない。

静かに人心収攬技術が広がり、

国ごと纏めて支配する戦術が採られている・・・?!

いわゆる孫子の兵法「戦わずして勝つ」戦術である。

そううまくはいくまい。

というのが実感である。

 

孫子の兵法とは、

いわゆる中国4000年の考え方だが、

グローバリストは、

精々3000年、

あるいは6000年かもしれないが、

日本は10000年を裕に越える根幹がある。

「負けて勝つ」

あるいは、

「相手の負けを見越して戦いに挑む」戦略がある。

 

これまで殲滅戦を繰り返して、

元の木阿弥を繰り返してきたグローバリストとは少し違うのである。

今でも、

紳士面して、

人口削減計画などと、

過去のトラウマに駆られたNWO計画がある。

所詮は殲滅戦と変わらない。

 

 

日本の戦略は、

常に負けた後、味方につける戦略だから、

世界をまとめ上げることが出来る。

いよいよ、日本の出番が近づいている・・・。

 

というより、

その他に選択肢はないだろう。

今のままで進めば、

世界は統一支配されるか、

分裂してさらに混迷に至るかしかない。

世界統一支配というのは奴隷支配のことである。

帝国支配であるから、

そうなる。

 

今日もトルコでは爆発テロがあった。

44人以上が死んだ。

明日もどこかであるだろう・・・。

到底、追いかけ続けることは出来ない。

まさに、世界は戦場の様相を呈してきた・・・。

 

トルコとの国境沿いのシリアの町で強力な爆発

 

日本も事の性情は違えても、

その余波を免れないということである。

8月はさらに荒れるだろう。

9月から年末にかけては正念場を迎えるかもしれない。

米国大統領選もあるし、

グローバリズムは狂気の牙を剥く虞を無としない。

何せ、その根底は悪魔教という狂気が根底にある。

 

ナショナリズムが盛り返しているから、

テロが狂い咲くのであろう・・・。

 

既に戦争状態に入っている・・・。

戦争とは軍事力の正面衝突だけではない。

それは戦争の下策であって、

謀攻戦はすでに始まっている・・・。

核時代の正面衝突は、

まずあり得ないと考えるのが常識で、

既に第3次世界大戦の真っ只中にあると言える。

 

「兵とは詭道なり」と孫子にはある。

まさに、戦争とは敵を欺くことである。

つまり、

今や、偽テロリストを産出し、

互いに争わせ彼の地から人間を追っ払い、

石油ガスを奪い取る。

立派な戦争である。

それが世界各地に蔓延している状態であるから、

第3次世界大戦の真っ只中にあると言って何が言いすぎだろうか?

 

 

世界はまさに壊れ行く最中だ・・・。

旧時代の帝国支配は壊れ行く。

当然、

旧時代の延長のNWOも壊れていく兆しが見えて来た。

喜ぶべきか?

喜ぶべきだろう。

しかし、

警戒は必要だ!

 


ヤギのチムール退院!

2016-02-09 15:06:31 | エッセイ風

アムール(シベリヤ虎)の餌として、
檻の中に入れられた山羊のチムール・・・。
自らを餌として認識せず、
アムールに毅然と接したが故に、
食べられもせず、
奇妙な友情が育まれそうになった・・・が。

 

ついに、別れはきた様である。

先日、互いの友情(?)にもトラブルが生じ、

アムールから強烈なパンチを食らい、ついに入院となって居た。

退院したことはメデタイ・・・。

近く、元のサファリの檻に返されるようである。


 

しかし、

アムールとは同居ではない。

それが良かろう。

それを願っていたファンも多いだろう。

その一人である。

 

元々はアムールの生き餌であるとは言え、

これまでの関係性からして、

単なる餌で終わらせることは、

道義的にしっくりこないだろう。

自然界なら、

致し方が無いが、

動物園なら人間の尺度が重視されると考えていた。


 

再度、面会してアムールとチムールの関係性に、

興味を感じない訳ではないが、

それで単なる餌になって終わりでは、悔いが残る。

少なくとも、

チムールの毅然たる態度が、

アムールをして餌との認識を遥かの超えた存在として、

現存したことが窺える。


 

これはたかが山羊の話かもしれないが、

重要な話でもある。

チムールが、アムールに面会当初、

単に怯えて、逃げまどっていたら、

アムールは単なる餌として一撃のものとに倒していたであろう。

そして、

食べられていた。

 

そうならなかったのは、

チムールの自己認識が餌としては皆無であったからだ。

果敢にも抵抗した。

人間も、

奴隷であると自己認識すれば、その途端奴隷になる。

それは魂としての表現の違いで、

一個の個性ある魂として、

対等を主張すれば、

そうなるという確信を与える事件であった。

 

捉え方も人それぞれであろうから、

強く主張する意図はないが、

そう感じている。

 【転載開始】

社会
2016年02月08日 17:06短縮

ロシア沿海地方のサファリパークでトラと同居していたヤギのチムールは、2週間前にトラのアムールと喧嘩をした時の傷が原因で動物病院に入院していたが、無事に治療を終えて退院した。

チムールは、来園者がトラたちの住むゾーンへ向かう途中に通る敷地に放たれた。8日、沿海地方サファリパークのメゼンツェフ園長が、タス通信の記者に語った。

園長によると、ヤギのチムールは「完全に元気になった」という。園長は、「チムールは今、トラたちが住むゾーンへ向かう途中に来園者たちが通る敷地で暮らしている。ヤギは来園者たちの中で自由に歩き回っている」と述べた。

ヤ ギのチムールとトラのアムールは約2か月前に友情を育み始めた。沿海地方サファリパークでは、トラが本能を失わないために通常週に2回、生きた動物がえさ として与えられている。トラのアムールは、ヤギやウサギを捕ることができる。しかしアムールは、11月末に「昼ごはん」として与えられたヤギのチムールの ことは食べようとしなかった。チムールは、アムールから逃げなかっただけでなく、勇敢さを発揮してアムールに反撃し、自らも攻撃した。その後、チムールと アムールの間に友情が芽生えた。チムールはアムールをリーダーとみなし、常にアムールの後を追いかけ、2頭は一緒に時間を過ごすようになり、一緒に遊ぶこ ともあった。しかし間もなくチムールはアムールを攻撃したり、角で突いたりするようになり、アムールはゆっくり休むことができなくなってしまった。そして 遂にアムールは我慢できなくなり、チムールは背中に軽い傷を負った。これがきっかけとなり、サファリパークの職員たちは、アムールとチムールを引き離すこ とに決め、チムールは治療を受けるために動物病院へ送られていたが、この度、元気になって退院した。
【転載終了】

カリーナとナイダのストーリー

2016-01-28 18:30:46 | エッセイ風

カリーナという3歳の女の子と、
ナイダという飼い犬がシベリアの森(タイガ)で、
11日間生き延びるというドラマだ・・・!
夏とは言え、
シベリアのタイガで11日間生き延びたというのは、
奇跡だろう・・・!

 

幼い女の子を、

愛犬が狼やその他の野獣から守ったというのもドラマである。

そこには、

目に見えない愛の絆が生きている。


Girl spent 11 days in taiga

 

詳細は、転載記事に譲りたいが、

何とも感動的な話である。

人生は、儚く、ともすれば幻のごとく虚無感を感ずる。

殊に、

昨今、戦争や移ろいやすいカオスを見るに付け、
(※個人的には、母の死がそうさせた・・・)

厭世的になりがちであるが、

そうした心に幸福感を浸してくれる話である。


 

人は、

どんなに生きても、

百年もその上も生きることは出来ない。

ましてや、

無常の風を受けると、

明日という日は、一瞬にしてなくなるのである。

誰しも黄泉の世界に旅立たねばならない。

数十年の積み重ねは、

その時、もろくも夢・幻の後塵となる。

 

如何なる富も、

抱いて持ってゆくことは出来ないからである。

肉体も忽ち風化し、

運良く時代の栄華を拝しても、

一瞬にその価値が胡散霧消するのは必定である。

金も栄誉も、

全く意味を成さず、

生まれた時と同じ、

裸のままのでの旅立ちであることは、間違いない。


 

裸といっても、肉体すらも無い。

「裸のこころ」を意味している。

想い出だけが、

その逝く末の友である。

と言っても、

唯物論者には、想いすらも無いということになるだろうが、

私はそうではない。

生命は永遠であるとの立場であるが、

死は、確実に闇の帳で鬱(ふさ)がれるのである。

物質的な姿も、表現も、何もかもである。

 

そして、

誰しもたった一人で新たな世界に旅立つのだ。

あるのは、想いだけである。

そして、

どんな親しい人との交流も、

少なくとも数年、あるいは数十年間、確実に断絶するのである。

これが、

必ず訪れる人生である。

 

そのためにどう生きれば良いのか?

考えていると、私は厭世的になる。

厭世というのは、世を疎う思いである。

早く、あのに旅立ちたいという思いである。

所詮は、無に帰する人生をどう生きるべきか?

それは、無常の哀しみというべきだ。

 

ところが、

短くても、時としてドラマが訪れる。

人生のドラマである。

そのドラマはひと様々であるから、、

一概に言うことは出来ない。

 

他人から見て、

ドラマというのは烏滸(おこ)がましいという

意見もあるだろう。

しかし、

誰しもドラマが無いということはない。

人生とは、所詮ドラマである。

ドラマには、感動が伴う。

感動は、一瞬の幸福感である。

 

厭世的な気分は、

その感動に出会うと、一瞬にして活性化して、

ポジティブに変容する。

他人様の話でもそれは同じだ。

 

感応すれば同じ感動となる。

そんな感動がこのストリーにはある。


 

何故、

人は常に何かを求めて生きるのであろうか?

月並みに言えば、

幸福の追求である。

それは自分の発見であり、

感応する心の発見に過ぎない。

 

感動がなければ、幸福感はない。

 

11日間という一般的に生存不可能な日時を経て、

カリーナちゃんを発見したのであるから、

言い知れぬ感動があったのであろう・・・。

捜索隊の感動も伝わる。

同時にそれは捜索隊の幸福感である。

そして、

それを誘ったナイダの幸福感でもある。

それを称える銅像にも、

地域の人々の幸福感が伝わるのである。

 

まさに、

人生はドラマである。

ドラマがあるからこそ、

人は生きていけるのである。

そのドラマにより、

心には、新たな感動を覚える。

一度味わった感動は、姿かたちはないけれども、

心に焼き付けられ、黄泉の世界への永遠の友となる。

 

それだけが、財産である。

 

思い起こせば、

取るに足らない人生でも、ドラマは数限りある。

ああすれば良かったという悔いの残るドラマばかりであるが、

そのドラマひとつ一つを通じて、

ささやかな感動がある。

それは、

失われることはない。

 

ドラマとして生きた時の感動は、忘れない。

強烈な場合もあるが、

うっかりすると忘れてしまいそうな場合もある。

 

それでも良いのである。

人それぞれ、

他愛もない感動でも、自分にとっては大きなものだ。

感動が、幸福の全てである。

 

ところで、

そんな思いで、

人生を見渡してみた。

何度も書くが、やりたくてもやれなかった事は数多い。

慙愧の至という思いだ。


只、

一つ気がついたことがある。

あんな事、しなければ良かったという思いは案外少ない。

無いわけではないが、

案外少ないことに気がついた。

したくないことをしてしまったという悔いはキツイものである。

 

したくない事とは、何か?

一概には言えないが、

単純に言えば、人を責めることである。

人生は、

どこまで行っても、自分の人生であるから、

人に左右される筋合いのものではない。


であるから、

人には責任転嫁はできないのである。

仮にしても、意味を成さない。

そして、その後悔は深い・・・。

良かった・・・!

 

「カリーナとナイダのストーリー」で、

小さな感動があった。

厭世感が、一瞬、ポジティブに変容した。

 

【転載開始】

11日間も森の中を彷徨った3才児。でも少女の側を離れなかった存在に、深く心打たれた。

母とシベリアに暮らすカリーナ・チキトヴァは、3才の女の子です。4才の誕生日の数日前、父に会いたくなったカリーナは、父の暮らす隣の村まで行くことにしました。 これまでも何度も1人で歩いたことのある道のりでした。しかし村に到着して父が出かけてしまったことを知ったカリーナは、父を探しに森へと入っていってしまいます。


YouTube/whatevervideos

しかし少女は、シベリアの深い森で道に迷ってしまいます。熊やオオカミが出没す るため、大人でさえあまり足を踏み入れることがない森にカリーナは入ってしまったのです。しかしカリーネは1人ではありませんでした。愛犬のナイダが一緒 だったのです。この一見頼りなさそうなメス犬が、その後カリーナの生死を左右することになります。

YouTube/whatevervideos

カリーナの両親は心配で胸が張り裂けそうでした。母は小さな娘を1人で外に出し てしまったことを深く後悔し、自分を責めました。この地域は7月でも寒く、夜は0度まで冷え込む日もあります。大規模な捜索活動が行なわれましたが、少女 の行方が分からぬまま10日間が過ぎると、誰もが希望を失いかけました。しかし11日目、事態は大きく変化します。カリーネと一緒にいるはずだったナイダ が突然村に戻ってきたのです。


YouTube/whatevervideos

救助隊は、悪い予感がしました。ナイダが戻ってきたのはカリーナが森の中で死ん だからだと考えたのです。しかし村に到着した途端、ナイダはすぐにUターンして再び森の中へ入っていこうとします。救出隊は、半信半疑ながらナイダの後に 続きました。そして数時間後全員が驚きました。ナイダが救急隊を導いた先の草むらにカリーネがいたのです。救急隊を怯えた顔で見つめる少女は、体力を失 い、体も冷えきっていましたが、生きていました。渡されたボトルに入った水をゴクゴクと飲みました。

Youtube/Siberiantimes

その後両親のもとへと帰されたカリーナは、森の中で11日間どう過ごしていたか を説明しはじめました。3才の少女は川の水と野いちごで飢えをしのいでいたこと、熊やオオカミが近づいてきた時にはナイダが大きな声で吠えて追い払ってく れたこと、夜はナイダと身を寄せあって寒さを耐えしのいだことを話しました。裸足でT-シャツ1枚しか着ていなかった小さな少女が、何日も寒い森の中で生 き延びることができたことに皆が驚きました。

Y
ouTube/whatevervideos

再び娘を腕に抱くことができたカリーネの両親は、この4本足の友人も強く抱きしめたそうです。ナイダはその後村のヒロインとなり、カリーナの住む村にこの犬の勇姿を讃える銅像が建てられました。

YouTube/whatevervideos

その後カリーナはすっかり元気になりました。勇気とあたたかみを与えてくれただけでなく、救助隊をいてくれた命の恩犬ナイダとは、今でも大の仲良しです。

YouTube/whatevervideos※前掲

 救出の瞬間を撮影した映像はこちら(ロシア語のみ):

カリーナとナイダのストーリーは世界中の人を驚かせています。あなたもナイダの忠犬っぷりに感動したなら、家族や友達にシェアしてください!本当に良かったですね。【転載終了】


『ダー イシュ(IS、イスラム国)』は新たな現象だ・・・?

2016-01-14 11:37:50 | エッセイ風

何が新たかというと・・・
企図して造られたテロリズムであるから、
にわか作りのイデオロギーを強権強要する、
ファシスト集団であるということである。
又、
「ダーイシュ(IS)」からの逃亡者がインタビューに応じた」
でも明らかなように。
所詮、世界規模のカルト集団であることが明白・・・!

 

それを見抜けないようでは、

中東混乱の政治を論ずる資格があるまい。


 

まあ、分かりやすく言えば、

オウム真理教の中東版みたいなものだ。

イスラムの大義など、片鱗もない。

イスラムを騙り、利用しているだけのカルトである。


 

大義がないから、

残虐非道、欺瞞の限りを尽くすのである。

自爆等も、所詮、薬の力を借りて盲信者を駆り立てているだけだろう。

その薬も、サウジ王子がご丁寧に運び屋となって、

捕まった。

 

詐欺・強盗・拉致・誘拐・身代金要求何でもありだ。

おまけに、

強姦までやりたい放題とは恐れ入った。

慰安婦問題など、どこ吹く風といった風情である。


 

処刑など日常茶飯事で、

その殆どは公開だ。

公開を越えて拡散する処刑がどこの国にあろうか?

イスラム国などとは、

口が裂けても言えない罰当たりである。

ダーイシュと呼び名が変わったのも、当然である。


 

世界の「オウム真理教」であるから、

一刻も早く殲滅しなければならない。

しかし、

裏で糸を引く諜報機関などは、

糞くらえで、闇の回し者以外の何者でもない。

国でも、

サウジなどは、その一派であることは疑いを得ない。

やっていること見れば分かるのである。



 

【転載開始】

欧州
2016年01月13日 20:55

「『ダー イシュ(IS、イスラム国)』は従来のテロ組織とは比較にならない新たな現象だ。」バーデン=ヴュルテンベルク州特別プログラム主任コンサルタントを務め るヤン・イルハン・キジルハン教授はラジオ「スプートニク」ドイツからのインタビューにこうした見解を表した。キジルハン教授は医者として、ドイツで 「ダーイシュ」の人質となった人々の治療を引率している。

以下、インタビューをご紹介したい。

キジルハン教授:「ダー イシュ」というのは新たな現象で、「アルカイダ」や「ヌスラ戦線」などといった従来のテロ組織とは同列に並べてはならない。私たちが接しているのは全く異 なるイデオロギーであり、従来のコンセプトを完全に抹消してしまう全く異なる行為だ。これは新種のイデオロギー的なイスラム・ファシズムであり、これに従 うとイスラム教に関係する人間のみが生きる権利を有すことになってしまう。思想の異なる者は人間とはみなされず、人間性が否定される。このため、彼らは年 齢、性の別なく人を殺すことができてしまう。

支援プロジェクトは2014年、「ダーイシュ」がイラクの大部分を掌握し、何千人もの人質をとった後、立ち上げられた。2015年、我々は「ダーイシュ」によって拉致された900人を超える婦女子を治療のためドイツへと送っている。

女性やこどもに対する残忍な制裁は、8歳の女児らを8度も9度も転売し、強姦することから始まっている。こんなことはそんな簡単に忘れることはでき ない。人質になった者たちはこの先の人生でずっとトラウマを抱えて生きていくことになる。セラピーは彼らに安全な場所にいることを感じさせ、こうした経験 を抱えながらも、この先生きていくことを習得することを助けるものだ。

「ダーイシュ」が最終目標としていることは欧州を掌握し、テロという手段をも用いてキリスト教世界をひざまずかせることにある。彼らは他を恐怖でし ばりつけようとしている。これに対抗するには、人権、同権、連帯といった価値を更に一層依拠していかねばならない。同時にこの組織の構造自体と戦わねばな らない。それなくして(克服)は不可能だ。なぜなら彼らは狂信者であり、一切の対話を受け付けないからだ。

続きを読む http://jp.sputniknews.com/europe/20160113/1430548.html#ixzz3x9kDIxXx【転載終了】

 
 
 【転載開始】
国際
2015年12月26日 22:31(アップデート 2015年12月26日 22:38)

ロシアで活動が禁止されているテロ組織「ダーイシュ(IS、イスラム国)」から逃亡者たちが専門家らに対し、「ダーイシュ」の野獣のような行為と逃亡の原因について語った。英字インターネットニュースサービス「ヴォックス」が報じた。

インタビューに応じたのはシリア出身の数人の男性。インタビュアーを務めたのはテロ問題の専門家のアンナ・スペクハルド氏とアフメト・S・ヤイラ氏。逃亡者らはシリアとトルコの国境で発見された。
インタビューの抜粋は「テロ調査イニシアチブ」協会の出す雑誌「パースペクティブ・オン・テロリズム」に掲載された。

これらの人々が「ダーイシュ」に入りながら、そこから逃げ出すことを決めた主な理由は「組織があまりに残酷でそこでの生活はプロパガンダにあるような『宗教的楽園』には程遠い」ことに集約される。
ふたりは「ダーイシュ」の根底をなす残酷さを示す具体例を列挙した。

 

「フートと呼ばれる井戸がある。テロリストらは捕虜を目隠しして、こうささやいた。『お前は自由だ。そのまま歩いていけ。ただし目は開けるんじゃない。』そうして捕虜らは歩いていき、井戸に落ちていった。」逃亡者の話では井戸には300人以上が落とされたという。

こうした行為によって「ダーイシュ」武装戦闘員らは住民らを恐怖で縛りつけ、他の武装組織をも怖がらせていた。逃亡者の話では、「ダーイシュ」は2年前、「自由シリア軍」との戦いのためにラッカ市で児童の自爆犯を利用した。

もう1人のシリア人逃亡者、アブ・シュイエイ氏は失敗を犯した戦闘員に対して、どんな行為がとられていたかを話した。

「もし誰かが何かを失敗した場合、あいつらは水責めにしていた。また誰か気に入らないやつがいると、頭を切り落としていた。」

逃亡者らはインタビューに対し、「ダーイシュ」は虚言を行うとし、その発言は現実の状況とは合致していないと断言している。

「2014年、ダーイシュは嘘つきだと私は悟った。たとえば女性を強姦した男がいたが、これについて男は何の咎めも受けなかった。」

ふたりの逃亡者の話では「ダーイシュ」は今、シリアでの新たな戦闘員募集に苦労している。前は、よりよい生活を求めて加わる者たちもいたが、今はこの「幻想」は貧困や、「ダーイシュ」の掌握地の住民が直面した他の不幸な理由により崩壊した。

「今、組織に参加している少数の者は他にすることがないという理由だけでそこに加わっている。『ダーイシュ』戦闘員は働く義務はない。」

逃亡者のひとりは、他の者たちはトルコ、リビアに潜伏するか、海を越えて出国するほうを選んでいると語っている。

専 門家らはシリア人の数人にしかインタビューが出来なかったため、こうした資料の信憑性を確証できないとしながらも、このインタビュー結果も他の調 査結果と同様、「ダーイシュ」の弱点を明らかにしていると語っている。その弱点とは、「ダーイシュ」は最終的には掌握した領域の地元民の支持を集める政権 を打ち立てられなかったということだ。

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【転載終了】