オヤジの弁当箱

日々の手作り弁当だけが生甲斐のしょぼくれオヤジ。弁当メニューと併せて日々の雑感を付記。

故郷にて

2014-06-24 | Weblog

6/24(火) 今日の午後に帰京予定だったが、田舎でやることも済んだので昨夕に帰京した。従って、今朝も弁当を作ることになった。今日はホタテ・フライをメインにして、茄子と挽肉の味噌炒め、鶏肉のソテーに野菜炒め添え、インゲンとオクラの湯引き、オムレツ風卵にした。

朝から手間の掛かるフライなんぞを作る、暇なOYAJIである。菜が出来上がり、弁当に詰めようかという段で「私、弁当要らないから」とは、末娘の言である。『そんなことは、早くに云え』と、OYAJIは怒る。痩せるとかで、野菜だけを弁当箱に入れていた(太ってはいないのに、痩せてどうすんだ?は、OYAJIの呟き)。

今更手順を述べてもしょうがない、省略だ。出来上がった品だけを紹介する。

            

弁当が一つ減った、その分の菜で飯を一杯喰ってしまったのは、誤算であった。

                        

 

先週、金曜日の午後3時に高知空港に着いた。何時ものように妹夫妻が迎えに来てくれた。田舎に向かう車中、鮎の状況を訊くと「今年は鮎が少ない、獲れない。鰻もさっぱり獲れない」とのこと。それでも、少しは私用に鮎を取ってあると云う。途中、安芸市内の魚屋「寺尾」で、晩飯用に刺身や田舎寿司を買う。鰹の入荷は稀だとか、土佐湾では殆ど獲れてないそうだ。

実家では、従姉が来て持参した鮎を焼いていた。鮎が獲れないと云いながらも、二十匹程持ってきてくれた(もっとお土産を、買ってくれば良かったか・・・)。私が買っていった刺身(コウイカ・赤ムツ)と鮎、蕗煮物、採れたての野菜、田舎寿司などを肴に、従姉らとビールを飲む。帰省した実家で繰り返す日常だが、何だかホットする時間である。

翌日から日曜日にかけて、雨の予報であった。夜、ガラス窓を開けるとカエルの声、大合唱が響き煩い。それほどの田舎である。池があり田圃があるので、この季節、蛙の声に消されて川の瀬音も聞こえない。

翌日の土曜日、予報どおりに雨が・・・。が、それほどの降りではない。これぐらいの雨なら、畑に行けるか?様子見をしていると雨が止んだ。それとばかりに畑に出て、草刈と草むしりを始めた。途中から妹の連合い、HIROKATUが助っ人に来た。お蔭で二時間ほどで終わった。

故郷の川、安田川は雨の所為で水量が増えてきた。釣り人が竿を出している。

                   

午後になり、隣村・北川村の「モネの庭」にある、カフェレストランまで車を走らせることにした。母と従姉も同乗して、三人で短いドライブと云うところか。お茶を飲み、向日葵とカサブランカの苗を買って帰る。家に着く頃、また雨になった。この夜の晩飯は、野菜スープ、カマスの干物、イカのバター焼き、野菜炒め、南瓜煮などであった。母は「わたしゃあ、こんなによう食べん」と云う。『食べたいものを、食べたいだけ食べれば』と、私は言う。かくして、作った張本人が大半を、殆どを食べる=太る、のである。

翌日、日曜日は深夜から大雨となった。それでも日中には、雨粒が小さくなった。妹夫妻と、安芸市のメリーガーデンという花・植木の店へ。ここでの目的は、新聞で紹介された、マンゴーである。行ってみると数個しか残っていない。其処に、折よく生産者がマンゴーを運んできた。

マンゴーの話を訊くと「農園がすぐそこなので、見に行きますか」と言ってくれた。車の後について、マンゴーハウスを見に行ったが、ハウスの中は保菌上の問題があるからと、外から見せてもらい、話を聞く。三反程のハウスに、500~600本が大きな鉢で育てられている。一鉢に一本だが、30~40個の実を付けさすとか。因みに、ボイラーの燃料費が250万/年掛かるそうだ。

                    

帰省前に、近所のスーパーで売っていたマンゴー(メキシコ産)は、同じような大きさ、色合いで600円/個であった。ここのマンゴーは、800円~2000円/個の値段が付いている。果たして競争力は如何に?

以前、高級野菜・果物を扱う「海老家本店」AKIMOTO社長が言った言葉を思い出す。「日本中でマンゴーを作るようになっているが、コストを考えると如何なものか?」と。郷里の栽培家のこと由、成功して欲しいものだが、沖縄・宮崎の老舗のブランド、北海道の温泉地熱を利用したマンゴーと競合が多い。どう云う販売戦略を持っているのか、もう少し話を聴きたかった・・・。

『東京に出てきたら電話をくださいよ。友人で青果の老舗の主人がいますので、機会があれば紹介しますよ。話を聞けば、きっと参考になるでしょう』と、余計な嘴を挟むOYAJIであった。

それから、帰省の度に訪れる、室戸に近い道の駅「キラメッセ」(吉良川町)へと向かった。ここでスイカとオクラを買った。ここの西山台地(高知県東部は、山が海に迫り平地は僅か。迫った山の台地が耕作地になっている)では、芋・スイカ・枇杷・柑橘などが有名なのだ。地魚も安いが、この日は既に売り切れていた。

雨の日曜日、車を走らせてのんびりと買い物。もうやることもない、予定を一日切り上げて、明日の月曜日に帰京することにした。
この夜の晩飯は、川エビ(HIROKATUが獲ったもの)と野菜の掻揚げ、魚久の粕漬け焼、太刀魚の塩焼き、インゲン豆と茄子煮、採れって野菜のサラダなど。

                     

夕刻、小雨から一時止んだ。この間隙に買っておいた向日葵・カサブランカと菖蒲を庭に植えた。母は花を、花をと云うが、手入れが行き届かないので雑然としてきた。されど、雨に濡れた庭は、小庭といえ風情を感じる。

                     

スイカとカボチャが実を付けた。茄子もキュウリもサラダ菜・トマト・シシトウも順調に生育、この帰省中に食したが、これからはどんどん採れるようになる。母一人では、最後は始末に困るだろうな。

                    

月曜日、妹夫妻に見送られて空港を発った。発つ前、HIROさんに電話入れ、夕方に会うこととした。

 

  -酒場日記-

昨夕、帰京後に渋谷・「奈加野」にてHIROさんと待ち合わせた。事務所移転の関係で話したいこともあったが、主目的は鮎を喰って貰おうと思ったことだ。帰京する私に、妹が鮎を持たせてくれた。今年はまだ獲れないので少ないが、と云いながらも、大きめの鮎を冷凍にして準備をしていた。

折角の季節のものだ、HIROさんに喰って貰うには奈加野で焼いて貰うが一番。料理人が焼くと綺麗だ、料理は美しくなきゃあ。と云う訳で、奈加野にて一献である。焼いて貰うだけじゃ店主の機嫌も悪かろうと、お土産に小夏と鮎を渡した。同じ安田川で育っているので、鮎を手にした店主の顔がほころんだ。

HIROさんは、旨いね~と言いながら鮎を喰ってくれた、私も一匹鮎ご相伴に与かった。生ビールを飲み、次いで伊佐美のソーダ割りである。焼酎が、一升瓶の底に近づいた頃合いにお開きにした。 

                       

帰宅するHIROさんと別れ、缶詰BAR「mr.kanso」でハイボールを一・二杯飲んで帰ることにした。長い階段を登ると、漸く店に辿り着く。店内には客の姿なし。取り敢えずハイボールだ、これを二口ほどで空け『次の客が来れば失礼をさせて貰うよ』と、二杯目を口にする。ここのハイボールは、サーバ-から注ぐシステムになったが、これで薄めのハイボールになった。然し、「ちょっぷく」のハイボールのように、店長の人情如くに薄い、とは云い難し・・・。

                      

そのUSUIハイボールを何杯かお代わりしても、客は中々来ない。一時間以上経って、漸く一人来た。これで帰れると、ハイボールでダボツク腹を抱えての帰還となった。

 

 

コメント
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