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ひまわりさんの日々の信仰日記と再臨信仰のエッセンスについてご紹介しています

二つの契約(デビット・カン講演9)

2012年05月14日 | 日記



    ひまわりさんより(5月14日) 悔い改めについて その1

以前私は、悔い改めにはユダの悔い改めと、ダビデの悔い改めがあるという事を知り、
自分の悔い改めはユダの方だと思っていました。
ユダの悔い改めは、悪を嫌悪し目的を全く変えるようなものではなく、
ただ刑罰を逃れるために自分の罪を認めただけのものでした。
ダビデは、自分の罪の恐ろしさと魂の汚れを認めて、自分の罪を憎み、心が清められることを願ったのでした。
私は、どうしたらダビデのような悔い改めができるのだろうと思っていました。
ダビデは、バテシバとの罪をごまかすために、夫のウリヤを最前線に送って死なせるという卑劣な罪を犯したのに、
そこから立ち上がって、神様に愛される人になったのだろうと思いました。
聖書には、「イスラエルを悔い改めさせてこれに罪のゆるしを与えるために、このイエスを導き手とし、
救い主として、ご自身の右に上げられたのである」(使徒行伝5:31)とあります。
これが解決なのだという事は感じていました。

  
日々の自我との戦い(デビット・カン講演9)

そして、私の記憶の部分が私を欺こうとします。
「最後にアイスクリームを食べた時は本当に美味しかったなあ」。記憶が働いて、よだれがどんどん出てくるわけです。
過去の、アイスクリームを食べた楽しい思い出がよみがえってきます。
誘惑されるわけです。その日私はアイスクリームをいっぱい食べました。
しかし、しばらくすると、美味しいという気持ちがだんだんなくなって、後悔の念に駆られました。
また誘惑に負けてしまった。なんでこんな事になってしまったんだろう。
本当に自分はだめな、弱い人間なんだ。アイスクリームという小さな自分の欲望にすら勝利できない・・・。
私たちの霊の戦いというのは現実のものなのです。
毎日毎日、その瞬間、瞬間、そういった自我との戦いがあるわけです。