今住んでいる家が完成し、私の父や母がこれまで暮らしていた借家を引き払うことになりました。
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時計店を営んでいた狭い借家には、布団や鍋釜の他、食器などの生活用品など沢山ありました。
父の商売道具である時計の修理に使っていた小型のペンチやドライバー、ピンセットからグラインダー、ガラス研磨機なども随分沢山ありました。
新しく建てた家に持ち込める荷物の量には限りがあり、私は最小限に絞り込んで欲しいと思っていました。
ただそれだけしか考えることができませんでした。
父や母にとっては、今まで使っていた全てのものが必要なものだったようです…
特に父は、ありとあらゆる仕事道具を持って行こうとしました。
そんな父に、私は、
「そんなもの持って行ってどうするのか」
と、詰め寄ってしまいました。
… 父の気持ちも考えずに。
父は泣く泣く、小さな3段になった引出しに、どうしても捨てることのできない道具だけを仕舞い、後は廃棄用の袋に詰め込み手放しました。
きっと、後ろ髪を引かれる思いだったことでしょう。
今でも、その道具箱が父と母が寝起きしていた和室の棚に残っています。
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もう使うことはないとは言え、私は、父の生きてきた証である時計の修理道具を、たった3段の引出し1つにまとめさせてしまったのです。
私は時々、その道具箱の引出しを開け、後悔の想いと共に、その道具を使い生きていた頃の父の姿を思い浮かべます。