私たちが小さかった頃の夏休みの宿題といえば、「絵日記」「読書感想文」「スケッチ画」「習字」などでした。
そして夏休みが終わろうとする8月末は、サボっていた絵日記やら感想文やらを、親に発破をかけられながらも必死で終わらせようとする子どもの姿が見られるのは昔も今も変わらない家庭の風景だと思います。
私の子どもの頃も、夏休みはクワガタ獲りや神社の境内での三角ベースの野球や秘密基地づくりで遊び呆けていて、夏休み最後の夜は眠い目を擦りながらやり残した宿題を片付けたものでした。
私の父は、前にブログで書いていたようにお習字の塾を開いていましたし、絵も上手でしたので我が子のスケッチ画や習字の宿題は放って置くことができなかったようです。
父は、狭い借家の唯一テーブルのある場所で、私の未完成のスケッチ画や習字を"監督” するのでした。
子どもの私は、何とか終わらせようと頑張るのですが、昼間は精一杯遊んでいるので程なく眠くなってきます。
そんな私に父は、顔を洗いに行かせたりするのですが、私の瞼は磁石のようにくっついてしまうのでした。
私は、夢か現実か区別がつかない意識の中に入り込み、気が付くと9月1日の朝を迎えていたのでした。
昨日の夜にスケッチ画を仕上げることができたかどうかも覚えていません。
そして、昨日の夜に睡魔と戦っていたテーブルの上には、明らかに私の手によるものではない「スケッチ画」が渇かしてありました。
私は、夏休みの宿題の全てを持って学校へ行き、うしろめたい気持ちでいつの間にか完成していた「スケッチ画」を担任の先生に提出していたのでした。
「子どもに甘い、何と親馬鹿な父親か… 」と、呆れられたかもしれません。
そう思われても仕方のない話です。
しかし、私が言うのも変ですが、父はただ単に絵を描くのが好きなだけだったように思えるのです。
気になる箇所に筆を入れたら止まらなくなったといった感じです。
我が子のためにではなく、描きかけの絵があったので自分が筆を加え仕上げたように思えるのです。
私はそうやって何度も危機を乗り越えることができました。