浄海山 圓龍院 観音寺<荒子観音>
寺伝によれば、天平元年(729年)、泰澄草創の天台宗の寺院。「荒子観音寺」とも称する
山門
大都市名古屋市にある寺院。寺とは馴染みの薄い、入り組んだ電線が気になるが、それも仕方がない
扁額には山号の「浄海山」 大正5年(1926年)に完成した門
仁王像は最大の円空仏。防御用のガラスに反射して仏像を観ることもできない状態であった
本堂側から山門を見る。民家に隣接していることがわかると思う
手水鉢
多宝塔(重要文化財)
この寺には、重要文化財の多宝塔があるということを知り訪れた
天文5年(1536年)の再建。名古屋市内に現存する最古の建物
鐘楼
地蔵尊
本堂
天正4年(1576年)、前田利家により本堂が再建される
利家は荒子の土豪の家に生まれ、北陸に所領を与えられるまで寺の近くに荒子城を構えていたとされる。利家の菩提寺でもある
本尊は聖観音(33年に1度開扉の秘仏)
本堂には釈迦如来・大黒天の二像が安置されている
荒子観音寺には1255体の円空仏が現存し、移出像11体を含めて1266体が確認されている
2014年時点で日本全国で現存が確認されている円空仏5374体のうち、4分の1以上がこの寺にある
本堂から見た境内
本堂に向かい右横にあるお堂
記憶が定かではないが、六角堂で仏像が三躯安置されているとの記載あり
激しく降っていた雨も弱くなり、空も少し明るくなってきている
令和最初の旅で選んだのがこの多宝塔である。元号がかわっても塔巡りの旅は続く
撮影 令和元年5月14日
寺伝によれば、天平元年(729年)、泰澄草創の天台宗の寺院。「荒子観音寺」とも称する
山門
大都市名古屋市にある寺院。寺とは馴染みの薄い、入り組んだ電線が気になるが、それも仕方がない
扁額には山号の「浄海山」 大正5年(1926年)に完成した門
仁王像は最大の円空仏。防御用のガラスに反射して仏像を観ることもできない状態であった
本堂側から山門を見る。民家に隣接していることがわかると思う
手水鉢
多宝塔(重要文化財)
この寺には、重要文化財の多宝塔があるということを知り訪れた
天文5年(1536年)の再建。名古屋市内に現存する最古の建物
鐘楼
地蔵尊
本堂
天正4年(1576年)、前田利家により本堂が再建される
利家は荒子の土豪の家に生まれ、北陸に所領を与えられるまで寺の近くに荒子城を構えていたとされる。利家の菩提寺でもある
本尊は聖観音(33年に1度開扉の秘仏)
本堂には釈迦如来・大黒天の二像が安置されている
荒子観音寺には1255体の円空仏が現存し、移出像11体を含めて1266体が確認されている
2014年時点で日本全国で現存が確認されている円空仏5374体のうち、4分の1以上がこの寺にある
本堂から見た境内
本堂に向かい右横にあるお堂
記憶が定かではないが、六角堂で仏像が三躯安置されているとの記載あり
激しく降っていた雨も弱くなり、空も少し明るくなってきている
令和最初の旅で選んだのがこの多宝塔である。元号がかわっても塔巡りの旅は続く
撮影 令和元年5月14日
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