アルベルチーヌは監視管理された密室から逃走する。<私>はアルベルチーヌを<私>の「女王」へ仕立て上げてしまっていた。「女王」であるとはどういうことか。いつどこで何をしていても、いつも監視され常に管理されている密室の息苦しさに耐え続けることだ。そんなアルベルチーヌが窒息死から解放される方法は「逃げ去る」こと以外にない。
「どんな女でも、男を支配する自分の力が強ければ強いほど、出てゆく唯一の手段は逃げだすことだと勘づいている。女王であるからには逃げ去る女になるほかない定めなのだ」(プルースト「失われた時を求めて12・第六篇・P.35」岩波文庫 二〇一七年)
スピノザは別の世界への場所移動・切断について「変状」と呼んでいる。二箇所。
(1)「《様態》とは、実体の変状、すなわち他のもののうちに在りかつ他のものによって考えられるもの、と解する」(スピノザ「エチカ・第一部・定義五・P.37」岩波文庫 一九五一年)
(2)「もし人間身体がある外部の物体の本性を含むような仕方で刺激されるならば、人間精神は、身体がこの外部の物体の存在あるいは現在を排除する刺激を受けるまでは、その物体を現実に存在するものとして、あるいは自己に現在するものとして、観想するであろう。ーーーなぜなら人間身体がそのような仕方で刺激されている間は、人間精神は身体のこの刺激を観想するであろう。言いかえれば、精神は現実に存在する刺激状態について、外部の物体の本性を含む観念を、言いかえれば外部の物体の存在あるいは現在を排除せずにかえってこれを定立する観念を有するであろう。したがって精神は、身体が外部の物体の存在あるいは現在を排除する刺激を受けるまでは、外部の物体を現実に存在するものとして、あるいは現在するものとして観想するであろう。ーーー人間精神をかつて刺激した外部の物体がもはや存在しなくても、あるいはそれが現在しなくても、精神はそれをあたかも現在するかのように観想しうるであろう。ーーー人間身体の流動的な部分が軟かい部分にしばしば衝き当るように外部の物体から決定されると、軟かい部分の表面は変化する。この結果として、流動的な部分は、軟かい部分の表面から、以前とは異なる仕方で弾ね返ることになる。そしてあとになって流動的な部分がこの変化した表面に自発的な運動をもって突き当たると、流動的な部分は前に外部の物体から軟かい部分の表面を衝くように促された時と同じ仕方で弾ね返ることになる。したがってまたそれはこのように弾ね返る運動を継続する間は〔以前外部の物体に促されてした時と〕同じ仕方で人間身体を刺激することになる。この刺激を精神はふたたび認識するであろう。言いかえれば精神はふたたび外部の物体を現在するものとして観想するであろう。そしてこのことは、人間身体の流動的な部分がその自発的な運動をもって軟かい部分の表面を衝くたびごとに起こるであろう。ゆえに人間身体をかつて刺激した外部の物体がもはや存在しなくても、精神は、身体のこうした活動がくり返されるたびごとに、外部の物体を現在するものとして観想するであろう」(スピノザ「エチカ・第二部・定理一七・P.119~200」岩波文庫 一九五一年)
少し前にこう述べた。
(1)だけではわかりにくい。(2)を補足してみる。すると「変状」というのは一つの<反応>であり<反応としての自由への意志>のことだとわかってくる。一般的俗語として流通している「自由」とはまるで関係がない。<反応としての自由への意志>という柔軟性ゆえに、人間身体は「複雑きわまりない歯車装置にただちに適応できる」ようにも「適応」<しない>ようにもできている。
したがって次のように述べることができる。
アルベルチーヌの場合、<反応としての自由への意志>は行動化された<変状としての自由への切断>だといえる。自由になったわけではない。自由はあらかじめ与えられているわけではまるでない。民主主義があらかじめ与えられているわけでないのと同様に。自由になるためには<反応としての自由への意志>あるいは<変状としての自由への切断>が必要だというのである。
言い換えれば、<私>は「骰子の一擲」にしくじった。アルベルチーヌは<私>との結婚という成功を失敗させることに成功した、<私>との結婚という成功を切断することに成功した、といえる。だが<私>の側はなぜ「しくじった」のか。
「ひとが骰子の一擲をしくじるのは、一回で偶然を《十分に》肯定しなかったからである。偶然のあらゆる断片を必然的に結びつけ、また必然的に骰子の一擲を再びもたらす数を生み出すほど、十分に偶然が肯定されなかったのである」(ドゥルーズ「ニーチェと哲学・P.68」河出文庫 二〇〇八年)
<私>はアルベルチーヌの逃走をただ単なる蓋然性で済まそうとした。けれどもアルベルチーヌは<私>に対して蓋然性ではなく偶然を必然として受け止め肯定するよう逃走したのだ。
ニーチェから二箇所。
(1)「わたしは神をなみするツァラトゥストラだ。わたしはどんな偶然をも《わたしの》鍋(なべ)で煮る。そしてそれが完全に煮えたとき、わたしはそれを歓迎する。《わたしの》食物として。
まことに、幾多の偶然が専横な態度でわたしのところへやって来た。しかしわたしの《意志》はいっそう専横な態度で迎えた。ーーーすると偶然は早くもひざまずいて哀願した。
ーーーつまり、わたしから情けを受けて、わたしのところに泊まらせてもらいたい、というのだ。そして媚(こ)びながら、偶然はせがんだ。『おお、見よ、ツァラトゥストラよ、ただ友だけが友をたずねるのだ』」(ニーチェ「ツァラトゥストラ・第三部・卑子化する徳・P.272」中公文庫 一九七三年)
(2)「わたしは人間たちのあいだを歩いているが、まるで人間たちの断片とばらばらになった手足のあいだを歩いているような気がする。
わたしがそこに見いだすのは、人間が寸断されていて、その寸断されたものが戦場や屠殺場(とさつじょう)そのままに、いちめんに散らばっている光景だ。わたしの目は、それにおびえる。
わたしの目が現在から過去へのがれても、そこに見いだすのはいつも同じ光景だ。断片とばらばらになった手足、残酷な偶然のたわむれーーーだが、人間はどこにもいない」(ニーチェ「ツァラトゥストラ・第二部・救済・P.221」中公文庫 一九七三年)
前に「骰子の一擲」として偶然を歓待する態度についてドゥルーズから引いた。それは「複数回の一擲に割り振られ、単なる蓋然性となった偶然の諸断片は、主人顔して話をしたがる奴隷たち」の逆である。
「投げられた骰子がひとたび偶然を肯定すると、落下する骰子は、骰子の一擲を再びもたらす数や運命を必然的に肯定する。まさにこの意味において、戯れの第二の時間は同様に二つの時間の総体あるいはこの総体に関わる戯れる者である。永遠回帰は第二の時間、骰子の一擲の帰結、必然性の肯定、偶然のあらゆる分肢を結びつける数であるが、しかしまた第一の時間の回帰、骰子の一擲の反復、偶然そのものの再生産と再肯定でもある。永遠回帰における運命はまた偶然の『歓迎』でもある。『私は偶然であるすべてのものを私の鍋で煮る。そして、偶然がほどよく煮えたときこそ、私はそれを歓迎して自分の食物にするのだ。そして実際に、多くの偶然が主人顔して私に近寄ってきた。しかし、私の意志は偶然に向かってもっと高圧的に語った。すると、偶然はすぐにひざまずいて、私に懇願したーーー寝床と歓待を与えてくれるように私に懇願し、またおもねる仕方で私に懇願した。<さあ見よ、ツァラトゥストラよ、友だけがこうして友のところにやってくるのだ>、と』。これは以下のことを言いたいのだ。それ自体で価値があると思っている多くの偶然の断片がある。それら断片は自分たちの蓋然性を引き合いに出して、それぞれに戯れる者に複数回の骰子の一擲を懇願する。複数回の一擲に割り振られ、単なる蓋然性となった偶然の諸断片は、主人顔して話をしたがる奴隷たちである」(ドゥルーズ「ニーチェと哲学・P.69~70」河出文庫 二〇〇八年)
<私>は「複数回の一擲に割り振られ、単なる蓋然性となった偶然の諸断片は、主人顔して話をしたがる奴隷たち」の一人でしかない。ただ単なる「悪しき賭博者、凡庸なギャンブラー」として「愚劣・下劣」を生きることしかできない。アルベルチーヌの毅然たる逃走は<私>に対して<私自身>を知ること、鏡の前に立って自身を見るときの態度について、教えたのだ。
ではニーチェのいう本当の「遊び」あるいは本当の「遊戯者」とはどのような態度をいうのだろう。
「しかしツァラトゥストラは、そのように遊ぶべきではないし、遊ばせておくべきでもないということを知っている。反対に、一回で全偶然を肯定し(したがって、骰子を自分の手のなかで温める戯れる者のように、あらゆる偶然を煮て料理し)、偶然のあらゆる断片を結びつけ、また蓋然的ではなく、運命的で必然的な数を肯定しなければならない」(ドゥルーズ「ニーチェと哲学・P.70」河出文庫 二〇〇八年)
ただ単なる賭博とはまるで違う。ニーチェ=ドゥルーズは本当の「遊び」の痛ましさも豊穣さも知っている。もっとも、痛ましさを知らない人間に豊穣さがわかるはずなどないのだが。
それはそれとして<逃走という態度>は常に<能動的切断>をともなうということをもアルベルチーヌは知っている。
坂本龍一から。素材集のような美しい諸断片。YouTubeをクリックしてどうぞ。