
かたむきかけた冬陽の庭にたたずむと
かぼそい母のからだは透きとおるようだ
母の足元から影が長くのびてきて
わたしの足元に届いている
あなたの寂しさも 見果てぬ夢も
影をのばしてきた
母は事もなげに日常を歩くわたしを
いつも遠い目をして追っている
あなたとわたしの距離は
もうそれほど遠くはないけれど
今のあなたには
わたしがささやかな希望のかたち
わたしは寡黙に働く
ことばにしてしまうと
霧散してしまいそうなものを
奥歯でくいとめるために……
はかりようもない寂しさ
春がくると
母の記憶は花のようにこぼれはじめた
虚空をまさぐる母の寂しい枝々は
ついにわたしの日々を繁らせて……
わたしの磨いたガラス窓は
母の磨いたガラス窓
わたしの貼りかえた障子は
母の貼りかえたそれに
「ほら お部屋が明るくなったでしょう」
崩壊しようとする母は
そのようにしてみずからを救済したのだ
ふたたび 母の春
* * *
昨年5月30日詩人清水昶さんがご逝去。そして2012年、桜の開花の季節に清水ご兄弟のお母上がご逝去。
お父上の死から、弟の昶さんの死、母上の死……列車の連結のように大切な方々をなくされた兄上の清水哲男さんの哀しみはいかばかりか?
言葉もない。ただここに思い出した我が母について書いた過去の拙詩を差し出すのみ。
哲男さま。お疲れでしょう。ご自愛くださいませ。
もう一編の詩を思い出しました。「伝言・加藤温子さん」