エリクソンの小部屋

エリクソンの著作の私訳を載せたいと思います。また、心理学やカウンセリングをベースに、社会や世相なども話題にします。

個人とご近所は 「お互い様」 or 「ダメダァ」

2015-09-03 05:55:14 | エリクソンの発達臨床心理

 

 

 大人は、「言ってること」と「やってること」を一致させてこそ、本物の「大人」なのです。したがって、「言ってること」と「やってること」が一致できない場合は、身なりがいくら大人でも、幼稚な人物となる、という訳ですね。

  The life cycle completed 『人生の巡り合わせ、完成版』、p72の新しい章の第1パラグラフ、下から7行目途中から。

 

 

 

 

 

ご近所の人たちも、このように、価値ある存在であると認められたいと願う個人から、お互い様、価値ある存在と認められていると感じるんですね。しかしながら、同時に、価値ある存在であると認めてほしいとは考えない個人から、根深く、執念深く、拒絶されているとも、社会は感じる訳です。後者のような場合は、たとえば、ヤクザのような仲間を、不運なことに求めてしまいたい気持ちを、社会の方が察することができず、うまく仲間に入れることもできない、多くの人たちを、社会は、考えなしなことに、「死」へと追いやってしまうものです。

 

 

 

 

 

 社会的な寛容さ、「価値ある存在であると認め合う」ことが、いかに大事か分かりますでしょ。

 寝屋川中一生殺人事件の容疑者は、この後者の人だと考えて、間違いないですね。40年以上の間、「価値ある存在であると認められる」体験が、ほとんどなしに過ごしてきたんでしょうね。ですから、「死」へと、この容疑者は、追いやられている訳ですね。

 これに関しては、稿を改めるつもりです。それにしても、お互い様に、≪価値ある存在であると認め合う」こと、それが、ノルウェーの修復的司法の要となり、クリスティー教授(上掲の写真)の教えの眼目でしたことを、思い出していただきたいと思います。

 

下は、刑務所長と囚人が昼食を共にしているところ

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