エリクソンの小部屋

エリクソンの著作の私訳を載せたいと思います。また、心理学やカウンセリングをベースに、社会や世相なども話題にします。

子どもが本気になる時

2015-02-24 06:31:36 | エリクソンの発達臨床心理

 

 私は日々、小学生の心理臨床をしていますでしょ。それも、学校で「問題アリ」という子どもが相手です。その「問題」は、「授業に集中できない」、「落ち着かない」、「勉強ができない」、「お友達に意地悪をする」、「お友達にすぐ手を挙げる」、「自分を傷つける」…。実にさまざま。

 そういう子どもが、箱庭やコラージュなどに、こちらも驚くほどの集中力を示すことが、時々あります。たぶん、家庭生活や授業では、見せないくらいの集中力なんでしょう。その時私は、半ばセラピーが成功したことを確信します。子どもの本気を感じることができるからです。それはそれは、素晴らしい体験です。文字通り、ありがたい。

 その時に、人間の不思議を思います。また、人間の尊厳に触れさせてもらっている、いいえ、人間の尊厳を垣間見せてもらっている感じがします。独特の顔つきになりますもんね。マジなんだけれども、深い喜びを体験していることを感じます。むかし、林竹二の授業を撮影した写真集?がありましたよね。あの表紙にも採用された、授業に集中して首を少し傾げて、林竹二の方を見ているおかっぱ頭の女の子の眼。上掲の写真です。あの眼と共通した眼ですもんね。「あっ、来たな」って感じがします。

 何故なんだろう?

 理屈はいろいろあるのだろうと思います。カタルシス、自己治癒力、最深欲求、一人でいられる能力…。いくら理屈を並べてみても、それでも、不思議ですね。本当のことは分からない感じが、そこにハッキリありますもんね。しかも、そういうときには、私は何もしてないないんですからね。「共に居る」だけ。

 きょうも、そんなセラピーに出会うことを願って、子どものところに参ります。

 

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« スピリチュアルな人になるには | トップ | 相応しくない者もいただける恵み »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿