ベンジャミン・ザンダーのプレゼンテーション、貼り付けておきます。
http://www.nhk.or.jp/superpresentation/backnumber/131104.html
一度ご覧になってください。
この指揮者も、文字通り、思想家であると同時に、教育者であることがハッキリ分かります。大事なのは、キラキラ輝く瞳であることが、ハッキリ分かります。
ルターは、悪魔憑きなどと言われていたのに、宗教改革の指導者になれたのは、スピリチュアルな1つの使命をルターが感じたからだと、エリクソンは言います。今日はその続きです。
この若者を視覚化することは難しい。後に、非常に偉大になり、大きな成功を収めるようになるのは、滅びに自分の運命を賭けてみた数年後の話です。その滅びこそは、彼が後に偉大になるためのまさに試金石であり、条件でした。ですから、私はいつくかのデータを一覧表にして、読者の皆さんのお役に立てればと思います。
マルティンの若い時期の出来事
1483年 誕生
1501年 17才でエルフルト大学入学
1505年 21才で修士の学位取得。修道院に入る。嵐の日に修道院に入る誓いを立てる。
1507年 23才で司祭叙階。始めてミサを執り行う。深刻な疑念と良心の呵責に陥る。それが原因で、聖歌隊での発作をもたらしたのかもしれない。
1512年 28才で神学博士となる。ヴィッテンベルグ大学で詩編に関する講義を初めて行う。この地で「塔の天啓」を経験。
1517年 32才、聖歌隊の出来事のほぼ10年後、ヴィッテンベルグの礼拝堂の扉に、95カ条のテーゼを釘で打ち付けた。
以上がルターの青年期の略年表です。
学位を得て、司祭に叙階されたものの、心の葛藤、最深欲求は無くならず、むしろ深まったのでした。
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