人とのやり取りや、人を大事にすることを、社会システムに組み込んでいきたいものですね。
とうとう第4章も、今日が最終回。
p1231行目途中から。
人を大事にすることが、人間の実存に対する唯一の、正気で、満足のいく答えである、ということが、そのように私は示そうとしてきたことですが、それが本当ならば、人を大事にすることをうまく取り入れている社会は、長い目で見れば、人間性の最深欲求と矛盾することをなくしていかなくてはなりません。実際、人を大事にするということを話すことは、「宗教家がする説教」などではありません。なぜなら、人を大事にすることこそ、人間ひとりびとりの、究極的で、しかも、現実的な欲求について語ることなんですね。この最深欲求が、すぐには解しがたいのは、最深欲求がない、ということではないでしょ。人を大事にする、ということの性質を分析すれば、人を大事にすることが今日いかに欠けているかを理解することになりますし、人を大事にすることに応答しない社会情勢を批判することになりますよね。人を大事にすることが、単に奇特な個人のやることだ、というだけではなくて、社会的な出来事としても、どんなのか可能性に満ちているのかを信頼することは、まさに人間性に対する気付きに根差した合理的な信頼です。
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