ブラックフェイス手帳

中央線201系 最後の軌跡

H23.5.15(日)浅川にて

2011-05-15 | 中央線・中央本線(その他)

 八王子方から機関車だけの音がして、おかしいなと思ったら、コンテナは1個も積んでいなかった。



 快速むさしの号が下ってきた。



 八王子へ回送される115系。

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 89レは20分待っても来なかったので帰宅。

 一日、多摩川、奥多摩、トタ区、浅川と、201系が走り回っていた頃のような休日を過ごした。

H23.5.15(日)川井駅と白丸駅

2011-05-15 | E233系
 少し前に青梅線の川井駅と白丸駅の駅舎が新しくなったので行ってみることにした。


 久しぶりに対岸から。


 山の中に似合う小奇麗な駅舎になっていた。


 白丸駅の駅舎は白く丸っこいものに。


 多摩川ではカヌーの練習。


 

H23.5.8(日) お座敷富士芝桜、はまかいじ、富士芝桜まつり号

2011-05-08 | 中央線・中央本線(その他)
 久しぶりに俯瞰場所に行ったものの、道を歩けば数mおきに大きなハチがブンブン。


 まずはお座敷富士芝桜を撮る。


 「はまかいじ」を待っていてもブンブン。
 じっとしていれば襲われることはないのだが、やはり怖いので去ることにした。



 アーチ橋で富士芝桜まつり号を撮って帰宅。

H23.5.6(金) 釜石線

2011-05-08 | 東北
 この日は釜石線に乗ることにした。


 盛岡から「はまゆり1号」に乗車。


 新花巻を出るとのどかな景色が広がる。
 土沢駅の上りホームでは満開のさくらが乗客を出迎えていた。


 並行する国道には自衛隊のトラックが何台も連なって釜石方面に向かっていた。
 猿ヶ石川にそった田園風景は平和でのどかであり、この先に被災地があるとは思えないが、国道283号線は被災地の生命線のひとつなのだ。


 陸中大橋のオメガカーブを見下ろす。

 終着釜石に近づくと、避難所や自衛隊の駐留している場所が見られた。


 久しぶりの釜石に到着。
 前に来たときは南リアス線で釜石に到着し、山田線で宮古に向かった。


 駅を出て、三陸鉄道南リアス線に沿って少々歩いてみた。
 橋脚に取り付けられている検査用足場の海側の鋼材がひん曲がっているのが見られた。
 


 昼食は駅前の市場でいくら丼。


 市場でおみやげを買って盛岡行き「はまゆり6号」で盛岡へ引き返した。

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 盛岡からは「はやぶさ」で帰宅。
 先頭車の前にはたくさんの人が写真を撮っていた。





 夕食は盛岡の「鮭はらこめし」。

 はやぶさは、本来の俊足は活かせないところだが、たくさんの人を運び、大宮まで満席だった。
 

H23.5.5(木) 津軽線に乗って龍飛崎へ

2011-05-08 | 東北
 この日は津軽線の未乗区間である中小国以北と、青函トンネル記念館に行くことにした。


 朝6時頃にホームに行くと「はまなす」が停車していた。
 青森駅は寝台列車がたくさん見られる貴重な駅である。


△N13編成
 まずは蟹田行きに乗車。


 蟹田からはキハ40-558+キハ40-539。


 中小国を出ると津軽海峡線が分岐していく。


 終点三厩まであと少し。


 三厩駅が見えてきた。


 奥に山が横たわり、終着駅らしい雰囲気だ。


 山には雪が残っている。


 青函トンネル記念館でケーブルカー乗車。


 30分程度、涼しい坑道を散策。



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 青函トンネル記念館を出て龍飛崎へと向かう。
 途中に慰霊碑があったので立ち寄ってみる。
 慰霊碑は龍飛岬の灯台、そして海の向こうの渡島半島を眺める丘の上に建立されている。


 津軽海峡らしくない晴天に恵まれた。


 朝食をとっていないので三色丼。
 味噌汁の香りがたまらなかった。


 灯台まで登った後、階段国道を下って海岸へ。
 花が植えられ、よく整備された国道であった。


 海が見えてきた。


 三厩駅に戻り、青森駅に戻った。

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 夕食は、青森に泊まった際は寄っている駅近くの「おさない」でほたて定食。

H23.5.4(水) 青い森鉄道 青森駅

2011-05-08 | 東北
 東北新幹線の新青森開業に伴い、八戸~青森間の並行在来線は青い森鉄道に移管された。


 移管後初めての青森駅の訪問だが、1番線で青い森鉄道の車両が見られた。


 駅名標はこんな感じに。

 青い森鉄道の青森駅乗入れに伴い、青い森鉄道のきっぷ売り場が新設されたが、改札・跨線橋はJRと共用である。


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 夕食は久々に味噌カレー牛乳ラーメン。