手塚治虫作品で、晩年に描かれていたものには、残念なことに未完の作品がいくつかある。
『ネオ・ファウスト』、『グリンゴ』など・・・・『火の鳥』シリーズだってまだまだ続編を構想しておられたそうだ。
その未完作品のどれもが、実に構成力豊かで面白くて、この先どういう展開になるのかとワクワクさせられるものばかりなだけに、その早すぎる死が悔やまれてならないのだ。ほんとうに手塚先生は我々手塚フリークスにとって罪深いお人だ。
その手塚未完三大傑作のひとつ『ルードウィヒ・B』の愛蔵版を、ブックオフの108円コーナーでみっけたので購入して久しぶりに読みなおしてみた。
本作は、あのドイツの大音楽家ルードウィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの物語で、彼の数奇な運命を情熱的かつコミカルに描くと同時に、彼に激しい憎悪を募らせる貴族出身のフランツ・クロイツシュタインの呪われた生き様を、主人公と同じくらい、いやそれ以上と言ってもいいくらい重点的に描いた、愛憎もつれる実にドラマ性溢れる傑作伝記マンガである。
しかし、手塚先生はほんとうにベートーヴェンが大好きだったんだろうなぁ。
この物語の構想にあたってはるばるウィーンのベートーヴェンの住んでいた下宿まで赴いており、その時のレポートが巻末の先生の筆による「絵ッセイ」に描かれている。
まぁ『三つ目が通る』にも運命警部っていう人物が出てくるくらいだし。
おそらくフランツは創作上の人物であるが、彼は『ブッダ』におけるダイバダッタ、『アドルフに告ぐ』におけるアドルフ・カウフマン的な役割を担う、憎むべきベートーヴェンの敵であり、しかし悲しい運命を背負った憐れな人物でもある。
このフランツがこの物語では実にいい味を出しており、彼の人物像は実に複雑で矛盾したもので、その深層心理がとても壮絶に描かれているところが手塚先生の巧いところである。
まぁ手塚ファンの間では『ルードウィヒ・B』と聞くと、ほとんどの人が「グギャア!」という鳴き声を発するといってもいいほど、このキーワードはこの物語にとって重要なフレーズである。
これがフランツを逃れられない悲劇の運命を背負わせたといっても過言ではない。
彼が出生する時に、クロイツシュタイン家で飼われていたクジャクが発した鳴き声でフランツの母は早産ショックで亡くなってしまう。
そのクジャクの名前がルードウィヒ。
そのことが原因で、フランツは父から「ルードウィヒは不倶戴天の敵だ」ということを幼少の頃から叩きこまれるのである。
しかし、彼が感情をあらわすときには、どうしても「グギャア!!」という声を発してしまうという、なんとも皮肉な身の上に。
ただ、ここで手塚先生のミスか故意か、不可解な筋違いが生じているのを手塚ファンの方はお気づきであろうか?
第一ページ目を見返していただきたい。
クジャクのルードウィヒが発した鳴き声は実は「グギャア」ではなく、「グキャア」なのである。
このことが、今回私が読み返して気づいてしまった新事実である。
この「グギャア」の謎、そしてベートーヴェンとフランツがグィチャルディ邸で対峙したときの勝負の結末はいかに?
この場面を最後に『ルードウィヒ・B』は未完に終わる。
さらに、フランツが戦場の農家で拾った溺愛してやまぬ養子の息子ユリシーズが、その後ひとりの人間の一生を決めるような重大さをもっているとほのめかされているが、その続きを描かぬまま手塚先生はこの世から去っていってしまわれた。
残された我々手塚作品愛読者は、この結末が読みたいという身悶えするほどのモヤモヤ、残尿感をどう処理すればよいのか?!
あんまりです!先生!!
グギャア!!
ねぇねぇ、どっかに手塚先生のDNAとか保存されてへん?
治虫クローン人間とか作れない?
今日の1曲:『Beethoven's Piano Sonata Patnetique 2』/ Hiromi THE TRIO PROJECT feat. Anthony Jackson & Simon Phillips
『ネオ・ファウスト』、『グリンゴ』など・・・・『火の鳥』シリーズだってまだまだ続編を構想しておられたそうだ。
その未完作品のどれもが、実に構成力豊かで面白くて、この先どういう展開になるのかとワクワクさせられるものばかりなだけに、その早すぎる死が悔やまれてならないのだ。ほんとうに手塚先生は我々手塚フリークスにとって罪深いお人だ。
その手塚未完三大傑作のひとつ『ルードウィヒ・B』の愛蔵版を、ブックオフの108円コーナーでみっけたので購入して久しぶりに読みなおしてみた。
本作は、あのドイツの大音楽家ルードウィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの物語で、彼の数奇な運命を情熱的かつコミカルに描くと同時に、彼に激しい憎悪を募らせる貴族出身のフランツ・クロイツシュタインの呪われた生き様を、主人公と同じくらい、いやそれ以上と言ってもいいくらい重点的に描いた、愛憎もつれる実にドラマ性溢れる傑作伝記マンガである。
しかし、手塚先生はほんとうにベートーヴェンが大好きだったんだろうなぁ。
この物語の構想にあたってはるばるウィーンのベートーヴェンの住んでいた下宿まで赴いており、その時のレポートが巻末の先生の筆による「絵ッセイ」に描かれている。
まぁ『三つ目が通る』にも運命警部っていう人物が出てくるくらいだし。
おそらくフランツは創作上の人物であるが、彼は『ブッダ』におけるダイバダッタ、『アドルフに告ぐ』におけるアドルフ・カウフマン的な役割を担う、憎むべきベートーヴェンの敵であり、しかし悲しい運命を背負った憐れな人物でもある。
このフランツがこの物語では実にいい味を出しており、彼の人物像は実に複雑で矛盾したもので、その深層心理がとても壮絶に描かれているところが手塚先生の巧いところである。
まぁ手塚ファンの間では『ルードウィヒ・B』と聞くと、ほとんどの人が「グギャア!」という鳴き声を発するといってもいいほど、このキーワードはこの物語にとって重要なフレーズである。
これがフランツを逃れられない悲劇の運命を背負わせたといっても過言ではない。
彼が出生する時に、クロイツシュタイン家で飼われていたクジャクが発した鳴き声でフランツの母は早産ショックで亡くなってしまう。
そのクジャクの名前がルードウィヒ。
そのことが原因で、フランツは父から「ルードウィヒは不倶戴天の敵だ」ということを幼少の頃から叩きこまれるのである。
しかし、彼が感情をあらわすときには、どうしても「グギャア!!」という声を発してしまうという、なんとも皮肉な身の上に。
ただ、ここで手塚先生のミスか故意か、不可解な筋違いが生じているのを手塚ファンの方はお気づきであろうか?
第一ページ目を見返していただきたい。
クジャクのルードウィヒが発した鳴き声は実は「グギャア」ではなく、「グキャア」なのである。
このことが、今回私が読み返して気づいてしまった新事実である。
この「グギャア」の謎、そしてベートーヴェンとフランツがグィチャルディ邸で対峙したときの勝負の結末はいかに?
この場面を最後に『ルードウィヒ・B』は未完に終わる。
さらに、フランツが戦場の農家で拾った溺愛してやまぬ養子の息子ユリシーズが、その後ひとりの人間の一生を決めるような重大さをもっているとほのめかされているが、その続きを描かぬまま手塚先生はこの世から去っていってしまわれた。
残された我々手塚作品愛読者は、この結末が読みたいという身悶えするほどのモヤモヤ、残尿感をどう処理すればよいのか?!
あんまりです!先生!!
グギャア!!
ねぇねぇ、どっかに手塚先生のDNAとか保存されてへん?
治虫クローン人間とか作れない?
今日の1曲:『Beethoven's Piano Sonata Patnetique 2』/ Hiromi THE TRIO PROJECT feat. Anthony Jackson & Simon Phillips
アニメでも見てみたいですよね。放送局はNHK教育テレビ(現在のEテレビ)か、日本テレビか、TBSあたりで放送されてたでしょう。
そうですね。アニメで見てみたいですね。
まぁアニメ化、ドラマ化、映画化してほしい手塚作品は山ほどありますが。
僕なんかは『鳥人体系』をハリウッドで是非映画化してほしいななんて思います。
この番組でルードウィヒ・Bについて、マンガ家の方がおもしろい解説・分析をされておりました。
↓
http://www.nicovideo.jp/watch/1484598487