東大阪でそろばん教室を運営しているの先生のブログ 関西珠算瓢箪山教場・石切教場

子供たちから教えられたこと、感じたことを想いのままに綴ります。

そろばんでは計算力しか育たない?

2013-11-05 00:13:15 | そろばん学習で得るものは?
 よく、塾の先生に「そろばんでは計算は上手になるけど、それ以外には力はつかないよ」と言われたお話を聞きます。

 たしかに、本当にそろばんだけを指導する教室で、珠算5級前後の合格で辞めてしまった生徒さんに関しては、この意見はある程度正しいと思います。

 しかしながら、珠算1級合格を果たすころから明らかに子供たちの脳力は変わってきます。そして大体段位を取得するころになると明らかに脳の回路が「つながった」という感覚を見せてくれるようになります。

 たとえば、私は珠算を小学3年生から始めました。途中中学3年生の冬休みから受験終了まで、高校3年生の秋ごろから大学入試終了までお休みしながら、大学2年生の6月・教育実習に行くときにいったんそろばんから離れるまで続けました。約11年間取得できたのは珠算4段・暗算は4段(わり暗算10段が自慢です)。塾には中学3年生の冬休みに7日間、高校3年生の冬休みにセンター試験対策講座を受けに予備校に6日間行きました(どちらもデータがほしかったんですね)。塾には行っていないようなものです。頭を使う習い事はそろばんだけ。でもそのそろばんが自分を育ててくれたことは疑いようがありません。

 ちなみに経歴は大阪府立清水谷高校⇒奈良教育大学⇒奈良教育大学教育学研究科(大学院)です。

 まず自分の経験から言えば、「映像で覚える」。これはたとえば教科書の映像ごと・授業の黒板ごと頭に浮かぶ感覚です。ちょうどスライドショーを見ている感覚といったほうがいいのかもしれません。これはそろばん式暗算が「写像」を鍛えたことに起因すると思います。というのは、そろばん式暗算は普通の学校教育では鍛える機会の少ない「右脳」(芸術脳とも呼ばれます)を鍛えることが、脳科学者によって科学的に証明されたことを知ったからこそ言えることです。

 たとえば、そろばん式暗算を応用した暗算のやり方に「フラッシュ暗算」というものがあります。これは画面上に次々現れる数字を足していき、最後の数字までたした答えを求めるというものです。
 体験授業にこられた保護者の方々とお話しながら、この計算を目の前でやって見せますと、珠算未経験の方はもちろん、珠算経験のある方でも「えっ!」となっていただくことができます。そしてこれは私にとっては特別なことではありません。生徒と会話しながらでも、なんならカラオケを歌いながらでもできてしまいます。

 これは言語領域を司る「左脳」と芸術領域を司る「右脳」を並行して動かせるからこその技であろうと思います。そのことを先の研究結果を知り、説明できるようになりました。

 現在教室には、簡単な歌を歌いながら暗算ができる生徒ならたくさんいます。大体珠算・暗算ともに2級合格前後からこの能力が見えてくるように思います。

 二つのことが並行してできるということは、たとえば授業を聞きながらノートを取る。作業をしながら先生の話を聞くということが自然にできるということの裏返しになります。

 そろばんなんか習っても計算しか伸びない!。とお考えの方にはどうか反論をお待ちしています。(もちろん、こうした能力がつくまでに、それ相応の期間が必要であることは否定しません)
 それくらい私が指導しているそろばんの持つ力には絶対的な自信を持っています。ただ、私の指導力が完全かと言われると…。でも、少しでも子供たちが伸びてくれるように、教室にはたくさんの仕掛けを用意しています。
 そして、明日も生徒たちとともに学びながら、少しでも教室をよりよくしていこうと思っています!。今日はオチなしです。ゴメンナサイ。
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基礎基本の徹底~めざせわりざんマスター~ 3

2013-11-02 00:35:50 | そろばん学習で得るものは?
またまた前回の続きです

 わりざんの計算が上手になる以外の目的。そのふたつ目が

 
自分自身に勝つ


 これです。よく保護者の方から聞くお言葉に「うちの子はやればできると思うんですがやらないんです」というものがあります。

 その通りです。だって「やらない」のですから「できなくて当たり前」です。

 できないという子供の90%以上が「やらなければいけない当たり前のことをしていない」ということです。残りは、子供がもつ個性が原因である場合です(たとえば軽度発達障害やLDといったものがあてはまりますがここでは触れないことにします)。

 では「やらなければいけない当たり前のこと」とはなんでしょうか?。それはずばり「できるまでやり遂げる」ことなんです。

 たとえば、間違いを直すことがこれにあたります。でもただ「正しい答えを赤で書けばいい」のではないんです。九九を間違って覚えているのか?、引き算を間違っているのか?、÷3の問題で問題の3を答えにしてしまったのか?。その原因を突き止めて改善すること。これが間違い直しです。正しい答えを赤で書いたって、次に正しい答えになるわけではありません。ここに

正しい答えを出す!


という本人の意思がなければ、なかなか百点にたどり着けるものではありません。そしてこの

間違いの原因を自分で見つける


ことが、これから先の学習において本当に必要な能力であり、「できないままほっておくことが気持ち悪く感じる」ように成長してくれれば、しめたものです。こんなにうれしいことはありません。

 そしてまさに今日、そのことを体現してくれた生徒が一人出ました。5年生の彼女は、6年生の漢字テストで満点を取りました。納得いくまで書いて覚え、自分でテストに挑戦し、間違いがないか繰り返し確認することをおうちでやってきたのです。答案・テキストを見ることで、彼女の家庭での勉強が手に取るように見えました。そして自分に甘い数人に「これを勉強というんだ!。5年生でここまでできる○○さんは本当にすごい!」と褒め称えました(彼女は若干とまどっていましたが。だって彼女はこうすることを当たり前と感じていますから)

 というわけで、3日分に分けて書き連ねましたが、たかだかわりざんの計算を毎日することが、たかだかな内容ではないんだということが少しは伝わりましたでしょうか?。プリントは÷1桁=2桁とあまりのレベルD・÷2桁=1桁とあまりのレベルE・÷3桁=1桁とあまりのレベルFまで用意しています。ちなみにこの女子生徒はレベルF60問を2分以内でこなします。

 ここまで伸びてくれれば、あとは勝手に自分で伸びていきますから、私はその彼女が伸びていくためのヒントを伝え続ければOKということです。

 自分に打ち勝てと書いていて、私が自分のおなかのお肉に打ち勝っていないことに気づきました…。私もがんばります(オチつきました?)
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基礎基本の徹底~めざせわりざんマスター~ 2

2013-11-01 00:23:32 | そろばん学習で得るものは?
前回の続きです

 わりざんの計算が上手になる以外の目的。そのひとつ目が

学習習慣を育てる


というものです。この学習イベントは「毎日」の宿題であることが肝です。毎日続けることがどれだけ面倒なことか。みなさんにも経験があると思います。でも、お勉強はこの「めんどくさいことをどれだけこなしていくか」にすべてが凝縮されているといっても過言ではありません。

 毎回のように忘れる生徒もいます。はなからやる気がないのです。「ノートを忘れました」「やったけど記録するのを忘れました」「点数まだつけていません」など、まあよく毎回言い訳を考えるものだと感心します。しかしながら、努力は結果に正直です。やっていない生徒はタイムの伸びが悪いのはもちろん、百点が取れないのです。

 本来、こんなことはそろばん教室ならクリアできて当たり前!と思われる方も多いかと思います。そんなことはありません。塾に入れただけですべての生徒がよい成績になるでしょうか?。スポーツクラブに入れただけでみんなが運動神経がよくなるでしょうか?。

 子供たちの「うまくなりたい!」という気持ちと、指導者の「うまくしたい!」という気持ちが化学反応を起こした時、子供たちの能力は飛躍的に伸びます。でも伸びるためには伸びるための助走が必要です。その助走が「毎日訓練する」ということなんです。

 そして、その努力が「4分以内百点」という結果に結実した時、それまでの苦労を振り返って感動を手に入れることができます。達成感・自己肯定感など、学習の正の好循環を生み出すために必要な体験を獲得するのです。

 そのためには、さぼりを見抜く指導者のスキルも問われます。

 ☆やっていないのに、タイムと点数を適当に書く「嘘書き」
 ☆とりあえず答えは書くが、タイムもはからず採点もしない「鉛筆の芯の無駄遣い」
 ☆やるのを忘れた分をまとめてやってしまう「要領よいさぼり」
 ☆答えを写した答案でごまかす「アリバイ証明」

 などいろいろな「ズルい」やり方があります。4つめなんてそれならちゃんとやればいいのにと思いますよね。

そして一番だめなのが

いやいややる


なんですね。これはもう繰り返し諭すしか方法がありません。とにかく「できた」という体験を経験しないとこの「いやいや」を乗り越えることは本当に難しいです。しかしながら「できた」ステージへ導くのがこの学習イベントの目的ですから、こちらも手を変え品を変え、子供たちに本気で向き合います。

 わりざんが上手になり、そろばんが上手になり、いつの日かそろばん教室を卒業した時、この毎日頑張る時間をお勉強に廻せばいいのです。そうすることで、積み上げた学習習慣が華開くことになるのです。<またまた次回へ続きます>
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基礎基本の徹底~めざせわりざんマスター~ 1

2013-10-30 23:35:28 | そろばん学習で得るものは?
当教場では学習イベントとして、「めざせわりざんマスター」を行っています。

 この学習イベントは「わりざんのあまり計算を早く行う」。だけのものであると理解されましては困りますので、その意義を書いていきたいと思います。

 小学校で学ぶ計算は「加減乗除」。これが全ての計算、ひいては数学への礎となります。

 当教場はそろばん教室ですので、この「加減乗除」はできて当然とお考えになる保護者の皆様は多いと思います。しかし、残念ながらお預かりしたすべてのお子様を伸ばしていくことは、大変難しいことです。それは「本人のやる気」が欠けてしまってはいい結果がでないということです。いい結果を出すためには、さらに「ご家庭のご協力」これが大事なんです。そしてこのわりざんの練習は「たかだかわりざんの練習」と考えてしまうと、全く酔う結果が出ません。「反復練習が持つ意味」・「毎日継続することが持つ意味」・「学習習慣を確立することが持つ意味」をしっかり理解していただくことで、お子様の伸びが著しくなる「正の好循環」を導くことになると思います。

 今日はこの「わりざんのあまりの形」をご説明します。

 算数の指導において、一桁でわってあまりもひとけたになる。要は九九の範囲で答えがだせるあまり計算問題には3つの形があります。

 一つ目は32÷8のように、あまりがでない(九九の反対でできる)タイプ。
 二つ目は33÷5のように、あまりを出すときの引き算に、繰り下がりの必要のないタイプ。
 三つ目は33÷7のように、あまりを出すときの引き算に、繰り下がりの必要のあるタイプ。
 
 1つ目のタイプは81問。二つ目と三つ目のタイプはそれぞれちょうど100問あります。これを、当教場では二つ目のタイプを「わりざんB型」・三つ目のタイプを「わりざんC型」として、それぞれ4分以内に100点満点獲得で「クリア」と設定しています。

 これを毎日の宿題として、これをこなすことができるレベルに到達したときから、毎日の宿題としてお渡ししています


これが、記録用のノート



これが、ノートの中身です。


この学習イベントには、「ただわりざんが上手になる」以外に、複数の大事な意味があります。<次回に続きます>
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結局読み・書き・そろばん

2013-03-17 01:17:58 | そろばん学習で得るものは?
 当教場ではそろばん学習はもちろんのこと、おまけの学習にも力を入れています。

 たとえば、3年生の1月からスタートする、都道府県名・県庁所在地名を漢字で覚えるチャレンジ。夏休みに各学年ごとに頑張る夏休み暗誦チャレンジ。古文・銘文の暗誦チャレンジ。などといったトレーニングに挑戦してもらっています。

 そして4年前から、待合室にたくさんの本をおいて、読んでもらおうと「そろばん図書館」を始めました。私の中ではこれで「読み・書き・そろばん」という日本人がはるか昔から伝統的に重視してきた基礎能力を、育てていく素地はできたと思っています。

 学力低下が叫ばれて久しい昨今、学力のみならず、生きていくための力、いわゆる「リテラシー」を育てるためには、やっぱり基礎基本の土台をしっかりりと築くこと。これが肝要だと思います。

 当教場で用意している学習プログラムは、結局のところ江戸時代の「寺子屋」を原点としています。そしてこの基礎基本を徹底することが、効率主義に陥ってしまった現代では一番難しくなっているように思います。すぐに結果を求める風潮には私は断固反対です。意味調べは絶対に電子辞書ではだめです。紙の辞書を何度も繰り返しめくって読み込むんです。紙の辞書なら調べた語句の周辺の語句も目に飛び込んできます。効率主義の電子辞書にはできない芸当です。毎日の訓練を厭わないことで、だんだんと調べるスピードが速くなります。手先が器用にもなるのです。「手は体の外に出た脳である」とはかの有名なカントの名言です。

 さて、「そろばん図書館」では、本を読むことにこだわっています。電子リーダーではだめなんです。紙をめくって読んでいくことに意味があるんです。紙の匂い・ページをめくるときの手触り・音・文字をたどる指先…。実際の実物を触るからこそ得ることができる情報が本には詰まっています。

 そして、読書がもたらす能力の開花を実際に見せてくれている生徒がいます。現在年長さん、もうすぐ一年生の彼は、あまりのあるわりざんまで、その意味をも理解しそろばんでの計算も完璧です。はやくも教室では珠算9級の進級試験に合格し、破竹の快進撃を続けています。

 その彼に教室で「ご本はどれくらい読んでるの?」と聞いてみました。私としてはたくさん読んでいるという答えを期待していたのですが、意に反して「ちょっとだけ読んでるよ」というお返事。私は「ふーん。1週間で1冊くらいかな?」と聞き返したんです。帰ってきた答えに驚きを通り越して感激しました。「毎日5冊くらいかな…」

 毎日5冊!。そしてその分量を「ちょっと」と感じている読書習慣!!。そりゃ賢いはずだわ。と度肝を抜かれました。お母さんにお聞きしても、「特別なお勉強は何もさせていません」とのこと。

 そういえば、4年生で1級に合格したHちゃんも、とにかく小さい時から本をたくさん読んでいました。そして読書感想文も、とても上手に書いていました。

 やっぱり、読み・書き・そろばんが人間の能力をのばすんだ!。そう確信した出来事でした。
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