超人日記・俳句

俳句を中心に、短歌や随筆も登場します。

#俳句・川柳ブログ 

<span itemprop="headline">転ばぬように街へ出かける</span>

2010-01-02 18:59:42 | 無題

昨日はジョルジュ・プレートル指揮のウィーンフィルニューイヤーコンサートをテレビで見た。
途中コンビニエンスストアでフランスパンとカマンベール・チーズを買って来た。これで正月は食いつなぐのだ。
昨日の夜は 、もう一度赤子になって初めての詩を書きながら年を迎える、という短歌を書いた。
ムーンライダーズの「トウキョウ・セブン」というアルバムに似たような歌詞がある。「6つの来し方行末」という曲に、「師走に生まれて語ることは、あんまり無いけどひとこと言おう、次の年が来るたびにすべて忘れて、赤子の姿で朝寝出来ればと」という歌詞があり、それを思い出してその短歌を書いた。今朝はフランスパンとチーズを食べ、サヴァリッシュ指揮のウィンナワルツ集を聞く。
今日は朝も昼もフランスパンだ。ブルーノ・ワルターのミュージック&アーツ社のニューヨークフィルのベートーヴェン交響曲全集を聞き、年賀状を読む。大学生の頃の友人と年に数回会うのだが、男は私一人。女性陣の仲間入りをしたようで楽しい。そんなことを考えていた。
午後はギリシア語英語対訳新約聖書を読み進める。イエスが水の上を歩いていたので、弟子ペテロが私も招いてくださいといい、弟子も水の上を歩いたのだが、強い風が来て怖くなった途端沈み出す。するとイエスが手を差し延べて、不信心者よ、なぜ疑ったのだ、と弟子をいさめる。
こういう奇跡の話を省略して聖書を読もうとする人もいるが、私は奇跡の話が好きだ。信不信ではなく、奇跡物語が面白いのである。水の上を歩くイエス、びっくりした弟子の顔、恐る恐る真似る弟子、といった一連の場面が映画のように目に浮かぶ。ギリシア語英語対訳聖書ファンである。
ちなみにきわめて珍しいLoreto社のラテン語英語対訳新約聖書も時々めくっている。なぜ、ラテン語英語対訳新約聖書がほとんど出版されていないのか、不思議である。ラテン語訳くまのプーさんもあるというのに。今日は予備校時代からの友人と近所の喫茶店で会って談笑する予定である。

水上を歩くイエスを思いつつ転ばぬように街へ出かける、という短歌を書いた。



コメント
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