駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

ダーツになる旅

2009年08月20日 | 趣味
 旅に出て知らない街を歩くと、いつもここに住んだらどんなだろうかと考える。たかだか二三日の旅人に住み心地まで分かるわけもないが、なにがしかの感触を得てそれなりに想像してみる。妙な趣味だと思うが、旅行好きの中にはそうした興味を持たれる方も結構おられるだろう。
 人生は一回だけで(たとえ生まれ変われても前世の記憶はない)、しかも短い。そうあちこち住んでみるわけにはいかない。生まれ育った土地にそのまま住んでおられる方も多そうだ
 転勤で二、三年住む程度では、深くその土地を知ることは難しく、十年くらい住まないとその土地の感覚は身に付かないと思う。だから、せいぜい三、四カ所が実際住んでみることのできる土地の数だろう。
 そうした住んで味わい理解するのはさておき、人は誰も伝聞、小説、旅行などでさまざまな土地の印象を持っている。それに皆、訪れてみたい土地を持っているだろう。 
 そこでそれを利用したクイズをやったら面白いと思う。歌手、俳優やジャーナリストは日本全国(海外も)を旅行しているはずなので、彼らを回答者に一枚の街角の写真からここはどこかを当てさせたら面白いと思う。単純だが「ここはどこでしょう」というタイトル、あるいは二番煎じ気味だが「ダーツになる旅」というタイトルでどうだろう。当たらなければ、だんだん遠景や食べ物の写真を追加して、最後に土地のなまりを聞かせれば7,8割当たるのではないか。どこかの放送局でこうした番組をやってくれないかな。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

天秤に掛けているのは

2009年08月20日 | 医療
 Never say never.「いいか、患者に絶対大丈夫とは絶対言うな」と教授は教えてくれた。
 世の中に絶対大丈夫などないことを大人は知っているはずだが、人は時に言葉に囚われてしまう。神ならぬたかだかの人に絶対を保証する力などないのを知っていながら、言質を取り付けて安心を得ようとする人が居る。それで逆ねじを食らわせようとする人さえ居る。
 この人は無理な保証を取り付けようとしていると気付くと多くの医者は退いてしまう。大丈夫と言ったじゃないかと不運を恨みや憎しみに結びつける心の動きを察知するのだ。恐怖のなせる技なのを理解し寛恕できる医師や、一歩踏み込んで苦しみを分かち合おうとする医師に巡り会うこともあるだろうが、いつもではないし、相性のあることだからそれで安寧が得られるとは限らない。
 何度、取り返しのつかない判断を見てきたことだろう。
 「髪の毛が抜けたから止めたの、アメリカから良く効くという薬?を取り寄せて調子良かったのよ」。それが数ヶ月前から調子悪いのとAさんは来られた。どうすればと言われても、もうリンパ腺が累々と腫れている。
 副作用で文句を言われた時、たぶん主治医はさほど粘らず引き下がったのだろう、上手くゆく保証なんてないのだから。でも何もしなければ上手くゆかない保証はあったのだ。
 髪の毛や家族の世話と何を天秤に掛けているかを説明した時、それが命だという率直さが十分でなかったか、率直な言葉を受け取る方が脅しと取ってしまったか。 
 でも、もう取り返しがつかない、健康は戻らない。
 それでも絶望ではないことを秘かに祈りたい。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする