駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

絵の不思議

2015年02月09日 | 趣味

  

 絵が完成に近づいた。完成に近づくと描いても表れる変化は僅かになり、もどかしい工程になってゆく。しかし微妙だが明らかな進化深化があり、それがなくなった時が完成なのだろう。こうして描いた上に重ねて描き込んでゆくのが楽しいから、私は油彩画に向いているのだろうと自分で勝手に思っている。

 先生のアドバイスは的確で、なるほどと思いながら手を入れて行くのだが、一体そのアドバイスはどこから生まれるものなのだろうと不思議な気がする。肝腎なのは審美眼なのだろうが、それだけではなく書き手の個性技術題材・・・を勘案しながらのものだろうと思う。

 元より、私の絵には読み解くほどの意味はなく、旅先で見た光景を写真とは違う形で表現しようとしたもので、写真とは違う感興が浮かべば良いと思っている。

 さて問題だが、手前左の黄色い草花はない方がいいだろうか?。先生は最初は何も言われなかったのだが、完成に近づいたら「なくてもいいね」とおっしゃる。果てどうしたものかと迷う。というのはあるとないとでは随分印象が違うからだ。

 絵には読み解く要素はあっても、特に風景画では全体としての印象が一番大切と思うので考え込んでいる。まあ、絵画なので考えるのではなくどう感じられるかの方が大きいかも知れない。

コメント (2)
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