明治は遠い昔のようだが、私などは記憶を辿れば手触りの感触のある時代だ。父は明治の生まれだし、祖父は慶応祖母は明治初年の生まれだった。
勤務医は労働時間が長く、少ない余暇は家族と過ごした。町医者は診療後に時間が取れるのだが、ついこの間まで医師会役員の仕事で忙しく、少ない余暇は手すさびに費えた。
気が付けばまだ行きたい所、勉強したい事、読みたい本が山のようにある。碁や将棋も実戦をなどと思うこともある。なんだか欲張り爺さんみたいだが、委縮した脳とたるんだ身体にどこまでできるだろう。何よりも自分は日本の近代史を知らないと痛切に感じる。
鴎外の恋人、百二十年後に明らかになったことは鴎外がエリーゼを本当に愛していたことだ。鴎外は日本の森家を選んでしまったが、心の中の想いは消えることがなかった。おそらく鴎外を責める女性は少ないだろう。鴎外が苦しんだからというのではなく、愛が本物だったから。死の床にあって、なぜ俗世の殻を脱ぎ捨てようとしたか、あるいは心に秘めた世界に還ろうとしたのかもしれない。
果たして今の時代に、鴎外の心にあった深い想いがあるだろうか。我々が失ったものを見つけた思いがする。
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