現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

ホビット 思いがけない冒険

2019-02-15 09:29:38 | 映画
 言わずと知れた、トールキンの同名ファンタジーの映画化です。
 先に映画化された「ロード・オブ・ザ・リング」がいい出来だったので、この映画も期待していました。
 「ロード・オブ・ザ・リング」は原作が長いので、映画は三部作でも足りないぐらいでした。
 ところが、「ホビット」は原作がずっと短いのに、やはり三部作になると聞いて、間延びしたものになるのではと心配していました。
 案の定、原作にはない戦闘シーンなどが大幅に追加されていて、この映画は原作とは別物だなと思いました。
 他のシリーズ物(例えばロッキーやダイハードなど)もそうですが、だんだんとストーリーとは関係ない大がかりなアクションシーンが追加されていって、どんどん通俗化してしまうようです。

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立花 隆「全員参加の乱交パーティー社会・ピグチン 加納隆至」サル学の現在所収

2019-02-15 09:28:04 | 参考文献
 人間の三大欲望は、食欲、性欲、睡眠欲だと言われています。
 それらがすべて満たされると、どのような社会になるかをピグチン(ピグミー・チンパンジー。ちなみに普通のチンパンジーは研究者の間ではナミ(並み)チンと呼ばれています)の群れが教えてくれます。
 それは、争い事が一切ない融和的な社会です。
 彼らは、寝るか、食べるか、セックスするかのどれかをして一日を過ごしているのです。
 棲んでいるところは熱帯雨林で食べるものは豊富にありますし、特定のオスがメスを独占しない大人だけでなく子どもも参加するフリーセックスの世界なので、もめごとは起きるはずもないのです。
 かつては人間の社会もピグチンの群れのようだったのですが、人口が増えすぎて今では望むべくもない状態です。

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皿海達哉「メジロのとまり木」坂をのぼれば所収

2019-02-15 09:25:49 | 作品論
 小学六年生の稔は、大晦日の日に、正月に使うウラジロを探しに山に行った時に、足に枝をぶらさげたメジロを見かけます。
 トリモチを使った罠から逃れてきたのでしょう。
 しかし、枝を足にぶら下げたままなので、上手に飛ぶことも枝にとまることもできません。
 それでも懸命に飛んでいるメジロを見て、それまで熱中していたメジロ捕りをもうやめようと思います。
 始業式の朝に、前を歩いている中学生たちの会話から、そのメジロがナワシログミの枝にひっかり、さらに空気銃で撃たれて死んだことを知ります。
 稔は、卒業記念の植樹の木を、メジロが大好きな蜜のたくさんある赤い花の椿にしようと思います。
 この作品は、従来の「アクションとダイアローグ」で書かれた現代児童文学ではなく、主人公の心理を中心に徹底して「描写」を用いて書かれた「小説」です。
 この本は1978年に初版が出たのですが、このころから小説化した児童文学が現れ始めて、それらの本では読者の対象年齢も上がって、やがて一般文学への越境が始まります。
  物の哀れ、生き物の死、弱者へのまなざしなど、感受性豊かな少年の気持ちを鮮やかに描き出していますが、今の同年代の読者には高尚過ぎるかもしれません。
 しかし、それ以前に、このような普通の男の子を主人公にした男の子向けの作品(出版当時あるいは作者が子ども時代の地方の男の子の遊びである、メジロ捕りについて克明に描いています)など、L文学(女性の作家が女性の読者のために女性を主人公にした文学)全盛の現在では、出版すらされないでしょう。

坂をのぼれば
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マイライフ・アズ・ア・ドッグ

2019-02-15 09:14:54 | 映画
 1985年のスウェーデン映画です。
 物語の舞台は、1958年から1959年にかけてのスウェーデンの田舎です。
 なぜそんなに正確に年代がわかるかというと、ラストでスウェーデンのボクサー、イングマル・ヨハンソン(主人公の少年と名前が一緒です)がフロイド・パターソンをノックアウトして世界チャンピオンになるラジオ放送が流れるのですが、その試合は1959年の6月26日に行われたからです。
 周囲とうまくやっていくことができない少年が、母の病気、家族との別離、愛犬との別れなどを経験しますが、優しいおじさん夫婦に引き取られ、ボクシング好きのボーイッシュな少女や、ガラス工場に勤める魅力的な女性などと出会うことで、次第に人間性を回復していきます。
 映画の中で、主人公の少年は、当時のソ連の宇宙開発で宇宙船の中で見殺しにされたライカ犬と比較すれば自分はまだましだと、繰り返し自分で自分を慰めます。
 これは、自分の悲しみや不幸を相対化することで、かろうじて人間性を維持しようとする行為だと思います。
 明るいラストシーンが、少年の人間性の回復を象徴しています。
 このような「現代児童文学」的成長物語の世界は、日本でも1980年代までは成立していましたが、このブログでも繰り返し述べてきましたが、商業主義が前面に出てエンターテインメント作品優先の現在ではほとんど絶滅しています。

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