この言葉があるだけで、その中身は無い。
だから、こんなモノは趣味でも何でもない。
言い換えれば「TV鑑賞」なんてものは実際、何もしてないのと同じ。
「読書」なども同じ、これもごく普通の行為であり、要は【中身】は何を読むのかの問題でしかない。
「コミック鑑賞」なんて無い、多くは暇潰し。
「絵画鑑賞」「音楽鑑賞」も・・・
こんなものは全て受動的態度であるといえる。
カフェ巡りも同じ・・
「鑑賞」や「巡り」さえつければ、少し能動的に聞こえるだけじゃないですか?
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コーヒー焙煎で関して、ある人と話していると、A焙煎店ではこう言ってました。B焙煎店ではこう言ってました。Cではこう。あっちこっちで聞いて回ってその度々に違う意見に彷徨っている。
私は答える、【それであなたはどんな焙煎をしているのですか】と問えば、焙煎はまだ、焙煎機もない。
つまり、自動車免許も持ってない中学生がスカイラインGTRを語ってる同じなんです、自分で何をしているかが問題なんです。
ジャズを評論するのは誰でも出来るんです、本の100冊も読めば1人前のことは10冊は書ける。「じゃあ、あなた自身はピアノで何を弾けるんですか?」、「トランペットで何を演奏できるんですか?」、ジャズを語ることとジャズを演奏するは全く違う。
コーヒー焙煎を語ることは誰でも出来るんです、コーヒー焙煎をすることが大事かというと、そんなことはない。コーヒーを焙煎し、それを【売る】ということが一番大切なことなんです。
そして成功する人の一番の特徴は、他人の成功を心から喜べる人です。