わたしは若い時からのクリスチャンで、学生運動に挫折してからは一途に教会と信仰生活に生きてきた。クリスチャンホームをつくり、日曜日にはアメリカ映画のように、一家そろって教会に行っていた。むろん教会でも執事・長老として中心的に奉仕をしていた。
ところが40才の時、妻が拒食症を再発(再発と後でわかったのだが)した。妻の母が死んだので再発したのだが、紆余曲折の後わたしが病院に行くと、医師からは「原因である母が亡くなっていて、治癒した例はありません。覚悟をしておいてください」と宣告された。
それから15年後、直接の死因は胃ガンであったが、根底には拒食症という病のゆえに妻は召天していった。わたしの人生でこの期間ほど、地の底を這う苦しみを味わったことはない。わたしと言えば、何とかして妻を直したいと、いつも病院に通い、子どもたちを育て、看護に明け暮れる日々だった。しかしそうすればするほど憎しみはわたしに向けられ、一つ家にいても拒まれ、個室に移され、ひいては子どもを連れて家を出て行かれた。涙壺というものがペルシャあたりにはあるそうだが、きっとわたしはいっぱいにしたことだろう。
しかしわたしはこのような苦しみを通らなければ、自我を捨てることができなかった。「神を信じる」と言っても、自分の夢や計画が中心で、神に自分を従わせるなどとは、想像することすらできなかった。いわばまったく自己中心な信仰で、今となっては信仰とは言えないものだった。それが砕かれた。
絶望的な状態で長く苦しんだので、人格が変わった。そんな自分にほとほと自分に絶望した。だから希望を神に抱くようになった。何があっても「聖霊のバプテスマ」を受けてやる、そう決心した。そして願った聖霊のバプテスマではなく、突然神の声を聞くことになった。
「わたしはあなたを愛している。(それなのに)あなたがわたしを求めないからです」と。
わたしはこのひと言でまったく考えが変わり、人生が変わり、教会も180°変わった。絶望が希望に変わった瞬間である。以来わたしは以前とは、比べものにならないほどの祝福の中を生きている。 ケパ