2000年東映作品。作詞家のなかにし礼による同名小説(直木賞受賞作)の映画化。ストーリーや語り口には大きな欠点はないが、残念ながら映像面がまるでダメである。
明治の終わり、長崎の丸山の遊郭で名芸者と呼ばれる愛八は、芸達者であるのはもちろん、その気っぷの良さから幅広い人気を得ていた。ある日、彼女は大店の当主で良く知られた風俗学者でもある古賀と出会う。研究熱心な彼に請われて、愛八は長崎に伝わる歌を探し出すフィールドワークに同行する。

二人は“長崎ぶらぶら節”という歌を知り、それが愛八にとって想い出の歌であったことが明らかになる。やがて時が経ち、古賀と会わなくなっていた愛八が、また思わぬ形で彼と関わるようになるまでを描く。
最初は単なる“友達付き合い”であった二人が、やがて互いを恋愛対象として意識し始めるものの、立場や年齢を考慮して身を引いてしまう。そのあたりの描き方はけっこう上手い。演じるのが吉永小百合と渡哲也なので、前に共演した「時雨の記」(98年)のような気勢の上がらない出来に終わるかと危惧したが、オーバーアクトにもならず、うまく演出が手綱を引き締めていたと思う。
ただし、子供の頃に長崎で暮らした身にとっては、この街の魅力がまるで出ていないことに終始イライラした。低レベルなCG処理にガッカリ。そして何よりカメラが腰高で落ち着きがなく、構図の取り方が素人っぽい。つまりは画面に奥行きがまるでない。悪い意味でテレビ的だ。
監督の深町幸男は映像人としてベテランであるといっても、永年のテレビ業界暮らしで付いたアカは容易に落とせなかったようである。
明治の終わり、長崎の丸山の遊郭で名芸者と呼ばれる愛八は、芸達者であるのはもちろん、その気っぷの良さから幅広い人気を得ていた。ある日、彼女は大店の当主で良く知られた風俗学者でもある古賀と出会う。研究熱心な彼に請われて、愛八は長崎に伝わる歌を探し出すフィールドワークに同行する。

二人は“長崎ぶらぶら節”という歌を知り、それが愛八にとって想い出の歌であったことが明らかになる。やがて時が経ち、古賀と会わなくなっていた愛八が、また思わぬ形で彼と関わるようになるまでを描く。
最初は単なる“友達付き合い”であった二人が、やがて互いを恋愛対象として意識し始めるものの、立場や年齢を考慮して身を引いてしまう。そのあたりの描き方はけっこう上手い。演じるのが吉永小百合と渡哲也なので、前に共演した「時雨の記」(98年)のような気勢の上がらない出来に終わるかと危惧したが、オーバーアクトにもならず、うまく演出が手綱を引き締めていたと思う。
ただし、子供の頃に長崎で暮らした身にとっては、この街の魅力がまるで出ていないことに終始イライラした。低レベルなCG処理にガッカリ。そして何よりカメラが腰高で落ち着きがなく、構図の取り方が素人っぽい。つまりは画面に奥行きがまるでない。悪い意味でテレビ的だ。
監督の深町幸男は映像人としてベテランであるといっても、永年のテレビ業界暮らしで付いたアカは容易に落とせなかったようである。