元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「ちひろさん」

2023-07-23 06:03:07 | 映画の感想(た行)

 2023年2月よりNetflixより配信。この主人公像にはまったく共感できないし、そもそも現実感が無い。しかしながら、最後まで退屈させずに見せきったのは、主演女優をはじめとしする各キャストの頑張りと、丁寧な演出の賜物である。積極的に支持できるシャシンではないものの、観て損はさせないだけの中身はある。

 静岡県の海沿いの街にある弁当屋で働く若い女ちひろは、実は元風俗嬢だ。だが、そのことを誰にも隠そうとはしない。完全フラットなスタンスで、周囲の人々に接する。そのため、心に屈託を持つ者たちは彼女のイノセントな有り様に癒されると共に、自分を見つめ直す切っ掛けをも得ることになる。しかし、そんなちひろ自身も幼少時から家族との関係性を築くことが出来ず、彼女なりの孤独を抱えて生きている。

 ハッキリ言ってしまえば、このヒロインの造型は絵空事だ。風俗業にいた者がカタギの仕事に就く場合、自身の前職をカミングアウトすることはまず無い。通常のメンタリティがあれば、自らの“黒歴史”は隠すものだ。ちひろは無垢なようでいて、野垂れ死んだホームレスのおっさんを勝手に“埋葬”するという荒技を平気で披露する(これは刑事案件だろう)。風俗ショップの面接にスーツ姿で現れ、しかも靴は泥だらけだったのは、その前に“ひと仕事”済ませてきたのではないかという疑念さえ生じる。

 現実にちひろみたいな者と接すれば、癒やされるどころか混乱してしまうこと必至だ。だが、今泉力哉の演出はこの浮世離れしたヒロインを上手く実体化させている。それは、周囲の者たちの悩み自体をちひろの存在感により緩和できるレベルの内容に設定しているからだ。また、そのあたりをワザとらしく見せないのも今泉監督の語り口の上手さによる(リアリズムで押し切ろうとすると失敗するだろう)。

 主役の有村架純はノンシャランな妙演で、かなり際どいことをやっても下品に見えないどころか透明感さえ漂ってくる。こういうキャラクターをやらせれば、この年代の女優ではピカイチだと思う。豊嶋花に若葉竜也、佐久間由衣、長澤樹、市川実和子、根岸季衣、平田満、リリー・フランキー、風吹ジュンなど他の多彩な面子にもドラマの空気感を乱さないだけの抑制の利いたパフォーマンスをさせている。“くるり”の岸田繁による音楽と、岩永洋のカメラがとらえたロケ地の静岡県焼津市の風情も的確だ。
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