コーチkazuの「夢が実現!」 http://www.katch.ne.jp/~k-kami/

コーチ日本1のkazuさんが満を持してブログに登場!教育コーチを日本に広めた第一人者として、東奔西走しています。

ポジティブ・シャワーを浴びよう

2012-06-06 06:25:06 | Weblog
以前、講演会でこんな質問がありました。
「(ブラス発想で前向きに生きるというような〉話を聞いて
2~3日は、なんとか、プラス思考になれるのですが、
1週間もすれば、もとの消極的な自分にもどってしまっている。
効果を持続させるにはどうしたらいいか」
という質問です。

それに対して、こうお答えしました。
「数回、話を聞いただけでは、自分のものにはならないですよ。
1年ぐらいかけて、ブラス思考関連の本を集中的に読んだり、
講演テープを毎日聴いたりして、
いつも全身に『前向きな言葉のシャワー』を浴びていたら、
いかがでしょう」

そのシャワーを浴びる期間は
個人差はあると思いますが、
半年もすれば、
ハートにしみ込み、
1年もすれば腹の底に落ちて
ポジティブ・シンキング(肯定的な考え方)が
すっかり身についていることでしょう。

3年もやれば、
「随分と楽天家ね。あなたみたいに脳天気に生きてみたい」
なんて言われるようになっています。

その後の楽しい人生に比べたら、
1年くらい、
ポジティブ・シャワーを浴びることに
費やしても決してムダではないと思います。

これは、
つらい修行というよりも、
むしろ楽しいレッスンです。

日常の暮らしの中でできることですから、
ぜひお勧めします。

人生は80パーセントできればいい

2012-06-06 06:24:33 | Weblog
皆さんは理想を何パーセントに設定しますか?

子どものころに考えていた人生が
理想的な人生だとすると、
これまでの自分の人生は
その理想が現在何パーセントくらい実現されているでしょうか。

おそらく、10パーセント以下ではないでしょうか。

それは当然なことで、
子どものころには人生の理想とはなにかが理解できていなかったのです。
現実的な夢、
サッカー選手になるとか、
飛行機のパイロットになるとか、
保母さんになるとか、
学校の先生になるといった
職業選択の夢であれば、実現している人もたくさんいるでしよう。

ただし、
その職業で満足が得られているかどうかということは
別の問題になります。

そのギャップが理想と実際との違いといえます。

一方で、
実現がむずかしい夢、
たとえば政治家になるとか、
ノーベル賞を取るとか、
オリンピックで金メダルを取るといった夢は、
まだ実現への途上かもしれませんし、
引き続き理想の実現に向けて努力できるでしょう。

もっとむずかしいのは、
幸福な家庭を持つ、
という理想です。

人によって幸福の尺度が違うことはもちろん、
それがずっと維持できるかどうかという問題もあります。

不幸は突然訪れるものです。

事故や大震災がいつ起こるかは、
人間にはコントロールできないことです。

そう考えると、
たとえ、理想の仕事に就いたとしても、
そこで100パーセントの満足が得られるとは限らず、
今、幸福だとしても
それがずっと続くわけではないのですから、
「100パーセントを求める」ということに
無理があるように思えます。

私は、
人生は通常は60パーセント
80パーセントもうまくいけば
それが理想ではないかと考えています。

ですから、
人に何かを期待するときにも80パーセントで上々とします。

こういうと、
理想を低くするのか、と感じるかもしれませんが、
80パーセントというのも十分に高い数字です。

たとえば、超一流の野球選手でも
3割しかヒットを打ちません。
イチローのような天才打者でも、
4割が限界です。

そう考えると、
ずいぶんとラクに生きられます。

都合のいい人生観で生きる

2012-06-06 06:23:42 | Weblog
「人生は、自分が思ったとおり、決めたとおりになる」というのが、
この世の黄金律(ゴールデン・ルール)です。

例えば
「辛い思いをして一生懸命働かないと、
お金は手に入らない」と思っている人は、
実際に辛いつらい思いをしながら
必死に働いてお金を手にしていきます。

一方、
「大好きなことをしていると、お金は自然と入ってくる」
と心底思っている人は、
本当に好きなことをしながら、
お金を手に入れていきます。

世の中、
なんだか不公平なように見えますが、
「その人が思ったとおりの人生が展開される」のですから、
これほど公平なしくみはないのです。

世の中という「外の世界」を見て、
特定の人生観をもつようになったと人は
通常思うものですが、
実際は逆で、
「自分がすでにもっている人生観が、
外の世界に反映されて現実をつくっていく」のです。

どんな人生観をもつかは、
その人の自由に任されています。
制限はありません。

「実際にそのとおりになってもいい」と
思える人生観に変えていきましょう。

「楽あれば、さらに楽もあり」
「二兎を追う者は、三兎をも得る」
「虎穴に入らなくても、虎児は得られる」
「一寸先は光だ」
「チャンスの女神は前髪も後ろ髪もあるから、いつでもつかめる」
「清く豊かに美しく」・・・

こんな考え方も
楽しいですね。

したいことがなくても焦らない

2012-06-06 06:22:11 | Weblog
「何か始めたいのだけど、何をしたらいいかわからない」
という人が結構おられるようですが、
何かをやろうとするとき「言い訳」や「大義名分」が必要でしょうか?

ただ「好きだから、やる」でいいんじゃないですか?

もう少し踏み込んで言えば、
別に何もしなくても、
生きているだけでもいいのです。

存在しているだけで、
だれしも人の役に立っていると思うのです。

「本当に悟った人は、特にしたいことがなくなる」という話を聞きました。

今、これといったことをしていない人、
特に何かをしたいと思わない人は
「私は悟っているのだ」と自信を持って生きていきましょう。

ところで、悟った人って、どんな人だと思いますか?

ちょっと想像してみてください。

私は「この人は悟りの境地」なんて思う人は
いつも暇そうにしています。

ぼーっとして座ってお茶を呑んだり、
自動車も安全運転でゆっくり走り、
池の鯉にエサをやったりしていて
考え事をしている光景が目に浮びます。

がむしゃらに何かに打ち込むってことば、
まずないでしょうかね。

悟った人は
「何かをしてもいいし、しなくてもいい」というスタンスでいますから、
「何が何でも、これをしたい」という欲はないようです。

「何もしなくてもいい」と肺に落ちたとき
人は最も活動的になるかもしれません。

疲れないことをする

2012-06-06 06:21:17 | Weblog
子どもは疲れを知らない。
それは、したいことしかしないから。

それに対して
大人は、疲れる。
しなければならないことばかりやっているから。

「疲れ」といのは、
「無理してますよ。方向がちょっと違ってますよ」というサインです。

好きなことなら、
何時間携わっても疲れません。

疲れを感じるどころか、
逆にエネルギーが充てんされて、
ますます元気になってきます。

疲れやストレスを感じたとき、
大半の人は「それをどうやって解消するか」という手段のほう
に発想がいくと思います。

これも一時しのぎとしては確かに有効でしょう。
けれど、根本的な解決にはなっていないですね。

子どものころを思い出して、
「何時間やっても疲れないつて、どういうものなのだろうか?」
と意識を向けてみてください。

私たちは、
ストレスや疲れを解消するために生まれてきたのではないのですから。

疲れも覚えず、
長い時間楽しめるのは
「しなくてもいいこと」をしているときです。

「しなければならない」と思っていることを
やっているときって、喜びは感じられないですね。

買わなくてもいいものを
買いにいくときは「ショッピング」といい、ワクワクします。

しかし、
無くては生活できない必需品を買いにいくときは
「買い出し」といい、気分はのってこないですね。

疲れないためには、
「何をするか」というよりも、
いかにそのことが「しなくてもいい」と
感じられるかどうかにかかっているのです。

ミスをして伸びる人、ダメになる人

2012-06-06 06:20:25 | Weblog

人間は必ずミスをしてしまいます。

ミスをするから
人間なのだと言ってもいいかもしれません。

けれども、
同じようなミスを何度も繰り返すことば、
信頼を損ねてしまいます。

同じミスはなぜ起こるのでしょうか?

ミスといっても、
本人の心掛けに問題がある場合は、
ミスというより努力が足りない場合が多いでしょう。

たとえば、
何度注意しても、
時間に遅れるというクセがある人は、
朝、起きられないとか、
時間の読みが甘いとか、
時間を守ろうという努力が足りない、
という問題点があるでしょう。

これは、なにしろ緊張感がないからだということもできます。
そういう人でも、一生を左右する試験の日には、
きっとしっかり時間を守るでしょう。
もっと、緊張感をもてるわけです。

次に、
本人の能力に問題がある場合が考えられます。

たとえば、
何度やらせても書類の計算を誤るという人がいます。
人それぞれ向き不向きというものがありますから、
どうしても数字の扱いが不得意な人はいるものです。
こういう場合は、
確かめ算の使い方から教え直さねばならないかもしれません。

最近感じるのが、
子どもの成長に合わせられずに失敗する人だそうです。
保護者の感じている変化が読めないとか、
今何を大切にしなければいけないのかが見通せないということから
失敗が生じます。

これも本人の能力に関わってきますが、
状況に合わせられるような情報が得られるように、
職場全体でバックアップしなければならないでしょう。

サポートしても対応できないようであれば、
何か工夫が必要です。

いずれにしても、
自分でミスを総括して、
三度、四度と繰り返さないように努力するという姿勢が
見られるかどうかが次の問題です。

ミスをするたびに力をつけていく人と、
そのたびに落ち込んでいく人との違いは、
ミスの原因と解決策を総合的に把握できるかどうか
というところにかかっています。

ミスなど豪快にぶつかって乗り越えて行くくらいでないと、
仕事を引っ張っていけないということもできるでしょう。

最後に結果を出せばミスなど帳消しになるのです。