2013年開催 第34回アメリカズカップ議定書を解読する (連載・第2回)

2010年10月07日 | 風の旅人日乗
第34回アメリカズカップ議定書の基本理念(その2)

発表された第34回アメリカズカップの議定書の中で、アメリカスカップ関係者やファンの間で恐らく最も注目を集めたことは、次回のアメリカズカップに採用されることになった艇種が、全長72フィートのウイングセール付きのカタマランだということだろう。


[The 34th America's Cup]

特に、次回カップに挑戦を目論んでいるチームにとっては、次回のマッチで採用される艇がモノハルかマルチハルかによって、艇の研究・開発やセーリング・トレーニングのプログラムの最初のアプローチがまったく異なってくるからだ。もちろん、チームに雇い入れるデザイナーやビルダー、セーラーの選択にも、大きく影響する。


第34回アメリカズカップで採用されることになった、AC72(2011年のシーズンは、ふた回り小さいAC45でレースを行なう)というクラスの詳細については、項を改めて詳しく説明することにする。


[the 34th America's Cup]

第34回アメリカズカップで採用される艇が明らかにされたことのほかに、今回の議定書で注目されるのは、レースを運営するのが、挑戦者サイドからはもちろん、防衛者サイドからも完全に独立した組織であるアメリカズカップ・レース・マネージメント(ACRM)になるということ。
そして、2011年から本戦までのあいだ毎年開催されるアメリカズカップワールドシリーズという、これまでのアメリカズカップでは見られなかったまったく新しいレースフォーマットの、2点だろう。
(最終的な挑戦者決定戦と防衛者決定戦のレースフォーマットについては、後日発表されるという。)

これまでのアメリカズカップの歴史の中で「必須条件」だとも考えられてきたモノハル艇に惜別してマルチハルを採用するという思い切った決定に加えて、上記2つが、第34回アメリカズカップ議定書の、これまでの、160年近い歴史を持つアメリカズカップで防衛者たちが作ってきた議定書と一線を画し、未来のアメリカズカップの方向性を模索した結果の、「理念」のようなものを表わしていると思う。

第33回アメリカズカップで、防衛者だったスイスのアリンギが、レースのジュリーを自分たちで任命しただけでなく、レース運営自体をも自チームに有利なようにコントロールしようとしたことは、よく知られた事実だ。
2010年2月14日のバレンシアでの第33回アメリカズカップ第2レースでのこと。

長い風待ちの後にやっと安定してきた弱い風の中、レースディレクターのハロルド・ベネットがスタートの準備を始めるべくレース運営チームに指示を与え始めたところ、その運営チームに配されていたアリンギのメンバーが、自チーム艇不利のコンディションを嫌って巧妙なサボタージュをし、レース実施の阻止を図った。
その、防衛者サイドの卑怯な振る舞いを何とかいなし、辛くも制限時間内にレースを始めることができたベネットだったが、その事実を国際セーリング連盟に報告した。

そのアリンギの振る舞いは、スポーツマンシップにもとる行為として疑わしい案件として、今も国際セーリング連盟預かりになったままでいる。
1983年にアメリカズカップがオーストラリアに奪われるまでのニューポートでも、防衛者側の特権を振りかざしたレース運営やルール解釈がなされたこともあったらしい。



アメリカズカップが未来に向けて、広く一般のスポーツファンに受け入れられる、よりメジャーなスポーツとして発展していくために、このように不公平な、悪しき慣習のようなしきたりが存在することは望ましくない、というのが、かねてからラッセル・クーツが公けにしてきた見解だったから、独立したレース運営組織であるACRMを編成するという、今回の議定書の内容そのものは、いわば想定内のことではあった。

しかし、今回の議定書では、ACRMという、防衛者からも挑戦者からも独立した組織に与えられている権限が、レースを運営することだけにとどまらない、ということが明らかになった。(つづく)