朝6時に市内のホテルを出て、日本に帰る友人を送ってオークランド空港まで行った後、空港のマックでコーヒーを買って、空港近くの丘に登る。
その丘の頂上からはオークランド市が一望でき、かつては頂上に大きな松の木が一本立っていて、それで「ワン・トゥリー・ヒル」という名前が付けられた。
数年前にその松の大木が枯れたため切り倒されてしまい、今は実際はノー・トゥリー・ヒルになっている。
遠い昔、セールデザインの勉強をするためにこの国に来た日、空港まで迎えに来てくれた先生のトム・シュネッケンバーグが、この丘に車で登ってくれてオークランドの風景を見せてくれた。
当時すでにセールのデザインと分析にコンピュータを本格導入し、アメリカズカップで最先端のラジアルカットのセールを開発してその道では非常な有名人だったトムの車のドアのウインドウが壊れて動かなかったことと、シープ(羊)という英語には複数形がなく、メニー・シープスとは言わないんだよと教わったことを、この丘に来るたびに思い出す。
そのトムは、第33回アメリカスカップで在籍していたアリンギから離れ、次回2013年の第34回アメリカズカップに挑戦するスウェーデンのアルテミス・レーシングに、数週間前に移籍したばかりだ。
その丘で時間調整をした後、オークランド市内を抜けて北上し、ワークワースという町に向かう。
約束の時間よりも早く着いたので、しばらく川沿いの公園を散策する。
何年も前から、この町のこの公園は、ボクのお気に入り。
時間を見計らって、目的地のある通りの、目的地の住所へ。
ここで、第34回アメリカスカップの、2011年の予選シリーズと、2012年からのユース・アメリカスカップに使われるAC45クラスという、ウイングセール付きのカタマランが制作されている。
入り口のドアを開け、名刺を出す準備をしながら、少々緊張して受付のブースに接近する。
そのブースに座っている女性がボクの顔を見て目を見開いている。
あれ? なんか見覚えのある顔だぞ。
その受付にいたのは、遠い昔、トム・シュネッケンバーグにワン・トゥリー・ヒルに連れて行ってもらった後、ホームステイ先としてボクをオークランド市内の自宅の前で待っていてくれたノーリーンだった。
なんという偶然なのだろう。
ノーリーンは当時ノースセール・ニュージーランドの経理担当として勤めていた。
ノーリーンの旦那は、ニュージーランドでの生活に溶け込もうとしているボクをいつもパブやラグビー観戦に誘ってくれて、仲間内でパブで飲むときのしきたりとか、ラグビーのプレーの見所とか、ニュージーランドで生活するうえでためになる、いろんなことを教えてくれた。
懐かしいなあ。
しばらく彼女との昔話を楽しんでから、ここコアビルダーズの責任者のティム・スマイスと相棒のマーク・ターナーと、1時間強、真面目な話をした。
日本からのアメリカスカップ挑戦は、防衛者から強く望まれている。
このことを、日本のリーダー候補者たちに伝えるために、ボクはここまで来て、彼らの言葉を証拠として聞き出したかったのだった。