北海道新聞

2011年07月12日 | 風の旅人日乗
北海道新聞 卓上四季 より転載

『遺書』



百年になんなんとする齢(よわい)を生き抜くことは、
人間にとって「偉業」のひとつだろう。
それが、こんなかたちで終わってしまっていいはずがない

▼家族に宛てた遺書に
「私はお墓にひなんします ごめんなさい」(原文)
と記していたそうだ。
福島第1原発事故による緊急時避難準備区域に住む女性が
6月下旬、自ら命を絶った。93歳だったという。
9日の毎日新聞が報じた

▼記事によると、
女性は福島県南相馬市の水田地帯で代々続く田畑を守りながら、
70歳を超える長男夫妻と孫2人の5人で暮らしていた。
足は弱り手押し車を押していたが、家事は何でもこなし、
日記もつけていた

▼老いゆえのつらさや苦労はあったろう。
だが、日々の出来事を日記にしたため、長寿をたたえられながら、
穏やかに残された時を過ごせていたはずだ。
原発事故さえなければ

▼水素爆発後に一時は家族と離れ、親戚宅に身を寄せた。
体調を崩し、入院もした。
遺書には
「またひなんするようになったら老人はあしでまといになる
(中略)毎日原発のことばかりでいきたここちしません」
ともあったという

▼目に見えない放射能の危険と恐怖は、
幼い命や年輪を重ねた命にひときわ重くのしかかる。
「お墓にひなんします」とはなんと痛ましい言葉だろう。
原発に依存してきた私たちの選択が、
まさに1世紀を生きようとしていた人に、
最期にそう言わしめた。