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Dr.K の日記

日々の出来事を中心に、時々、好きな古伊万里について語ります。

伊万里 色絵網目宝尽文変形小皿

2020年05月24日 16時05分37秒 | 古伊万里

 今回は、「伊万里 色絵網目宝尽文変形小皿」の紹介です。

 

表面

 

 

裏面

 

 

斜め上から見た裏面

 

 

<製作年代>

 江戸時代前期

<サイズ>

 長径:14.4cm    短径:11.6cm

 高台長径:7.9cm 高台短径:5.7cm

 高さ:3.0cm

 

 

 ただ、今回の「伊万里 色絵網目宝尽文変形小皿」につきましては、前回の「伊万里 色絵梅鶯文扇形変形小皿」とは違って、少々説明が必要なようです。

 と言いますのは、前回の「伊万里 色絵梅鶯文扇形変形小皿」の場合は、ただ素直に見ていただくだけで理解していただけたと思うんですが、今回の「伊万里 色絵網目宝尽文変形小皿」の場合は、これを見た瞬間、「何これ? 寝ぼけた色合いだこと!」「ブツブツした柚子肌だし、、、。何処の焼き物?」と思われる方が多いと思われるからです(-_-;)

 でも、これも、一応、「伊万里焼」なんです(汗)。

 確かに、私が古伊万里のコレクションを始めた頃は、やはり、この小皿を見たなら、皆さんも、「何これ? 寝ぼけた色合いだこと!」「ブツブツした柚子肌だし、、、。何処の焼き物?」と思ったことと思うんです。

 当時(約半世紀前)、この「伊万里 色絵網目宝尽文変形小皿」が何処の焼き物かと考えた場合、一番近いのは「古九谷」でした。

 しかしね~、当時(約半世紀前)は、「古九谷」は、文字通り「九谷焼」の古いもので、九谷で焼かれたもので、非常に珍しいものとされ、高価でもあり、その辺にはまず存在しないものとされていました。

 ですから、このような物が市場に登場してきても、「古九谷のわけがない」「何処の焼き物か分からない」ということで、国籍不明なものとして相手にされなかったんです。

 ところが、そのうち、古伊万里研究家、東京国立博物館の学芸員などから、「どうも、『古九谷』というものは、九谷で焼かれたものじゃないんではないか? 本当は有田で焼かれた伊万里焼なのではないか!」という声が大きくなってきました。

 一方、有田では、考古学の発掘手法を用いた窯跡の発掘調査が進み、これまで古九谷と言われてきた「古九谷」の陶片が出土するようになってきて、その声はますます大きくなってきたところです。

 そうした中、1991年(平成3)10月、第19回東洋陶磁学界が開かれ、その中で、「古九谷」は伊万里焼の一様式に過ぎないということが大々的に取り上げられます。

 それ以後、「古九谷」は伊万里焼の一様式に過ぎないということが、だんだんと骨董界にも定着してきます。今では、テレビ報道などでも、「古九谷」は伊万里焼の一様式に過ぎないことを前提にして放映されていますから、骨董界のみならず、社会一般にも、「古九谷」は伊万里焼の一様式に過ぎないということは浸透しているのではないかと思います。

 しかし、そうは言っても、頭では理解しても、なかなか昔の考え方に囚われ、簡単には昔の呼称などを捨てられないのが人情というものです。ましてや、「古九谷」は「古伊万里」とは比較にならないほど高価でしたので、特に骨董好きにとっては、いまだに、「古九谷」の名称を捨てきれず、「古九谷」の名称には固執するんです。

 この小皿の前の持ち主もそうでした。今なら、「伊万里  古九谷様式色絵網目宝尽文変形小皿」と表示すべきところを、下の写真にありますように、「古九谷」の名称を捨てきれずに、「古九谷 網目宝尽文皿」と、「古九谷」のブランド名を使用しています。

 

前の持ち主が設えたと思われる箱。比較的に新しい

 

 

箱のシール部分の拡大写真

 

 

 この箱もシールも、「古九谷」が伊万里焼の一様式に過ぎないということが定着した後に作られ、貼られたものと思われますが、「古九谷」というブランド名を捨てきれず、いまだに「古九谷」の名称を使っていることがわかりますよね。

 

 ところで、今回も、箱を登場させてしまいました(-_-;)

 茶道具ならともかく、鑑賞陶磁器の場合、普通、箱と中身との結びつきは弱いですから、箱の有無が中身の価値を左右するわけではありませんので、箱にはそれほどの意味がないわけです。

 でも、今回のように、箱に貼られたシールに「古九谷」と書かれていたことには若干の意味を見出すことが出来ます。

 この「古九谷」というシールが貼られていたということは、この箱が、「古九谷」が伊万里焼の一様式に過ぎないということが定着した後に貼られたものであり、かつ、まだ「古九谷」のブランド名を捨てきれない頃に作られたということを証明するからです。そのような意味で、この箱を登場させました。

 なお、以上の文章を読むと、それなら、この「伊万里 色絵網目宝尽文変形小皿」という表示も、ちょっとおかしいんじゃないの。本来なら「伊万里 古九谷様式色絵網目宝尽文変形小皿」と「古九谷様式」という文字を入れて表示すべきではないのというご指摘をうけそうですね(-_-;)

 ご指摘はもっともなんですが、今や、「古九谷」が伊万里焼の一様式に過ぎないということは社会一般にも定着したところです。そして、今では、わざわざ、いちいち「古九谷様式」と断らなくとも、その頃のものは、皆「伊万里」なんですよね。

 今や、「古伊万里」は、骨董の世界にだけ留まってはいないんです。「古伊万里」の世界は、「古伊万里学」という学問の世界にまで進展してきました。

 それで、今や、最新の、「古伊万里学」からみた表示としては、「伊万里 色絵網目宝尽文変形小皿」となるんです。「伊万里 色絵網目宝尽文変形小皿」という表示は、最新の表示なんです(^-^;