ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

ユダヤ人の私

2021-11-21 18:12:54 | や行

「ゲッベルスと私」監督チームによるドキュメンタリー。

 

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「ユダヤ人の私」74点★★★★

 

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2018年に公開されヒットした

「ゲッベルスと私」(2016年)の監督チームによる

ホロコースト証言シリーズ第二弾。

 

ユダヤ人として4つの収容所を生き延びた

マルコ・ファインゴルト氏(撮影時105歳!)の語りと

アーカイブ映像で綴られています。

 

ナチスやホロコースト、と聞くと

「凄惨で過酷な体験談」を思い浮かべると思いますが

しかし

マルコ氏が話したいのは決して

被害者である自分の「可哀想な話」じゃない。

彼が伝えたいのは

あのとき、その場にいた人にしかわからない

「時代の空気」なんです。

そこがこの映画の重要なポイントで

いまを生きる我々に、めちゃくちゃガツン!とくる。

 

 

まずは自身の少年時代を語るマルコ氏。

意外と抜け目ない少年で

若くして商売に長け、イタリアで成功していたことなどが語られる。

自分に都合の良い話ばかりではないところが、誠実だなあと感じる。

 

そして1938年。

ウィーンに戻っていた彼は

オーストリアとナチスドイツ併合の瞬間に居合わせた。

 

そこでマルコ氏が見たのは

ウィーンの人々がドイツ兵を「よく来てくれた!!」

熱狂的に歓迎する姿だったんです。

当時のアーカイブ映像も、その証言を裏付けている。

 

人々の心がなぜあんなヤツに動いたのか――?

 

当時、ウィーンの人々は

内戦や政情不安で疲弊し、困窮していた。

そんななか、彼らは「私たちがなんとかする!見捨てない!」という

ヒトラーのメッセージを鵜呑みにし

そして、ユダヤ人をヘイトし、ホロコーストに加担していくんです。

 

 

マルコ氏の体験と証言は

社会の「空気」が、「なんで?」という方向に動く様を

実に鮮明に伝えてくれる。

しかもそれは、いまの日本の社会や政治における

「なんで、こんなことがOKなの?」「なんで、こんなことに?」という状況に

あまりにも似ていて

――ゾッとします。

 

さらに恐ろしいのは、映画中で紹介される

マルコ氏に届く、ヘイトの手紙の数々。

「殺してやる」「強制収容所もホロコーストもウソだ」いった手紙に

ヘドが出ますが

監督によると、こうした手紙は2019年に彼が106歳で亡くなるまで

届き続けたそうなんです。

 

つまり、マルコ氏の

「オーストリアは侵略されたのではない。人々がヒトラーを受け入れた」という証言は

戦後ずっと「我々もナチスの被害者だった」という姿勢を貫いていた

オーストリアにとって

「不都合な真実」でもあったわけで。

 

しかしマルコ氏は、こうした攻撃にさらされながら

生涯にわたって、自身の体験を語り続けた。

 

辛い過去を話し続ける痛みはいかばかりか。

その原動力となったものは何か。

 

映画で、マルコ氏と対峙しながら

じっくり考えたいと思うのです。

 

発売中の「週刊朝日」で

共同監督のクリスティアン・クレーネス監督にインタビューをさせていただきました。

AERA.dotでも読めますので

ぜひ、映画と併せてご一読くださいませ!

 

★11/20(土)から岩波ホールほか全国順次公開。

「ユダヤ人の私」公式サイト

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やすらぎの森

2021-05-23 01:00:51 | や行

決して「ほっこり話」ではなく

渋く苦いところが、ミソです。

 

「やすらぎの森」73点★★★★

 

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カナダ・ケベック州に広がる

広大な森林地帯。

 

人里離れた湖のほとりで

3人の年老いた男たちが、それぞれ小さな小屋で

気ままに暮らしてる。

 

チャーリー(ジルベール・スィコット)、

元さすらいミュージシャンのトム(レミー・ジラール)

そして

画家のテッド(ケネス・ウェルシュ)。

 

が、ある朝、チャーリーは

テッドが小屋で静かに息を引き取っているのを見つける。

 

そんなとき、彼らの前に

若い女性写真家(エヴ・ランドリー)が現れる。

彼女は、かつてこの土地に大きな被害をもたらした

大火事の生存者を取材していた。

テッドはその生存者だったのだ。

 

さらに、彼らの前にもう一人の女性が現れる。

それは80歳のジェルトルード(アンドレ・ラシャペル)。

彼女はある事情で長年、精神科の療養施設に閉じ込められてきた。

 

森のなかで大きく深呼吸をする彼女を

チャーリーは

ここに住まわせてやろうとするが――?!

 

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カナダの森で隠遁生活を送るおやじたち。

そこに過去を背負ったある女性がやってきて――というお話。

 

まず

こんな時代に、まさに理想のような

人里離れた森と湖の土地で暮らすおやじたちが映り

うわあ、マジ、理想!と思った。

 

大好きな画集

吉田誠治氏の『ものがたりの家』のなかで

ワシの一番理想だった湖畔のボートハウスに犬と暮らす男性、

そのまんまな暮らしなんだもん!

 

実際、カナダの森と湖の風景は美しく、

作品のタッチは穏やか。

そのなかで、人生の最終章へと向かう人々の

人生への向き合いかたが映るのですが

 

これが

決して「ほっこり話」ではないところがミソなんですねえ。

 

映る景色は、美しいけれど

快晴の青ではなく、どこまでも霞んだブルーで

 

そこに小屋を建て、暮らす老人たちは

気ままで自由だけれど

その内面はなめし革のようにさまざまを刻んで、苦く、渋い。

 

次第に明らかになる彼らの人生から

その過去が、苦悩がジワジワと染み出てくる。

ドリーミーでファンタジーな老後、でない苦みが、

余計に、自分の「これから」を考えさせるのです。

 

独り居は、決して甘くない。

それでもやっぱり、こんな場所で

きままに、最愛の相棒や友と暮らし

(ただし道連れにするのは、自分にはやっぱりできないけど!

できればこんな最期を迎えたい――と思ってしまうのは、

「自己チュー思考」の極みなのかしらん。

いや、でも、やっぱり・・・とか、考えてしまう。

 

いっぽうで

80歳のヒロイン、ジェルトルードを演じる

アンドレ・ラシャペルは

1931年生まれ。

「ケベックのカトリーヌ・ドヌーヴ」ともいわれた方で

本作を引退作として、70年の女優キャリアに終止符を打ったそう。

「素晴らしい職業に就き、素晴らしい幕引き」と

プレス資料のインタビューでも語っている彼女は

本作出演後、2019年に88歳で亡くなられたそうです。

最後まで、やりきる。

それもまた、憧れるんだよなあ――

 

どうしたいのか、ワシは(失笑)

 

★5/21(金)からシネスイッチ銀座ほか全国順次公開。

「やすらぎの森」公式サイト

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約束の宇宙(そら)

2021-04-15 23:58:34 | や行

ワーママの想いはいずこも同じ・・・・・・かな。

 

「約束の宇宙(そら)」73点★★★★

 

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宇宙飛行士予備軍である

フランス人のサラ(エヴァ・グリーン)は

長年の夢だった宇宙行きを目指すシングルマザー。

 

物理学者の夫(ラース・アイディンガー)と別れたあと

7歳の娘ステラ(ゼリー・ブーラン・レメル)を育てながら

娘と二人三脚で、人生を歩んできた。

 

そんななか、サラはついに

宇宙行きのミッションのクルーに選ばれる。

 

喜ぶサラだが、宇宙に行けば

1年間は、娘と離れ離れになってしまう。

 

過酷な訓練に耐えながらも

サラの心には葛藤が生まれていく。

「仕事をとるか、家族をとるか。自分の夢を追うか、娘との暮らしを選ぶか」

――どんな母の心にもあるであろう葛藤がサラを引き裂く。

 

そして、サラの決意は――?

母娘の行く末は果たして――?!

 

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トルコの少女たちの現実を描いた

秀作「裸足の季節」(16年)の脚本家である

アリス・ウィンクールが監督した作品です。

 

娘を育てながら宇宙を目指す

ママ宇宙飛行士を描いていて、

何も知らずとも「リアルに基づいているのだろうな」との感ありあり。

 

で、実際、エンドロールを見ながら

「こんなにママ飛行士って多いんだ!」と知って驚きました。

あの山崎直子さんも母親だったんだ!と。

 

 

これまでも

宇宙空間で起こるスリルだけでなく

そこへ行くまでのドキドキやハラハラを描いた映画を

多く観てきたけれど

女性宇宙飛行士をこういう視点で描いた映画はなかったのでは?と思う。

 

描かれているのは、つまり

女性が、母親が仕事をするということは?――なんですよね。

その仕事が宇宙飛行士だった、というだけ。

 

たしかに特殊な職業ではあるけれど

男社会のなかでがんばる女性や

子への罪悪感や不安を背負いながら働く母親たちの想いは

どこでも一緒なのだ――と感じとりました。

 

 

ヒロインである優秀な宇宙飛行士を

しなやかな身体で、跳躍感たっぷりに演じる

エヴァ・グリーンがとてもよいのですが

 

宇宙行きのクルーに選ばれた彼女に対し

暗に威圧的な「男っぷり」を示して

じわじわとマウンティングしてくる

同僚役のマット・ディロンが失笑するほどリアルで(苦笑)

めちゃくちゃ印象に残る。

 

そのマチズモゆえに後半の展開が際立つんです。

いいとこ持ってくなあ、マット・ディロン!(笑)

 

そのほか、訓練施設でも

彼女ではなく、補欠の自国ロシア飛行士を行かせたいのであろう

訓練教官の陰なるプレッシャーの描写や

 

毎日15キロのランニング、

テレビを逆さに見る訓練など

厳しいトレーニングの様子も興味深かった。

 

すごくよい映画であることはたしかで

映画の意図も意味も、よくよく理解できて

満足!ではあるのですが

 

ただね

エンドロールでは“ママ”括りでなく

あらゆる壁を少しずつ削り、砕いてきた

女性宇宙飛行士全員を紹介してほしかったな――とも

ちょっと思いました。

 

★4/16(金)からTOHOシネマズシャンテほか全国で公開。

「約束の宇宙(そら)」公式サイト

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43年後のアイ・ラヴ・ユー

2021-01-16 23:48:20 | や行

「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」(13年)

ブルース・ダーンがお茶目!(笑)

 

「43年後のアイ・ラヴ・ユー」69点★★★☆

 

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御年70歳のクロード(ブルース・ダーン)は

LA郊外に一人で住む元演劇評論家。

 

妻に先立たれ、最近は記事にもそうお呼びはかからず

近所に住む親友(ブライアン・コックス)と

飲んでる薬や病歴自慢で盛り上がるような

のんびりとした老後を過ごしている。

 

そんなある日、クロードは
昔の恋人で女優のリリィ(カロリーヌ・シロル)が

アルツハイマーを患い、施設に入った事を知る。

 

もう一度リリィに会いたいと願ったクロードは、

なんと自分もアルツハイマーのふりをして

リリィと同じ施設に入居する「芝居」を思いつくが――?!

 

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なんだか今年は年末年始からずっと

アラ70、いやアラ80が主人公の

”うまみな映画”を観ている気がするんですが(笑)

 

こちらは

「ネブラスカ~」で77歳にして、カンヌ主演男優賞を受賞、

アカデミー賞主演男優賞にもノミニーされた

御年84歳、ブルース・ダーンが主演。

 

――魅せてくれます(笑)。

 

 

施設に入ったかつての恋人のため

アルツハイマーのふりをして

自分も施設に潜り込む主人公。

 

いろいろ考えると「え⁈」なところは

あるにはあり

 

そこまで「深い」わけじゃないんですが

このライトな味わいこそが、この映画に

ジャストなのかもかもしれない。

 

それに

ブルース・ダーンのいたずらっぽいニヤッ顔がチャーミングで、

なんか、許してしまうんだよなあ(笑)。

 

悪友役、ブライアン・コックスの存在もよく、

さらに“元女優”という設定のヒロイン演じる71歳、

カロリーヌ・シロルの美しさは

「うわー、キレイな人!」と

誰もに思わせると思う。

 

そのオーラを

パッと画面に花が咲くかのように表現した

監督、素晴らしいです。

 

そしてなにより

上映時間89分、というところが

シニア観客をよくわかっていらっしゃる!(笑)

 

★1/15(金)から新宿ピカデリー、角川シネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開。

「43年後のアイ・ラヴ・ユー」公式サイト

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ようこそ映画音響の世界へ

2020-08-30 01:37:44 | や行

 

みんなが知ってるあの映画のあの音が、コレだった?!って

ごっつおもしろい!

 

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「ようこそ映画音響の世界へ」74点★★★★

 

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映画に不可欠な効果音や、映画を盛り上げる音楽など

映画の「音」にスポットを当てたドキュメンタリー。

 

音響の職人を始め、

「音で物語を助けてくれる」と話すジョージ・ルーカスをはじめ

スピルバーグ、デヴィッド・リンチ、ジョン・ラセター――などなど凄い監督メンツが出演し

「よくぞそこに、注目してくださった!」とばかりに

音響製作者たちへの感謝とリスペクトを語りまくるという

すごーくおもしろい映画です。

 

クリストファー・ノーラン×ハンス・ジマーなんて

けっこう垂涎(笑)

 

メンツがすごいので

登場する映画が、誰もが知ってる大作だというのもポイントで

「スター・ウォーズ」に「地獄の黙字録」

「マトリックス」に「ROMA/ローマ」――

え?! あのシーンのこの音って、こうやって作られていたのか!

わかりやすいのがいいんです。

「スター・ウォーズ」のライフセーバーの音は、あれから作られていたのか!って

びっくりしたりね。

 

映画音響のエポックって、意外と最近で

1970年代にやっとモノラルからステレオになったとか

1960年ごろまでは

観衆の声とか、馬のひずめの音とかを

スタジオが持っていた「効果音」のストックを使い回していた――なんて裏話もあって

へえええ!

 

と、映画好きにはたまらない内容なのですが

そんな「へえ!」だけにあらず

 

今回、クローズアップされた音響製作者たちが

だいたい1950年ごろに生まれ、少年時代に「録音」という新しい技術に夢中になり

好きを極めた結果、

70年代に新鋭監督(ルーカスやコッポラ)たちと組んで、

音のスペシャリストになっていった――という過程も

すごく興味深かった。

 

なんだかアップル創業やFacebook創業前夜のような

若者たちのピュアな原動力の発露と、発展をみるようで

多幸な気分になりました。

 

映画って本当にいいものですねえ!

 

★8/28(金)から新宿シネマカリテほか全国順次公開。

「ようこそ映画音響の世界へ」公式サイト

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