ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

ヒトラーに盗られたうさぎ

2020-11-28 23:57:57 | は行

ヒトラー、とタイトルにあるけど

明るくやさしく、決してつらくないんです。

 

「ヒトラーに盗られたうさぎ」74点★★★★

 

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1933年2月。

ベルリンに住む9歳のアンナ(リーヴァ・クリマロウスキ)は

批評家でユダヤ人である父(オリヴァー・マスッチ)と

音楽家の母(カーラ・ジュリ)、

賢いお兄ちゃん(マノルス・ホーマン)に囲まれ

生き生きと毎日を送っていた。

 

が、新聞で辛口のヒトラー批判をしていた父は

次の選挙でヒトラーが勝つと

弾圧の対象になる――と忠告される。

 

そして、ある朝アンナは母から突然

「一家でスイスに逃げる」と告げられる。

 

持って行けるものは2つだけ。

アンナは迷った末に

大好きなももいろうさぎのぬいぐるみを置いて

スイスに旅立つことになるが――?

 

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世界的な絵本作家ジュディス・カー(1923-)の

『ヒトラーにぬすまれたももいろうさぎ』をもとに

「点子ちゃんとアントン」(00年)「名もなきアフリカの大地で」(01年)などで知られる

カロリーヌ・リンク監督が手がけた映画です。

 

ヒトラー、とタイトルにあり、さらに「うさぎ」とあるけれど

動物がかわいそうなことはなく

不穏な空気は、たしかにあるものの

意外なほどに、明るく、やさしく、決してつらくない物語なので

拒否反応を示さずに、観て欲しいなあと思います。

 

実際、監督も35年以上前に、学校でこの本を読んだとき

「内容が明るくて驚いた」そうなんですね。

 

映画の主人公は

1933年、ベルリンに住むユダヤ人である9歳のアンナ。

 

お父さんは舞台批評などをしていた文人でお母さんは音楽家。

頭がよくて優しいお兄ちゃんがいる。

 

お父さんは新聞などで、きっぱりとヒトラー批判をしていた人なのですが

この年の選挙で、投票率43.9パーセントの中

ヒトラーが勝ってしまう。

 

「ドイツ人は理性を失った」――と、新聞を読みながら言うお父さんのつぶやきが

どうにもめちゃくちゃ、“いま”に刺さる。

 

そんなビミョーな投票率で、こんなことになってしまったんだ・・・

誰も「そんなこと、起こらないでしょ」と、思っていたことが

するすると、ゆらゆらと、起こってしまったんだ・・・

 

ヒトラー台頭を市井の視線から描く作品で、実によく語られるこのシチュエーションが

ホントに、いま、怖い気がしませんか。

 

で、お父さんは政府の弾圧の対象になり、

その前に、一家でスイスに逃げることになる。

 

実際、不穏な雰囲気は映画全体に淡く漂っているけれど

でも、映画は不思議なほど、つらくない。

 

アンナの快活さと、生き生きとした日々、

賢いお兄ちゃんのやさしさ。

スイスの美しい自然、

さらに移り住んだパリでの貧しくも温かい暮らしや、幻想的な夜の街――

 

すべてがやさしい色調で描かれ

重く暗い状況でも、誇り高く、たくましく生き抜く一家の姿に

気持ちが明るくなるんです。

 

映像もやさしくて

グラスに入ったアイスティーや、アンナのカーディガンなど

あちこちにピンクが挿し色であるのもかわいくて、効果的。

(欲を言えば、タイトルは原作どおり

「ももいろうさぎ」としたほうがよかったんじゃないかなぁと思うけど)

 

そして

子どもにとって、両親の心の持ちようが、

どれだけ大切で多大な影響になるかを、深く考えさせられました。

 

知識人であるアンナの一家は

ベルリンでまずまずリッチな階層に属するのだと思うのですが

誤解を恐れずに言えば、

それは金銭的な「貧困」には関わらない。

自分で考える意思を持ち、

それを手放すまいとする「矜持」の持ちようなのかな、と。

 

でも

歴史として振り返れば、アンナたち一家の旅路が、

あと一歩のところで死の危険を回避していたことがわかる。

スイスも安全ではなく、

ましてや彼らがいたフランスでは1942年、

「サラの鍵」(10年)「黄色い星の子供たち」(10年)に描かれた

ユダヤ人一斉検挙があったんだもんね・・・。

 

映画はこうして、いろんなことをつなげて

教えてくれるんですねえ。

 

★11/27(金)からシネスイッチ銀座ほか全国順次公開。

「ヒトラーに盗られたうさぎ」公式サイト

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空に聞く

2020-11-22 18:00:07 | さ行

この監督の息づかいは、なぜこうも優しいのだろう。

 

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「空に聞く」72点★★★★

 

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「息の跡」(17年)小森はるか監督の新作。

 

岩手県・陸前高田市の「陸前高田災害FM」で

パーソナリティを務めた阿部裕美さんを追ったドキュメンタリーです。

 

「陸前高田災害FM」は

2011年12月10日に開局したFMで

プレス資料に寄稿された金山智子さん(情報科学芸術大学院大学教授)によると

こうしたFM局は震災後に沿岸部を中心に30局も開局されたそう。

 

 

阿部さんはそこで開局当初から

2015年までパーソナリティをしていたんですね。

 

普段ラジオを聞く習慣がないワシなのですが

移動の車のなかや、取材先のお仕事場(農家さんとか)などで久しぶりにラジオを耳にすると

おもしろいなあと思うと同時に

不思議と、センチメンタルな気分になる。

それを聞きながら暮らす人の「生活」を

背後に感じて、しみじみしちゃうんですかね。

 

で、そんなFM局で阿部さんは

災害情報を伝える、というだけじゃなく

仮説住宅に暮らすお年寄りを訪ねて、その人の人生を聞く取材をしたりしている。

こたつに入りながら、おじいさんに

「奧さんとのなれそめは?」「いやあ恥ずかしいねえ」みたいに

インタビューしたりする様子が

とってもあったかく、感じがよくて、好きになってしまう。

 

阿部さんは

決してプロの話し手だったわけじゃなく

震災前はご夫婦で和食料理屋を営んでいたんです。

 

すごくホッとする声と、話しかたをする方で

きっと取材相手も聞く人の心も、癒やしていたんだろうなあと。

その姿は瓦礫と化したシリアで

私設ラジオ局を立ち上げた大学生を追った「ラジオ・コバニ」(18年)

にも重なったりして。

 

そして、そんな阿部さんを追う小森監督の視線もまた

とても優しくて、ホッとする。

視線だけじゃなく、取材の場に同席しているそのたずまいや息づかいのやさしさも

映像に現れている。

心の素直さ、きれいさが映像に映るって

こういうことなのかな、と。

 

阿部さんも、陸前高田の人々も

言うまでもなく喪失や虚無から生き続けることの難しさを

経験してきた方たち。

 

彼らは、そこに在る悲しみを、たしかに抱えつつも

立ち上がり、歩み続けている。

そんな思いをとらえた本作に

コロナ禍のいま、学ぶことがあるなあ、とも思うのでありました。

 

★11/21(土)からポレポレ東中野ほか全国順次公開。

「空に聞く」公式サイト

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泣く子はいねぇが

2020-11-21 21:46:28 | な行

仲野太賀氏の

また新たな飛翔を見ました。

 

「泣く子はいねぇが」73点★★★★

 

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若くして結婚した

たすく(仲野太賀)に娘が生まれた。

 

喜ぶたすくだが

妻・ことね(吉岡里帆)はいらだちを隠せない。

たすくには、どこか子供っぽさが抜けず、父親になる覚悟がみえないのだ。

 

大晦日の夜、たすくは「酒を飲まずに早く帰る」と約束し、

伝統行事「ナマハゲ」に参加する。

 

が、酒を断れなかったたすくは

酔っ払い、ナマハゲの面をかぶったまま

全裸で男鹿の街に飛び出していき――?!

 

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是枝裕和氏が惚れ込んだという

佐藤快磨監督の長編デビュー作。

 

秋田県出身の監督にとって

やっぱりどこかトラウマな伝統の祭り(笑)=「ナマハゲ」を題材に

なかなか大人になりきれない青年のもがきを描いています。

 

テーマは別段新しいというわけじゃないけど

なーんか、こころにしょっぱく、やさしい

不思議な魅力を持った映画なんですよね。

 

監督の人物造形も、演じる太賀氏も、見事なんだと思います。

 

まず

フラフラはしてはいても、優しそうな主人公たすく(仲野太賀)は

決してDV夫とかじゃないし、ダメんずって感じじゃない。

 

逆に

若くして「父」になった彼の

「いや、オレ、まだ自分の足元すら定まってないんだけど?

え?娘? いや、いいんだけど、え?ええ!」な気持ちは

よーくわかるし

 

こんなヒト、いくらでもいるんじゃないか?と思う。

 

思うんだけど、そんな彼を

妻ことね(吉岡里帆)は、あっさりザクッと切る(笑)

まあナマハゲの事件がきっかけかもしれないけど

それがなくても、斬られてただろうな(苦笑)

 

見放され、離婚されたたすくは東京で、どうにもモヤッとした日々を送り

でも、妻にも娘にも未練があって

また地元に帰ってくるが――という展開。

 

 

どこも大げさでなく

極めて淡々と自然だけど

ラフそうでいて細部に目が配られ、ユーモアもあって

自然に気持ちに入ってくるんですよ。

 

たすくのクイックルワイパーのシーンの可笑しさ(笑)とか

ツボもうまいし

 

弟を迎える兄(山中崇)や母(余貴美子)、

たすくの友人役の寛 一郎氏ら、登場人物の造形も魅力的。

 

 

土地に根ざし、子をなし、家族をつなげ、

社会をつなげていくことがデフォな世界で

大人になるのって

ワシが思う以上に、しんどいんだろうなあと。

 

ラストの叫びは

「生きちゃった」(20年)とはまた違う刺さり具合で

太賀さん、ほんとすごいなあと思うのでした。

 

西川美和監督「すばらしき世界」(2021年2月11日公開)

での存在感もすばらしかったです。

 

★11/20(金)から全国で公開。

「泣く子はいねぇが」公式サイト

コメント (1)
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サウラ家の人々

2020-11-19 23:45:30 | さ行

「カラスの飼育」(1976年)で知られる

カルロス・サウラ監督のドキュメンタリー。

サウラ作品を知らなくてもおもしろいはず!

 

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「サウラ家の人々」74点★★★★

 

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1932年、スペイン生まれにして

「カラスの飼育」(1976年)で知られる

御年88歳のカルロス・サウラ監督のドキュメンタリー。

 

ワシもですね、サウラ作品って「カラスの飼育」しか知らないのですが

でも、これはおもしろいw

サウラ作品を知らない方にも薦めたい良作なのです。

 

なんとサウラ監督って

4人の女性との間に7人の子がいるそうで(ひえ~知らなかった!

それだけでも波瀾万丈感がムンムン(笑)

 

 

で、そもそもは

サウラ作品ファンのフェリックス監督(1975年生まれ)が

「彼が子どもたちとの対話を通して、自身を、女たちを語る」――――という企画を

たてたようなんです。

で、取材OKが出て、おそらく監督は小躍りしたでしょう。取材者として、わかる。

 

しかーし。

サウラ監督、これまたなかなか一筋縄ではいかない方で

撮影がスタートしても

「え?自分のこと?話さないよーん」みたいな感じ(笑)

 

まーあ、インタビューアー泣かせというか、

同業者として、背筋を汗が伝う感覚もいたしましたが

いやいやどうして、監督もなかなかに食らいつき、

取材相手に傀儡される様子までもが、おもしろみになっているんです。

 

それに、なんといっても88歳(撮影時85歳)にして、

生き生きと絵筆を握り、旺盛な制作意欲とユーモアに溢れ、

記念上映やイベントに招かれて世界を駆けるサウラ監督の姿を

すごい!かっこいい!と思ってしまう。

 

そんな監督のマネージャーをしているのは

まだ20代の美しき末娘だし

60代を筆致にした6人の息子たちも

写真で振り返ると、まあ一様に美青年なんですよね。

 

そんな息子を前に

「いまはハゲて腹が出たなあ」「おたがいさまでしょ」的な

父子の会話も笑えるんですが(笑)

 

映画の冒頭に映る、若き日の監督のシャープな横顔は、

歳を重ねてもそのままで

かつ息子たちにも、その鼻筋がそっくり受け継がれているのを見て

遺伝子ってすげえ!って思ったり

さまざまがあっただろうけれど、

それを超えて”親子”になっていく

家族のさまが映し出されていて、すごくいいなあ、と。

 

監督がいう

「映画も(自分の)子どもたちのようだ。その時代の空気と、そのときの私の心から生み出されるのだから」

という言葉に

想いの全てが詰まっている、と感じました。

 

マルタ・アルゲリッチの三女が撮った

「アルゲリッチ 私こそ、音楽!」(14年)

 

サラ・ポーリーの家族ドキュメンタリー

「物語る私たち」(14年)にググッとくる向きに

特におすすめです!

 

★11/21(土)から新宿K’scinemaで公開。ほか全国順次公開。

「サウラ家の人々」公式サイト

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ホモ・サピエンスの涙

2020-11-17 23:46:52 | は行

動く絵画をみているような、いや

精緻なスモールワールド(ドールハウス)をのぞいてる感覚になりました。

美しい!

 

「ホモ・サピエンスの涙」73点★★★

 

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街を見下ろすベンチに座る中年男女。

会話もなく、ただ時間が流れるなか

女性がぽつりと言う。

「もう9月ね」――。

 

がらんとしたレストランで

新聞に夢中な男。

そのグラスにウェイターがワインを注ぐが

どんどん溢れてテーブルに広がっていく――。

 

どこにでもありそうな風景で、でも見たことのない

美しく不思議で、プッとおかしい

そんなシーンがどこまでも続いていく――。

 

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「愛おしき隣人」(07年)や「さよなら、人類」(14年)で知られ

世界中の著名監督にリスペクトされている

スウェーデンの奇才ロイ・アンダーソン監督の

5年ぶりの新作です。

 

1シーン1カットで描かれる

ショートショートが33編。

 

これまでに増してよりいっそう完璧なシーンの切り取り方が美しく

どれも動く絵画を見ているような、

いや、精巧なミニチュアのドールハウスをのぞいているような感覚になりながら

そこで起こる、人間の営みを見るおもしろさがあり

見入ってしまいます。

 

これらは

1シーンのぞいて(軍隊の行進シーンです)

すべてセットで撮影され、

かつ背景などもほぼCGではなく、模型で作られているそう。

 

シャガールの絵画にインスパイアされたという

空中を浮遊する男女の眼下にある荒廃した町とか、全部模型なんですって!

 

ウェス・アンダーソン的な固執と

クラクラを感じますが(笑)

監督の世界を表現するには、それが最適なんだそうです。

 

そんな世界観のもとで

「男の人を見た」「ある父親と母親を見た」と、一人の女性の問わず語りで

なんでもないけど、ほかでは見たこともない

ある1シーンが切り取られていく。

 

ウェイターが盛大にワインをこぼしたり、

神父がワインをこっそりラッパ飲みしたり。

ヒトラーが登場したり。

 

時代も登場する人もまちまちですが

プッと笑うおかしみがあり、深みもある。

 

すごく好きなんだけど

とにかくリズムがゆっくりしていて、フッと暴力的な眠気に襲われることもあるので(笑)

ワシ、これできれば

1シーンごとに額縁のように展示していただいて

美術館でみたいとも思ってしまう(笑)

 

それほどにアート、ってことです。

 

それに興味深いことに、

監督の描く世界は、どこかがらんとして、人と人との間に距離があるんですね。   

 

このディスタンスな感じ。

コロナ禍の世界を予見したかのようでもあって

違和感とともに、不思議になじんでしまうのです。

 

すべてを予見し、見下ろしているかのような視線の主=監督は

どんだけ神にして超絶な完璧主義者か?!と思ってしまうのですが

 

おなじみ「AERA」の「いま観るシネマ」で

ロイ・アンダーソン監督(77)にオンラインでインタビューさせていただきましたところ

これがびっくり!

まあるい笑顔で、なんともやさしく話してくださる方で

お話するだけで癒やされてしまったのでしたw

 

詳細はぜひページをご覧いただければと思います!

 

★11/20(金)からヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開。

「ホモ・サピエンスの涙」公式サイト

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