ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

ある画家の数奇な運命

2020-09-29 23:26:15 | あ行

これはおもしろかった!

後悔させません

 

「ある画家の数奇な運命」85点★★★★

 

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1937年、ナチス政権下のドイツに暮らす

クルト少年は、芸術センスに長けた美しい伯母エリザベト(ザスキア・ローゼンタール)の影響で

絵画に興味を持つ。

 

が、感性豊かな伯母はときどき精神のバランスを崩し、奇行とも呼べる行動をする。

そして、伯母は「統合失調症」と診断され、

強制的に病院に連れ去られてしまう――。

 

そして、戦争は終わり、

ドイツは西と東に分かれた。

 

成長したクルト(トム・シリング)は絵の才能を伸ばすべく、美術大学に入学する。

そこで、伯母のおもかげを持つエリー(パウラ・ベーア)にひとめぼれしたクルトは

彼女と付き合うことになる。

 

が、その出会いには悲劇的な運命が待ち受けていることを

クルトは知らなかった――。

 

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「善き人のためのソナタ」(06年)の

フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督作。

上映時間3時間、と聞いて「うっ」と一瞬思われるかもしれませんが

絶対、後悔させません。

 

運命のいたずらや、人間の業など、

めくるめくな物語構造がお好きな方には特におすすめ。

何も知らずに見ると、より没入度が高いと思います。

 

中盤まで、タイトルにあるような「画家」の要素がなかなか現れず

最初こそ「ん?画家の話なんじゃなかったけ?」と、戸惑いますが

 

そこから物語は、新米画家である主人公の恋や、

当時の東ドイツで、「社会主義万歳!」的なプロパガンダ用の絵ばかり描かされ、

自由に絵がかけなかった芸術家のもやもや――へと進む。

 

そして、西ドイツへ逃げ出し、新しい表現と出会うんですな。

 

でも

このドラマチックな展開は、表層のごく一部で

この内側に「ええ!」と破壊力のある、運命のいたずらが描かれていく――というもの。

 

歴史のあやまち、運命の皮肉、そして表現者(芸術家)の苦悩――

すべてがミステリアスに

見えない何かの手によって、編まれながら、

 

しかし、その像はなかなか結ばれない。

その不透明な加減が、絶妙。

 

展開のおもしろさとともに、「芸術家が、どうやって開眼するか」も

緻密に描かれていて、興味深い。

 

それにですね

「こんな“数奇な”こと、あるの?(ないよなア)」――と誰もが思う気もしますが

いや、これがね、あるかもしれんのですよ。

 

この話、実在の画家ゲルハルト・リヒターをモデルにした物語であり、

本人取材のもと

「何が事実かは絶対に明かさない」という契約で作られたそうなんです。

マジで?――

 

で、映画をみたあと、ぜひリヒターの作品を探して見てみてください。

映画の、あの場面に出てきた絵が、そこにある驚き。

「どこまでが本当なんだろう??」という迷宮に迷いこみながら

いや、すべて事実なんじゃないか?!と思いました。

 

強烈におもしろく、それゆえに悲しく

フクザツだけど、やっぱりオモシロイのです。

 

 

★10/2(金)からTOHOシネマズ シャンテほか全国で公開。

「ある画家の数奇な運命」公式サイト

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リアム・ギャラガー:アズ・イット・ワズ

2020-09-28 23:56:17 | ら行

どんな才人にも、持てないものがあるのか。

 

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「リアム・ギャラガー:アズ・イット・ワズ」69点★★★★

 

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名作なドキュメンタリー

「オアシス:スーパーソニック」(16年)のその後を

弟のリアム・ギャラガー側から描いた作品。

 

兄ノエルとの決裂後、

自らバンドを結成し、音楽を続けようともがくさま、

私生活でのトラブル、挫折などを正直に告白しています。

 

トラブルメーカーであっても

いまも天賦の声とグルーヴに変わりなく

さすがだなあ、と思うけど

 

でも、やっぱり四苦八苦しているんですよね。

 

「オアシス」というバンドの

あの瞬間、あのスパークは時代との奇跡的な出会いだったのかもしれないし

リアムという人の才能が、一般を軽く超越しているのは当然。

 

が、それでも

どんな「持てる者」にも「持っていないものがある」のだと、

どんな才人も、一人ではやはりダメなのだと

 

そのことがよくわかって

ちょっと残酷でもある。

 

だからこそ、それを直視し、なおかつ前へ進もうとする

リアムのがんばりと胆力には敬服するし

恋人にしてマネージャーである女性と出会えて、本当に良かった!と思うのだけど

 

解散から11年。

いまだ会っていないという兄弟に

なんとかならんのか!と歯がゆい(余計なお世話だけどさー)

 

しっかりできたドキュメンタリーではあるのだけど

ただ、「オアシス:スーパーソニック」があまりに良ドキュメンタリーだったことと

そしてやはり、

片方だけの言い分を聞き

周辺取材をするのは、ちょっとフェアじゃない――という気がしてしまうんですよ。

 

ほんとにこの二人、どうにかならんのか!

 

★9/25(金)から公開。

「リアム・ギャラガー:アズ・イット・ワズ」公式サイト

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イサドラの子どもたち

2020-09-27 01:42:52 | あ行

ダンサー出身の監督による作品。

これ自体がダンスのような。

 

「イサドラの子どもたち」71点★★★★

 

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20世紀初頭の舞踊界に

革命を起こした伝説のダンサー、イサドラ・ダンカン。

 

1913年、彼女は二人の子どもを事故で亡くしてしまう。

 

悲しみと痛みに苦しみながら

ダンカンは亡き子どもたちに捧げるソロダンス「母」を創作した。

 

それから100年。

現代を生きる女性たちが

それぞれの解釈で、ダンカンのダンスを継いでゆく――。

 

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コンテンポラリー・ダンサー出身の監督による作品。

 

4人の登場人物を順番に追った映像は

ドキュメンタリーのようでもあり、

 

余分をそぎ落としたミニマルさと

ナチュラルで静謐な空気が実に美しく

この作品そのものが、ダンスのようでありました。

 

最初のパートは

イサドラ・ダンカンの自伝から、この悲劇を知り、

彼女が残した踊りの譜面(そんなものがあるんだ!ということに驚いた)を研究しながら

「母」のダンスを振り付けていく若きダンサー、アガト。

悩みながら一足、一動き、一振りづつ

自分のなかにダンスを落とし込み、表現していく彼女の動きひとつひとつに

見入ってしまう。

 

次は

障害を持つダンサーに、対話をしながら振り付けを教える振付師。

2人の関係性、その振動が

ダンスに現れるようでおもしろい。

 

そして、最後に登場するのは

「母」のダンス公演を鑑賞し、

その余韻に浸りながら家路につくアフリカ系の初老女性。

いったい、彼女とこのダンスの接点はなんなのか――?

 

すべてのパートが淡々と訥々と描かれるのをみながら

芸術の豊かさ、大切さがじわじわと、体に広がっていく。

 

芸術を探求し、それに触れることこそ

人間に与えられた最上の喜びでなのではないか?

いま、このときに

あらためて考えさせられました。

 

劇場や美術館に行きたくなります。

 

★9/26(土)からシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開。

「イサドラの子どもたち」公式サイト

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鵞鳥湖の夜

2020-09-26 23:34:05 | か行

闇とネオンと滴る雨が、艶っぽいんだわー。

 

「鵞鳥湖の夜」71点★★★★

 

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2012年、中国南部。

再開発から取り残された鵞鳥湖の周辺では

ギャングたちの縄張り争いが激化していた。

 

バイクの窃盗団を率いていたチョウ(フー・ゴー)は

対立する相手とのもめ事に巻き込まれ、あやまって警官を射殺してしまう。

 

全国に指名手配されたチョウは

せめて元妻と息子に、自分にかけられた懸賞金を残そうと考える。

 

が、チョウの前に現れたのは

妻の代理と名乗る謎の女(グイ・ルンメイ)だった――。

 

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「薄氷の殺人」監督によるノワール・サスペンス。

中国南部。湖の周りの、さびれたリゾート町。

逃げる裏社会の男が謎の女と出会う――。

 

って、まずタイトルがミステリアスで粋ですよねえ。

 

で、逃げる男の前に現れた「妻の代理」を名乗る女。

「お前は一体、何者なんだ?」と

お互いを慎重に探り合い、

追いつ追われつ、いつしか共鳴し合う二人。

だが、その先にあるものは――。

すべてを知るは闇夜の静かな湖面――――デデデン♪的な

実にムード満点の映画。

 

 

中国・フランス合作で

滴る雨、月夜の湖面、極彩色のネオンなど

鮮やかなのにどこか沈鬱で、色香漂う映像が、

いつまでも後を引く。

 

主演のフー・ゴーは西島秀俊氏と阿部寛氏を足して

色気をさらにふりかけたような色男だしね。

 

こういう映画を観たあとには

夜の繁華街をフラリ、ゆらり、漂いたくもなる。

 

そんな映画体験が、ごく当たり前にできる日常が

手探りでも、少しづつ戻りつつあることに、

かすかーな喜びを感じるのでした。

 

★9/25(金)から公開中。

「鵞鳥湖の夜」公式サイト

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マティアス&マキシム

2020-09-24 23:59:20 | ま行

グザヴィエ・ドランが、本気で帰ってきたゾ!

 

「マティアス&マキシム」73点★★★★

 

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幼なじみの

マティアス(ガブリエル・ダルメイダ・フレイタス)と

マキシム(グザヴィエ・ドラン)は

30歳を超えたいまも、ずっと親友同士。

 

マティアスには近く結婚する婚約者もいて

マキシムもそれを祝福していた。

 

が、あるとき二人は

知人の妹が作る短編映画に無理矢理出演させられることになり、

さらに

キスシーンを演じることになる。

 

「えー?!」と言いつつ、協力せざるを得なくなった二人。

 

だが、そのキスをきっかけに、

二人はいままで封印してきた相手への思いに気づいてしまい――?!

 

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あるキスから

自分の想いに気づいてしまう幼なじみの男×男を描いた作品。

 

男同士とか超えた、普遍の切なさを描いていて

かなーり指先ジンジン痺れ系です。

 

自ら主人公を想うマキシムを演じるグザヴィエ・ドラン監督は

「君の名前で僕を呼んで」(18年)にインスパイアされたそうで、

「この映画好き!」→「自分流に描きたい!」→「描いちゃえ!」「演じちゃえ!」という

まっすぐな走りかたが手に取るようにわかりやすく、

そこが、いい(笑)

 

19歳で表舞台に躍り出て

紛れもなく「恐るべき子ども」だったデビューから、はや11年。

 

若さゆえの情熱と、30代にさしかかり生まれた深みが、うまくマッチした

原点回帰、といった印象もあり。

 

さらに、いいとこのボン=マティアスと

そうじゃないマキシムの家庭環境の格差など

社会への、より広域で、シビアな目線が付加された気もして

そこも好感でありました。

 

「ジョン・F・ドノヴァンの死と生」(18年)でも

ディカプリオのファンだったことを公言しているドラン監督、

今回は「タイタニック」をまんま彷彿させるシーンとか、

やることが可愛い!としか言えん(笑)

 

★9/25(金)から全国で公開。

「マティアス&マキシム」公式サイト

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