ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

水を抱く女

2021-03-27 03:34:04 | は行

切なく、張り詰めた余韻が

いつまでも響いてとまらない。

 

「水を抱く女」77点★★★★

 

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現代のベルリン。

早朝のカフェで向かい合う男と女。 

どうやら男は女に別れ話をしているようだ。

 

やがて、思い詰めた表情の女(パウラ・ベーア)が言う。

「――殺すはめになる。知ってるでしょ?」

 

――なにやらヤバい雰囲気だが、バイオレンスが始まるわけでなく

女は仕事に戻り、ごく普通の日々がはじまる。

彼女の名はウンディーネ。

歴史家で、普段は博物館でガイドとして働いているのだ。

 

その日、彼女はガイド中に別の男性クリストフ(フランツ・ロゴフスキ)と出会い、

新たな恋が始まる。

 

幸せなカップルの日々――

だが、ある日、街でウンディーネが元カレとすれ違ったとき

運命の歯車が回り出す――。

 

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「東ベルリンから来た女」(12年)「あの日のように抱きしめて」(14年)

「未来を乗り換えた男」(18年)と、

ドイツの悲しい歴史を背景に

心きしませる男女の愛を描いてきた

クリスティアン・ペッツォルト監督の新作です。

 

冒頭のカフェのシーンからはじまり、

一見、フツーの恋愛映画のようにみえるんですが

いや、どこかに、違和感がある。

 

「未来を乗り換えた男」でも共演した

パウラ・ベーアとフランツ・ロゴフスキ(「希望の灯り」も超よかった!)の愛は

すごくロマンチック・・・・・・なはずなのに、

なぜか終始、緊迫感と不安がまとわりつくんですよ。

 

ヒロインの名前がウンディーネ、という点で

文学好きやクラシックファン方には

ピンとくるみたいなのですが

ウンディーネ、というのは

ギリシャ神話に登場し、あの「人魚姫」のモチーフにもなった

水の精の名前なのですね。

オペラの題材にもなったりしてる。

 

その物語は

「愛する男が裏切ったとき、その男は命を奪われ、

ウンディーネは水に還らなければならない」というストーリーになっていて

本作は、そんな運命を背負ったウンディーネの物語を

現代に置き換えて、描かれたものなんです。

 

そうと知ると

ウンディーネとクリストフの水中でのシーンとか、

なぜ、元カレとすれ違ったウンディーネがそんなに動揺したのか?とか

普通に観てると「ん?」と思うようなシーンも

「なるほどなあ」と納得できて、

場面を思い返しては、その余韻を噛みしめられるという

なかなか後を引く作品なのです。

エヴァシリーズみたいですな(あ、違う?笑)

 

「東ベルリン~」を筆頭に

クリスティアン監督の描く男女って

めちゃくちゃエモーショナルなのに、甘くなく

いつも張り詰めているんですよね。

そこが、スキなんだけどw

 

これまではその背景に

ドイツの歴史や悲劇などがあったわけですが

今回はそうではなく、神話題材、ってところが

新境地だなあと。

 

劇中に流れるマルチェッロ(J.S.バッハ編)の「アダージョ」、

その絞り出されるような旋律が、

恋人たちの行く末とともに、めちゃくちゃ耳に残りました。

くっ、――切ない!

 

★3/26(金)から新宿武蔵野館、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開。

「水を抱く女」公式サイト

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ノマドランド

2021-03-26 22:03:48 | な行

素晴らしかった。雄大で、物悲しくて。

 

「ノマドランド」79点★★★★

 

 

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現代のアメリカ。

ネヴァダ州のはずれのある街で、懸命に働いていた

ファーン(フランシス・マクドーマンド)。

 

だが、支え合っていた夫は亡くなり、街は経済破綻で閉鎖され

郵便番号さえ無くなるほど「消滅」させられることに。

 

仕方なくファーンはワゴン車に荷物を詰め込み、

放浪生活を始める。

 

Amazonの倉庫や、キャンプ場の清掃など

季節仕事をしながら車で暮らすファーンに

同じ境遇になった先輩たちが

さまざまを教えてくれる。

 

そしてファーンは現代のノマド(遊牧民)となり、

知恵と生命力でサバイブを始めるのだが――?

 

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職も住処も失い、車で暮らす現代のノマド(遊牧民)を

本物の彼らを交えて、描いた作品。

雄大で、でも物悲しくて

心にさまざまな波模様が立ちました。

 

ゴールデン・グローブ賞で作品賞&監督賞を受賞
アカデミー賞主要6部門ノミネートで

これは、いくでしょう(笑)

 

現代社会から「おちた」人々を描いてはいるけれど

ここにあるのは

物質社会や資本主義経済への単純な批判、とかじゃない。

もっと大きな、たくましさや人間のルーツを感じて

そこがいいんです。

 

イタリア人作曲家ルドヴィゴ・エイナウディの手による

叙情的な音楽も最高ですねえ。

 

 

映画のスタートは2017年、

主演のフランシス・マクドーマンドと共同製作者が

ジェシカ・ブルーダーによるノンフィクション「ノマド」の映画化権を獲得したこと。

ジェシカは数ヶ月間、自らもヴァンで生活しながら

漂流するアメリカ人を追ってきたジャーナリストなんですね。カッコイイなあ。

そしてマクドーマンドらは

現代のカウボーイを描いた「ザ・ライダー」(Netflixで4/6まで配信中)の監督クロエ・ジャオを見出し、

監督に抜擢し、本作に雪崩を打った――というわけ。

 

 

予備知識ゼロで観ても

登場するノマドの人々はみな本物で、彼ら自身なのだろうなと思ったけど

実際にほぼ、そうでした。

ゆえに説得力がある。

 

はじまりは、現代社会の経済低迷。

ファーンは働いていた街の閉鎖で、職も住むところも無くしてしまう。

「出てって」とあっさり追い出され、郵便番号すらなくされる。

徹底した「消滅」させぶりに、さすが非情なアメリカ!と唖然としますが

 

仕方なしにファーンは町を出て、車で暮らすことになる。

 

しかしファーンは働く意欲を失ってるわけじゃない。

ちゃんと働いて、生きていきたいと

現代の悪名高き搾取主「アマゾン」で季節労働をし、

それが終わるとまた別の場所へ行く。

 

そんな彼女の行く先々で

社会から「おちた」人々が、

互いに集まり、助け合っている様が写されるんですね。

人間はひとり。だから、集まり助け合うのだ、と。

 

それに、一般の人々もけっこう手を差し伸べてくれる。

豪雪のなか、車で寝る彼女に

ガススタンドの女性が「もっと暖かい場所があるわよ」と

支援や手立てを教えてくれたり。

意外なやさしさに驚きますが

 

リーマンショック以降、

テント生活者も多いというアメリカの現状を、さまざまな映画でさんざん観てきたし、

それだけ「底辺」が広く、

状況も一般的ということなのだろうと思う。

 

 

そんななかで

「身を粉にして働き、老いれば、野に放たれる。

非情な社会で生き延びるために、助け合わねば」

――ファーンにそう話すノマドのリーダーの言葉が有り難くも、痛い。

野に放たれて、生き延びられるかは

やっぱり個人の「力」にかかってるんだよね。

かつ、自分をなんとか保っても、人を助けられるだろうか。

助けられてばかりいる気がするワシは

もっとがんばらねば、と思ってしまうw

 

それにね

家をもたない放浪の暮らしは

人を、より自然や大地に結びつけるんです。

圧倒的な孤独なのに、すべてとつながっている。

それが本人の心持ち次第なのだと、この映画は教えてくれる。

 

そして自由なようでいて、実のところ彼女が一番、いろいろに縛られているのだとも。

ラスト、そこからも自由になろうと進む姿は

さらに潔く清々しいものでした。

 

バケツをトイレにする場面は目に焼き付くし、

タワマンならぬ高級RVキャンピングカーをみて

「こんなところに住みたい~!!」と超アガる

ノマド女子(平均年齢70はいっているであろう)たちも、かわいくて、いい(笑)

 

コロナ後の世界に、ますます“ノマド”は増えるでしょう。

人生に何が大切で、何が必要か。

あなたは、生き抜けますか――?と

本作は誰もに問いかけているんだと思うのです。

 

うん、ワシももっと頑丈にいたいよ。

 

★3/26から全国で公開。

「ノマドランド」公式サイト

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ミナリ

2021-03-20 14:27:43 | ま行

小さくも普遍的で、豊かな世界。

 

「ミナリ」72点★★★★

 

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1980年代、アメリカ南部アーカンソー州。

なーんにもない広々とした土地に

韓国系移民のジェイコブ(スティーヴン・ユァン)一家がやってくる。

 

「ここで農業で成功するぞ!アメリカンドリームだ!」と

ヤル気満々のジェイコブだが

捨てられたような土地、しかも家がおんぼろトレーラーハウスなのを見て

妻モニカ(ハン・イェリ)は「話が違う!」とおかんむり。

 

長女のアン(ネイル・ケイト・チョー)も不安そうだが

末っ子のデビッド(アラン・キム)はあまり気にせず、楽しげだ。

ただデビッドは心臓がちょっと弱く

モニカはそのことも心配でしかたがない。

 

モニカは韓国からデビッドの面倒をみてもらおうと

母(ユン・ヨジョン)を呼び寄せることに。

 

が、このおばあちゃん、なかなかクセもので――?!

 

*********************************

 

1980年代、アメリカに新天地を求めた

韓国系移民一家を描く作品。

 

監督は「君の名は。」ハリウッド実写版に抜擢された

リー・アイザック・チョン。

 

ブラピ率いるプランB×おなじみA24作品で

アカデミー賞6部門ノミネート。

ゴールデングローブ賞で外国語映画賞を受賞――と

とにかく大注目な作品です。

 

で、映画はというと

驚くほどささやかで静かな物語なんですよ。

 

監督の半自伝的な物語ということで

移民への差別やら、少年の苦悩やらが

ドラマチックに起こってもおかしくないなー、と思ってたら

違ってた。

この意外性が、ちょっとおもしろい。

 

 

農業に夢をかけるお父さんとあきれ顔のお母さん、

わんぱく少年デビッドと、ヤバいおばあちゃんとの攻防(笑)

大事件は起こらないけど、

でも家族にとっては大事件じゃ!ということがあったり。

 

小さいけれど豊かで

でも普遍的ななにかがある。

 

ヨーロッパ映画やアジア作品にはありそうな雰囲気ですが

こういう作品がハリウッドでウケたっていうのも

考えさせられたし

お父さん役で主演のスティーヴン・ユァンもすごくよかった。

(イ・チャンドン監督の「バーニング 劇場版」

アヤシイお金持ち青年を演じていた彼ね)

 

それに

冒頭、デビッド少年が車で引っ越してくるシーン、

なんか「千と千尋~」のオープニングを連想させるんですよねー。

「君の名は。」に(勝手に)期待が高まったりしたw

 

 

そしてそして

おなじみ『AERA』で

リー・アイザック・チョン監督にインタビューさせていただいてます。

AERA dot.でも読むことが出来ます~

デビッドにはかなり自身が投影されているそうで

(てか、これよりも全然悪ガキだったと笑ってましたが)

 

印象深かったのが

「あのころ自分には『家族』がすべてであり

周りからどう見られているか、人種だ差別だ、といったことは

まったく感じてなかった」という話。

その視点を貫き、シンプルに、素直に描いた点が勝利ポイントでしょうね。

 

映画でお父さんに協力する“ちょっと変わった”地元民”にもモデルがいるそうで

アメリカの「開拓魂」が持つ広さっていうのかな

人間のフツーのやさしさが

こんな時代に、アメリカ人にとっても意外なほど響いたのか、と感じました。

 

それにしても本当にいま

アジア系監督の躍進ぶりはすごい。

「フェアウェル」のルル・ワン監督、「行き止まりの世界に生まれて」のビン・リュー監督、

もちろん「ノマドランド」のクロエ・ジャオ監督、

それにNetflixの「ハーフ・オブ・イット 面白いのはこれから」(これ、最高っす!w)のアリス・ウー監督などなど。

いろいろおもしろい状況について

『キネマ旬報』(4月上旬号)で

記事を書かせていただいております。

よかったらご一読くださいませ。

みなさんどう思われるのか聞いてみたいっす。

 

★3/19(金)から全国で公開。

「ミナリ」公式サイト

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