淡いのに、めちゃくちゃ強い。
「名もなき歌」73点★★★★
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1988年、ペルー。
国は史上最悪のインフレに揺れ、
市民は苦しい生活にあえぎ、各地でテロ活動が起こっていた。
そんななか
先住民の若い夫婦、23歳の夫(ルシオ・ロハス)と
妊婦の20歳のヘオ(パメラ・メンドーサ)は
田舎から上京し、
露店でジャガイモを売りながら
首都リマ近郊のバラックで暮らしていた。
ある日、ヘオはラジオで
「無料で妊婦を診てくれる」という告知を聞き
ある財団の産院を受診する。
「安心して、ここで出産してくださいね」――
そしてヘオは
財団の産院で、女の子を出産する。
だが、看護師たちは赤ん坊をヘオに抱かせずに連れ去った――。
ヘオは地元の新聞社に
「娘を盗まれた!」と訴えに行く。
そして
白人と先住民の混血である新聞記者ペドロ(トミー・パラッガ)が
彼女の訴えを取材することになる。
だが、その先には
警官や政府要人も巻き込む
国レベルのヤバい案件が待ち構えていた――。
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ペルー出身女性監督メリーナ・レオンのデビュー作。
民を圧する権力の見えざる恐怖を
静かに、声高でなく描き
子を取り上げられた母の痛烈な痛みと悲しみ、
無力感を突きつける力作です。
モノクロームの静けさと強さ、
白と黒のあいだ、かすむようなあわいを映すその映像は
アルフォンソ・キュアロン監督の「ROMA/ローマ」のようでもあり、
フィリピンのラヴ・ディアス監督作品も思わせます。
先住民、という社会の差別にさらされ
子どもを取り上げられ
訳もわからず、産院の扉を叩き続ける
ヘオが痛々しくて、たまらない(泣)
しかもこの話、そんなに遠くない1980年代に起こっていた実話で
さらに、メリーナ監督の父で新聞記者だった
イスマエル・レオン氏が1980年に追った
「子どもの人身売買」の事件調査に基づいていると知り
その出来事にあ然、
そして「親子に継がれるもの、すげえ」と感じました。
存在は限りなく静かなのに
しかし目力ハンパなく(カッコイイ!)強い印象を残す
新聞記者ペドロ(トミー・パラッガ)は
おそらく、お父さんをイメージしてるのでしょうね。
しかも、恐ろしいことに
いまもこうした「幼児売買」は続いているらしい。
加えてペドロが同性愛者で
ペルーではそれが社会的な嫌悪の対象である、という描写にも
現在につながる
二重、三重のペルー社会の闇と「蓋」が現れているんですよね。
メリーナ監督はプレスインタビューで
「過去38年間のすべての大統領が、
人道に対する罪や汚職で投獄されているという事実を知らねばなりません」
と話している。
腐敗した政治。
権力の恐怖や理不尽。
そんな不条理を前に、
弱き市民は痛み、
しかし、それでも扉を叩き続けるのだ――という本作は
まったく遠く離れた国の話に思えない。
ことのほか2021年のニッポンを生きる
我々に刺さりまくる。
と思っていた矢先
7月19日の選挙で
フジモリ元大統領の長女ケイコ・フジモリ氏が
農村出身の左派ペドロ・カスティジョ氏に敗れた、とのニュースが報道されて
おお~と注目してしまった。
ペルーの政治について、そこまでよくはわからないけど
うーむ。
まさに世界は変わるタイミングなのかもしれない。
で、日本はどうなのさ?!
★7/31(土)からユーロスペースほか全国順次公開。