ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

金の糸

2022-03-12 18:04:57 | か行

91歳の女性監督が織る、

人生の機知と知性が詰まったジョージア映画。

 

「金の糸」75点★★★★

 

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現代のジョージア・トリビシに暮らす

作家のエレネ(ナナ・ジョルジャゼ)。

79歳になり、足も悪い彼女だが

今日もパソコンに向かって文章を書き、

凜とした姿勢で生きている。

 

同居する娘と、彼女の娘の子である

ひ孫のエレネとも仲良しだ。

 

だが、エレネは娘に

「アルツハイマーの症状が出てきた

夫の母ミランダ(グランダ・ガブニア)をここに引っ越させる」と言われ

大いに憤慨する。

 

ミランダはソビエト時代に政府の高官だった女性。

エレネは彼女をよく思っていないのだ。

 

そんな彼女のもとに

恋人から60年ぶりに電話がかかってきて――。

 

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91歳のラナ・ゴゴベリゼ監督が、自身の経験を交えて織り上げた

ジョージア映画。

 

 

凛として、知性とともに日々を過ごす

美しいヒロイン・エレネと

ソ連時代に政府に尽くした高官だったミランダ。

 

ソリの合わない、どころじゃない、

イデオロギーもアイデンティティも拮抗する二人の様子に

ジョージアの悲しい時代や過去が重なっていく――という展開。

 

二人のシニア女性が

ともに自立した女性であったことも興味深く

ミランダの持つプライドと、エレネの持つプライドのベクトルが

全然違うのも、おもしろい。

 

しかもミランダは、ソ連時代にかなりの権力を持っていたので

いまだに近所の人たちにもチヤホヤされるんですよね。

エレネのおもしろくなさそうな顔といったら(笑)

 

まあ、笑ってすむ話ではなく

実はエレネの運命を変えてしまったのが

他ならぬミランダだった――という衝撃の事実も明らかになっていくんです。

 

昔の恋人との電話でのやりとりも

しかし下世話な恋の再燃などにあらず、

詩を送り合い、文学を朗読し合う

ハイレベルのロマンスですてきだし

 

そしてまたこの映画には金言が詰まりすぎ。

エレネは言うんです。

「死が来たらどう迎えるかを考えていた。

でもあることに気づいたら心配は消えたの。

私がいる間はそれは来ない。それが来たら私はいない」――。

 

うう~む、至言。

 

ジョージアの近代史を知っていたほうが

より読み解きやすいけれど

知らずとも、話の核は理解できる。

 

人の生きてきた道には過去ができる。

その道の端が見えてきたとき、過去とどう向き合うか――

深い問いかけがここにはあります。

 

窓からさまざまな人間模様がみえる

舞台セットのようなアパートの描写もうまい。

 

そして、この映画をみたことで

ロシアの巨匠コンチャロフスキー監督による

「親愛なる同志たちへ」(4/8公開)の理解がグン!と深まったのが

すごい、と思った。

コンチャロフスキー監督が描く党側のヒロインは

まさに、かつてのミランダなわけですよ!

 

それに

ソ連時代の抑圧や粛清を経験したジョージアの過去は

現在のウクライナの状況にもつながる

こうして映画は学びをつなげ、広げてくれるんですね。

 

岩波ホールへ、GO!

 

★2/26(土)から岩波ホールで公開中。ほか全国順次公開。

「金の糸」公式サイト

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国境の夜想曲

2022-02-13 14:15:02 | か行

絵画的な美しさの後ろに

機関銃のタタタタ音が鳴る。

 

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「国境の夜想曲」78点★★★★

 

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「海は燃えている」(16年)のジャンフランコ・ロージ監督が

イラク、クルディスタン、シリア、レバノンの国境地帯を

静かに捉えたドキュメンタリー。

題材からして、戦闘や暴力のシーンをイメージするかもですが

きれいに裏切られます。

 

インタビューやナレーションもなく

どこで、何を撮っているかの説明もなく

監督が目にしたものが、淡々と写される。

 

その切り取り方が、実に絵画的で美しく

目を奪われます。

 

さらに

だんだん写るものが謎をかけるようになってくる。

 

例えば暮れてゆく湖に小さな舟を出す男性。

銃かついでるし、カモを狙う猟師なのかな、と思うけど

やがて彼は葦のかげに身を潜めて、銃をかまえる。

 

もしかして、彼も国境を守る兵士なのか?

 

 

例えば、夜の漁船で働く少年。

明け方家に帰ると、幼子がいる。

え?若いパパなのか?

 

こうしたいくつかのエピソード(場面)が

パズルのように組み込まれ、

そこに見えるものにじっと目を凝らすと、

次第に「え、そういうことか?」理解できる感じで

それを謎解きのように読み解いていくおもしろさがあるんです。

 

しかも、ワンシーンが不必要に長くなく、

割とキリよく切り替わるので

眠くなったりしない(笑)

 

例の小舟の男性も、結局、釣り人なのか猟師なのか兵士なのか

ワシにはわからなかったけど

それでも「考える」ことがおもしろい。

(しかも、のちに周りにいたカモはデコイとわかったり(汗笑))

 

どの国境でも、そこにあるのが「境界」であり、

その銃口が、侵入者たる同じ人間に向けられていることが共通している。

その悲しみが、静かに漂うけれど

でもこれは決して、暗い映画じゃない。

 

そこに暮らす人々の営みには、

たしかな力強さがあり、観ていて気持ちは暗くならないんです。

 

特に漁をしていた少年と、その家族の様子は

とても心に残った。(彼はパパではなく、炭治郎でしたw)

 

それに本当に映像の切り取り方が見事。

鮮やかな朱色の囚人服を着た囚人たちが

運動場に放たれる様子など、

まるで水槽に放たれた金魚のようで、ずーっと見入ってしまう。

 

告発や非難ではなく

社会問題を独自に切り取り、映し出す

監督の視点、その「みたて」のおもしろさや芸術性の高さに

感じ入りました。

 

★2/11(金・祝)からBunkamura ル・シネマ、ヒューマントラスト有楽町ほか全国順次公開。

「国境の夜想曲」公式サイト

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クレッシェンド 音楽の架け橋

2022-01-29 12:14:45 | か行

難しい題材を奥深く、かつかなりエンタメにしててスゴイ。

 

「クレッシェンド 音楽の架け橋」80点★★★★

 

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ドイツ人の世界的指揮者のスポルク(ペーター・シモニシェック)は

紛争中のパレスチナとイスラエルの若者たちによる

和平のためのオーケストラを指揮してほしいと頼まれる。

 

双方から、オーディションを勝ち抜き、音楽家になるチャンスを掴もうと

約20人の若者たちが集まってきた。

 

が、互いを憎み合う両者は、別々のグループに分かれ

常にピリピリと一触即発。

演奏どころではなく、つかみ合いのケンカがはじまってしまう。

 

こんな状態で演奏などできるのだろうか――。

そこでスポルクがはじめた、ある試みとは?

 

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世界で一番、解決が難しいとされる

イスラエル・パレスチナ問題。

そんな敵対する若者たちが、混合オーケストラを組む?

果たして共存できるのか――?

 

という考えただけで難しいテーマに果敢に挑戦し、

かつラブストーリーやスリルまで盛り込み

しかし甘くない展開にヒリッとし

 

それでも最後の最後に何かの兆しを残してくれる。

めちゃくちゃ考え抜かれた映画です。拍手。

 

まず冒頭、

パレスチナ(アラブ人)とイスラエル(ユダヤ人)の

若い男女が手を取り合って逃げ出す――という

ロミオとジュリエットばりのシーンからはじまって

この和平オーケストラがどう編成されたのか、の経緯へと戻っていく。

 

このオーケストラは実在する

ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団がモデルで

話はあながちフィクションではないんです。

 

で、和平のためのオーケストラのはずなんだけど

集まってきた若者たちは

やっぱりアラブ人とユダヤ人に分かれて座り、

全然、仲良くしようとしない。

一緒に演奏しようとしても音はバラバラだし

取っ組み合いさえ始まってしまう。

 

そこで、指揮者のスポルクは

彼らにグループセラピーのワークショップをさせるんです。

やはり実際に敵対するグループ同士を仲介するために用いられる方法だそうですが

これが非常に興味深い。

 

ワークショップ中に、アラブ人の若者が語り出すんです。

「祖母からずっと聞かされてきた。70年前にユダヤ人がやってきたせいで、

住んでいた家を追い出され、難民となりいまも帰れないと」。

するとユダヤ人の若者も語り出す。

「祖父からずっと聞かされてきた。ユダヤ人がいかに迫害され、

ホローコストを生き延び、ようやくイスラエルにたどり着いたのに

いまアラブ人に攻撃されていると」。

 

これにはハッとさせられました。

例えば昨年公開されたドキュメンタリー「ユダヤ人の私」のように

歴史の悲劇を繰り返さないために

その証言を語り継ぐことの大切さを、いままでずっと考えてきたけれど

それが、相手への憎しみを受け継いでいくことにもなってしまっているのだ――と。

 

これこそが、紛争や対立、憎しみの「もと」なのか!と

気づかされたんですね。

 

加えて、指揮者スポルク自身が背負っているものも明らかになり

実に深い。

 

そんななかで、若者たちに変化が起こっていく。

だんだんと演奏もまとまっていくんだけど

しかし、そう甘くはない――という。

 

ラストも痺れます。

 

ちょっとドラマチックすぎる!くらいかもですが

「ブラックボックス 音声分析捜査」(21年)もだけど

いまワシ、盛り盛り盛りでも

映画の熱量を感じたい気分なんです(笑)

それにやっぱ、深いんだよなあ。

 

 

実際にこの楽団は存在するし、

実際にユダヤとアラブの人々が共生する村があったり、

若い世代の対話や交流の活動が、けっこうされていたり

映画でスポルクが発する

「子や孫の世代じゃない。いま、君たちが(和平のために)やるんだ」という

メッセージは決して絵空事でなく、希望としてあるんだと感じます。

 

おなじみ『AERA』でドロール・ザハヴィ監督に

インタビューさせていただいております。

1/31発売号に掲載されますので、ぜひ映画と併せてご一読いただければ!

 

★1/28(金)から新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほか全国で公開。

「クレッシェンド 音楽の架け橋」公式サイト

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クライ・マッチョ

2022-01-16 12:17:29 | か行

実にビビッドなテーマ。

91歳がたどり着いた全てがユーモアとともに込められている。

 

「クライ・マッチョ」75点★★★★

 

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アメリカ、テキサス。

かつてロデオ界のスターだったマイク(クリント・イーストウッド)。

しかしそんな彼にも老いは忍び寄り

仕事先も解雇され、孤独な暮らしを送っていた。

 

そんなとき、マイクは元雇い主から

「別れた妻に引き取られ、いまメキシコに暮らす10代の息子ラフォを

連れ帰ってほしい」と頼まれる。

要は誘拐してこい、ということ。

 

雇い主に恩義のあるマイクは断れず

メキシコにやってくる。

当のラフォ(エドゥアルド・ミネット)は母親を嫌い、

家を出てストリートで闘鶏をして暮らしていた。

 

警戒心をむき出しに、マイクに刃向かうラフォだったが――?  

 

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おもしろかった~。

ちょっと大味さもあるけれど、気持ちよい。

 

メキシコを舞台にした老カウボーイと少年のロードムービー、

民族や多様性、強い女性、次世代への継承、心地よいロマンス、そしてマッチョの再考——

91歳のイーストウッド監督がたどり着いた全てが、

悠然とした空気、プッと笑うユーモアとともに込められていて、

いいんですよ。

 

まずなんといっても

90歳にして背筋ピン、で主役を張る

イーストウッド氏のカッコよさよ。

動きは少しスローになったかもだけど、

いやいや、体幹まったくブレてない。

 

動物を愛し、女性に優しい。

 

そんな老カウボーイと旅することになる少年ラフォは

可愛がっているニワトリに

「マッチョ」と名付けて、自分もマッチョ(強い男)になりたい、と願っている。

(この鶏が、マジで強くていいキャラ!笑)

 

そんなラフォをマイクは

「マッチョはカッコいいことじゃない。くだらないぞ」と諭すんです。

そして、若者に「真のマッチョ(強さ)とはなんたるか」を自身が示し、教えていく――という展開。

 

マイクは時を経てここにたどり着いたのか。

たしかに、奧さんや子どももいたのに、いま孤独なマイクは

過去に反省も多々あるでしょう。

でもワシは

「正しきマッチョ」のありかたは

ずっとマイク(=イーストウッド氏)の心にあったのではないか――と感じる。

 

マッチョ、はともすればマチズモ(男性優位主義)思考となり

忌み嫌われるものだけれど

 

でも、マッチョの真意には

正義や公平性、女性への敬意、

弱気ものを守るべき存在として前に立つ、という精神があったはず。

 

反転すれば、そこには男性側の

「それをせねばならない」プレッシャーもあるわけで

結果、間違ったマチズモ――オラオラな態度やミソジニー――にゆきかねない。

 

「パワー・オブ・ザ・ドッグ」も、そんな

強いられる男性性に飲み込まれた男性のしんどさを

描いているなあと思ったし

いろいろが微妙なこの時代に、あえてマッチョ、という言葉を使った

イーストウッド氏の心のうちを考えたり

 

と、話が逸れまして失礼。

いやいや、そんな難しいことナシに

本作は、けっこうシンプルに楽しいです。

 

動物好きで、動物の病気にも詳しいゆえ

町の人たちから、次々と具合の悪い動物を持ち込まれるイーストウッド御大が

「オレはドリトル先生か?!」(笑)と憤怒するシーンとか、めっちゃ笑えるし。

 

ぜひメキシコの風にふかれる

気持ちよい時間を過ごしてください。

 

★1/14(金)から全国で公開。

「クライ・マッチョ」公式サイト

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GUNDA/グンダ

2021-12-11 11:54:37 | か行

あまりにも尊く、美しかった。

 

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「GUNDA/グンダ」79点★★★★

 

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ロシアで“最も革新的なドキュメンタリー作家”とされる

ヴィクトル・コサコフスキー監督が

ある農場に暮らす動物たちを追った

モノクロームのドキュメンタリー。

 

恥ずかしながら監督を存じ上げなかったのですが、

既存のネイチャーものとはまるで違う

あまりに劇的で美しい作品でとにかく驚かされました。

 

どうやって撮ったの?!って、口開きっぱなし(笑)

 

まず導入から引き込まれる。

小屋の入り口で頭だけ見せて寝ているブタ。

聞こえてくるのはブヒブヒの寝息。

遠くに高速道路でもあるのか、車の音か風の音――。

 

寝ているブタの様子を、じーっと捉えていたカメラに

ひょこっと子ブタが映る。

ポテポテと出てくる子ブタが1匹、2匹・・・・・・

ああ、お産の最中だったのか。

よくカメラ、じっとがまんしていたなあ。

よくこの瞬間、捉えたなあ、と、もうここだけで感動(笑)。

 

この母ブタが主役のグンダです。

 

小屋のなかでは産まれてすぐに

お乳を飲みに行くたくましき子ブタたちがわらわらと。

 

小屋のなかのライティングが神がかって美しい。

黒に浮かび上がるブタの産毛と白い輪郭――

しかし監督によると、ライティングは最小限らしい。

 

まさに、自然こそが神!って感じ。

しかしわちゃわちゃといる子ブタがきょうだいに踏んづけられたり、ハラハラもするので

「もうこのまま何も起こらないうちに止めていいよ!」とも思ってしまう(笑)

 

続いて視点は農場にやってきたニワトリへ。

ある一匹が、一歩目を踏み出すその様子のドラマチックなこと!

 

すべてに人間は介在せず、ナレーションもなく、動物たちが主人公。

言葉なくとも、まるで演技をしているようでスゴイ。

ひとり遅れる子ブタのお尻を鼻で押しながら

母さんグンダ、完全に「おいっちに、おいっちに」って言ってるよね?!的な(笑)

 

こと動物に関してはメンタル極弱のワシとして

終始、不安の予感はあるんですが、

しかしその生命力、動物たちの役者っぷりが素晴らしく

そのハラハラを上回るんです。

 

直接的に辛いシーンなどはないけれど

やっぱり切ない別れもある。

その見せ方も秀逸で、ホントに胸が締め付けられました。

 

観てよかったとホントに思った。

ぜひこの光輝く生命のきらめきを体験してほしいです。

 

★12/10(金)からヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほか全国順次公開。

「GUNDA/グンダ」公式サイト

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