ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

少女は夜明けに夢をみる

2019-11-02 23:18:06 | さ行

これは

「存在のない子供たち」(19年)と対をなす作品だなあと。

 

 

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「少女は夜明けに夢をみる」72点★★★★

 

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イランの少女更生施設に収容された少女たちを写したドキュメンタリー。

撮影許可に7年をかけたそうで

かなり貴重な記録だと思う。

しかもテーマは重いのに

なんともやさしい光に満ちているのが、いい。

 

まず冒頭、雪景色のなかで無邪気にはしゃぐ少女たちが映し出される。

何も知らずに見ていると、本当に仲良し学生寮の風景のようで

ちょっと面食らいます。

 

そんななかで、何人かの少女たちが

自分について、犯した罪について、話し始める。

 

その告白は、やはり、重い。

 

17歳にして2歳の子を持つ少女、おじに性的虐待を受けてきた少女、父を殺した少女・・・・・・

ほとんどの少女が

近親者からの虐待やレイプを経験し、

劣悪な家庭環境のなか、盗みやドラッグで逮捕されていることがわかってくる。

 

彼女らの状況はつらく厳しいんですが

でも、映画はそういうトーンで描こうとしていない。

 

 

カメラに向かって話す少女たちは素直で、屈託なく、愛らしくもあって

そして

似た経験を持つものとして、収容施設のなかで互いをいたわりながら

支え合って日々を過ごしているんですね。 

 

そんな彼女たちの横顔を、メヘルダード監督、よく切り取れたなと思う。

16歳の娘がいるという監督にとって

相当につらい取材だったと想像できるから。

 

 

それに

「育てられないのに、なぜ産んだのか」と親を語る少女の言葉が

まさに「存在のない子供たち」の少年ゼインと同じで、びっくりした。

そういえば「存在のない~」のナディーン・ラバキー監督も

やはり刑務所などで、子どもたちへの取材を重ねた、と言っていた。

そして、監督はこうも言っていたっけ。

「彼らはみな、話したがっていた。自分たちの状況を知ってもらいたがっていた」と。

 

彼女たちも、そうだったのかもしれない。

 

 

虐待や貧困という環境が、悲劇や負を連鎖させる状況は

どこの世界でも同じ。

彼女たちの状況は、我々にも地続きだと

つくづく思いました。

 

実際、この映画のあと、来年1月に公開される

日本の刑務所に初めてカメラを入れたというドキュメンタリー

「プリズン・サークル」(坂上香監督)を観て、そのリンクに驚いたんです。

罪を犯した青年たちが語る、子ども時代や家庭環境に

通じるものがあるんですよね・・・・・・。

 

★11/2(土)から岩波ホールほか全国順次公開。

「少女は夜明けに夢をみる」公式サイト

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象は静かに座っている

2019-11-01 20:39:07 | さ行

巨大にして、強烈な234分!

 

「象は静かに座っている」75点★★★★

 

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時代と共に炭鉱業が廃れた

中国の小さな田舎町。

 

青年チェン(チャン・ユー)は

親友の妻の部屋で目覚める。

が、そこに親友が戻ってくる。

そして親友はそのまま、窓から飛び降りた。

 

団地に暮らす老人ジン(リー・ツォンシー)は

同居する娘夫婦に、老人ホームに入れられそうになっている。

 

団地の高校生のブー(ポン・ユーチャン)は

学校一凶悪なシュアイに絡まれている。

 

ブーの同級生のリン(ワン・ユーウェン)は

トイレの水漏れと、散らかった部屋、

だらしのない母親にうんざりしている。

 

出口のない、ふさがった現実をさまよう、4人の運命が

あることから交差する――。

 

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タル・ベーラを師と仰ぎ、

本作完成後に29歳で命を絶ってしまった

フー・ボー監督のデビュー作にして遺作。

 

混沌と哀しみに満ちた世界をあまりにも鋭く、的確に捉えていて

静かなのに、強烈。

驚嘆の234分でした。

 

 

高層団地に暮らす少年、少女、老人。そして青年。

4人の運命があることから交差する話で

 

廃れ行く町、世界のなかで

少年も少女も未来を見いだせず、

大人も彼らに、なんの希望も示せない。

 

そんな世界を生きなければならない

彼らの、いや、我々誰もに通じる苦しみ、もがきを

師匠譲りの長回しや、ラフなようで精密に練られた構図で描いているんです。

 

例えば

手前の人物に浅くピントがあっていて

少し奥にいる人物の表情がまったく見えなかったりすると

実にもどかしく、不安な気分になる。

 

そんな感覚を観客と登場人物が共有することで

観客を物語の一部に引き込んでいく。

 

ラストへの収束も見事で、

この不機嫌ですさんだ世界に放たれた叫びが、

いつまで心にこだまするような感じ。

 

そしてこんなに才能ある監督もまた

こんな世界の絶望の淵に、ふと引きずられてしまったのだろうか?――と考えずにいられない。

残念でなりません。

 

 

本作はフー・ボー監督亡き後、

さまざまな映画祭でも絶賛されており、

タル・ベーラ監督はトロント映画祭で、この映画について取材を受けたそう。

「彼は両方の端から、彼というろうそくを燃やしていたのだ」

「彼をちゃんと守れなかったことに、責任を感じている」という言葉に涙が出てしまった。

 

発売中の『キネマ旬報』でタル・ベーラ監督にインタビューした際に、

フー・ボー監督との出会いなどについても伺いました。

ぜひ、映画と併せてご一読くださいませ。

そして、この映画がいつまでも、みなさんの心に残ることを願ってやみません。

 

★11/2(土)からシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開。

「象は静かに座っている」公式サイト

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