ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

ジュゼップ 戦場の画家

2021-08-12 23:05:50 | さ行

こんな画家がいたとは

知らなかったのです。

 

「ジュゼップ 戦場の画家」72点★★★★

 

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1939年、冬。

スペイン内戦を逃れ、多くの人々が

凍てつく山を越え、フランスへと向かった。

 

が、たどり着いたフランスの強制収容所で

彼らはフランス憲兵たちに貶められ、

飢えと病魔に蝕まれていた。

 

そんな収容所で

ジュゼップ・バルトリ(声=セルジ・ロペス)は

一人、黙々と壁や地面に絵を描いていた。

その様子を見たフランス人憲兵セルジュ(声=ブルーノ・ソロ)は

ほかの憲兵にナイショで、彼にノートと鉛筆を手渡す。

 

やがて二人のあいだに

友情が生まれるのだが――。 

 

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実在の画家でイラストレーターの

ジュゼップ・バルトリの数奇な運命を描いた

フランス発の長編アニメーションです。

 

恥ずかしながらジュゼップ・バルトリという人を知らなかったのですが

スペイン内戦時代にフランスの強制収容所で過酷な難民生活を送り、

のちにメキシコに亡命して

フリーダ・カーロの愛人となり

晩年はニューヨークでジャクソン・ポッロックらと親交し

画家として名を成した人なのだそう。

フリーダ・カーロの映画とか観たのに知らなかったなあ・・・

 

で、

監督のオーレル氏はフランスの風刺画イラストレーターで

偶然、ジュゼップの絵に出会って衝撃を受け

10年をかけて本作を作り上げた。

 

おもしろそう、なのだけど

正直、最初は

このなにかと陰鬱なときに戦争の話かあ――と少し思ったんです。

 

実際、冒頭の

冷え冷えとしたモノトーンの雪山の描写に

「ちょっと、しんどそうかな」とも感じた。

が、しかし

そこから、いきなり場面がカラフルになり

現代のフランスに飛ぶんです。

 

で、現代の若者が祖父から

ジュゼップの話を聞く――という展開になる。

 

いまを生きる若者と、過去がつながるこの展開で

グッととっつきやすくなる。

 

これは「キリマンジャロの雪」(11年)の脚本を手がけた

ジャン=ルイ・ミレシが参加していることが

大きいと思います。

歴史の悲劇や社会の問題を

人間味あるドラマにする名手なんですね。

 

悲惨な収容所生活のなかでも

ジュゼップがどこかひょうひょうとしていて

収容所の女性たちに「かっこいいわよね」とモテたりする様子も

心を穏やかにしてくれます。

(実際、ググってみたら写真が出てきて、ホントにハンサムなんだ!と驚いた(笑)

 

さらにアニメーションに挟まる細密なイラストが

ジュゼップ本人の手によるものと知って

これも驚いた。

オーレル監督は、それを違和感なく動画と組み合わせていて

さすが。

 

映画からは

ジュゼップがどんな状況でも

排泄や呼吸をするのと同じように「描かないといられないのだ」という様子が

すごくリアルに感じられて

こういう人が、真のアーティストなんだな

きっと、オーレル監督自身に重なるんだろうな、とも思った。

 

と、想像よりも暗く重い映画ではないけれど

やはり強制収容所での出来事は酷い。

ジュゼップの筆は

非常時にこそ、人間の本質が露わになること

そして、その醜さを

いまに伝えている。

 

なにより

土地を追われ、逃れた先でも苦しめられるジュゼップらの姿は

現代の難民たちの姿にそのまま、かぶるんですよ。

 

いまこそ、継がれる意味のある物語だ、と

強く思うのでありました。

 

『キネマ旬報』でオーレル監督にインタビューをさせていただきました。

シンプルで印象的なアニメーションに、意外なルーツがあったりと

なかなかおもしろい内容になっているかと思います。

映画と併せて、ぜひご一読くださいませ!

 

★8/13(金)から新宿武蔵野館ほか全国順次公開。

「ジュゼップ 戦場の画家」公式サイト

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名もなき歌

2021-08-08 04:10:26 | な行

淡いのに、めちゃくちゃ強い。

 

「名もなき歌」73点★★★★

 

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1988年、ペルー。

国は史上最悪のインフレに揺れ、

市民は苦しい生活にあえぎ、各地でテロ活動が起こっていた。

 

そんななか

先住民の若い夫婦、23歳の夫(ルシオ・ロハス)と

妊婦の20歳のヘオ(パメラ・メンドーサ)は

 

田舎から上京し、

露店でジャガイモを売りながら

首都リマ近郊のバラックで暮らしていた。

 

ある日、ヘオはラジオで

「無料で妊婦を診てくれる」という告知を聞き

ある財団の産院を受診する。

 

「安心して、ここで出産してくださいね」――

 

そしてヘオは

財団の産院で、女の子を出産する。

だが、看護師たちは赤ん坊をヘオに抱かせずに連れ去った――。

 

ヘオは地元の新聞社に

「娘を盗まれた!」と訴えに行く。

 

そして

白人と先住民の混血である新聞記者ペドロ(トミー・パラッガ)が

彼女の訴えを取材することになる。

 

だが、その先には

警官や政府要人も巻き込む

国レベルのヤバい案件が待ち構えていた――。

 

 

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ペルー出身女性監督メリーナ・レオンのデビュー作。

 

民を圧する権力の見えざる恐怖を

静かに、声高でなく描き

 

子を取り上げられた母の痛烈な痛みと悲しみ、

無力感を突きつける力作です。

 

モノクロームの静けさと強さ、

白と黒のあいだ、かすむようなあわいを映すその映像は

アルフォンソ・キュアロン監督の「ROMA/ローマ」のようでもあり、

フィリピンのラヴ・ディアス監督作品も思わせます。

 

 

先住民、という社会の差別にさらされ

子どもを取り上げられ

訳もわからず、産院の扉を叩き続ける

ヘオが痛々しくて、たまらない(泣)

 

しかもこの話、そんなに遠くない1980年代に起こっていた実話で

さらに、メリーナ監督の父で新聞記者だった

イスマエル・レオン氏が1980年に追った

「子どもの人身売買」の事件調査に基づいていると知り

その出来事にあ然

そして「親子に継がれるもの、すげえ」と感じました。

 

 

存在は限りなく静かなのに

しかし目力ハンパなく(カッコイイ!)強い印象を残す

新聞記者ペドロ(トミー・パラッガ)は

おそらく、お父さんをイメージしてるのでしょうね。

 

しかも、恐ろしいことに

いまもこうした「幼児売買」は続いているらしい。

 

加えてペドロが同性愛者で

ペルーではそれが社会的な嫌悪の対象である、という描写にも

現在につながる

二重、三重のペルー社会の闇と「蓋」が現れているんですよね。

 

 

メリーナ監督はプレスインタビューで

「過去38年間のすべての大統領が、

人道に対する罪や汚職で投獄されているという事実を知らねばなりません」

 

と話している。

 

腐敗した政治。

権力の恐怖や理不尽。

そんな不条理を前に、

弱き市民は痛み、

しかし、それでも扉を叩き続けるのだ――という本作は

 

まったく遠く離れた国の話に思えない。

ことのほか2021年のニッポンを生きる

我々に刺さりまくる。

 

と思っていた矢先

7月19日の選挙で

フジモリ元大統領の長女ケイコ・フジモリ氏が

農村出身の左派ペドロ・カスティジョ氏に敗れた、とのニュースが報道されて

おお~と注目してしまった。

 

ペルーの政治について、そこまでよくはわからないけど

うーむ。

まさに世界は変わるタイミングなのかもしれない。

 

で、日本はどうなのさ?!

 

★7/31(土)からユーロスペースほか全国順次公開。

「名もなき歌」公式サイト

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パンケーキを毒見する

2021-08-02 01:24:51 | は行

こんなにこの人を詳しく知るなんて、複雑な気分ですよ(苦笑)

 

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「パンケーキを毒見する」72点★★★★

 

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「新聞記者」(19年)「i ー新聞記者ドキュメントー」(19年)

などを手がけた制作会社スターサンズが

菅義偉首相の人物像に迫るドキュメンタリー。

 

といっても、しょっぱなから

菅氏側の関係者にことごとく取材を拒否られた、という状況から

映画はスタートし

企画の困難さを思います。

 

それでも

古館寛治さんの軽妙なナレーションにのって

 

ノンフィクション『菅義偉の正体』を上梓したジャーナリストの森功氏や

ジャーナリストの鮫島浩氏らが、

菅氏の人物像を解析していく。

 

法政大学の上西充子教授による

トホホな国会質疑の映像解析がわかりやすくておもしろく

コントかよ!とツッコミつつ、

即、笑えねえ!と、うすら寒くなる。

 

さらに

江田憲司氏や石破茂氏らも登場し

アニメーションや任侠映画まがいのシーンも入れ込まれ

 

いやー、よくわかりました

菅首相という人が。

 

 

「なぜ君は総理大臣なれないのか」(20年)

小川淳也氏を別として、

これほど政治家について、知ったことはなかったと思う。

 

支持か不支持か、賛成とか反対とか

とりあえずおいといて

ここまで自分を知ってもらえるなんて

ハッキリいって、嬉しいと思いますよ(笑)

 

しかもできれば、知りたくなかったのに(苦笑)

それでも観たほうがいい、と思えるのは

みんな

いまの状況、やっぱり「なにかおかしい」と思ってますよね。

だからこそ、こういう映画が作られるんだと思う。

 

だから、とりあえず観た方がいい。

 

で、映画ではまず

菅氏がどういう経緯を経て

政治家になったのか、が描かれる。

 

秋田のイチゴ農家に生まれ、高校卒業後に上京し

工場務めを経て

法政大学へ入学。

 

苦労人、というイメージで売ってたけど

実は実家の農家ってブランド苺をヒットさせた

けっこう裕福な農家だった、とか(そうなん?!知らなかった・・・)

 

そこからどうやって政治の道に入ったのか

政治の場でも意外と強気で、勝負師な面がある、とか

いろんな「へえ」が明かされていく。

 

個人的には

スクープ連発の「しんぶん赤旗」の編集部内部と、

その調査報道をもとに国会で質問を繰り出す、共産党の小池晃氏の連携が

大変に興味深かった。

 

映画としては

関係者のインタビューは一般的で

戯画化されたアニメーションも、わかりやすいけど

 

壺振りシーンや外国人モデルを使った読書シーンなどには

やや遊びすぎ?という感もなくはない。

でも、

クソ真面目な政治ドキュメンタリーでは

惹きつけられない、という趣旨もよくわかるし

 

なにより、知ってほしいのは

「なぜ、日本が、こんな状況になったのか?」なんですよね。

 

近現代史研究家・辻田真佐憲氏が言う

「ジャーナリズムの批判機能が損なわれた」指摘はそのとおりと思うし、

かつ、

いまの若い世代が

「批判することを、攻撃と考えて、好まない」ということが

ものすごく根深い問題だとわかった。

 

ワシもここ数年、

政治やジャーナリズムだけでなく

映画評論やエンタメ記事についても

まったく同じことを感じてた。

 

その感覚で

「野党は批判ばっかりしているから、やだ」と映ってしまうのかと。

 

でも、批判ってイコール悪口や攻撃じゃない。

当たり前とされていることをときに疑って、自分の意見を持ち

責任をもって、それを提示するのは

すごーく大変なこと。

そのうえで

相手と対話し、ときに議論し

結果、もしかしたら意見を変えたっていいんだもん。

 

でも、批判という行為をしなくなると

人は考えなくなる。

どうでもいいや、となって

誰かにコントロールされていても

おとなしく従ってしまう。

 

それでいいのか?と

ラストの羊のアニメーションは悲しく刺さります。

 

いいかげん、羊でいいわけない。

立ち上がらねば、いまよりもっと悪くなる――

 

なので、とりあえず

この映画、見ましょう!ww

 

★7/30(金)から全国で公開

「パンケーキを毒見する」公式サイト

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イン・ザ・ハイツ

2021-08-01 01:30:55 | あ行

最高にアガる!ミュージカル!

 

「イン・ザ・ハイツ」78点★★★★

 

************************************

 

ニューヨーク市マンハッタン北部に位置する

ワシントン・ハイツ。

 

移民が多く暮らすこの街で育った

ウスナビ(アンソニー・ラモス)は

 

両親が残した食料雑貨店を継ぎ

日々を忙しく過ごしているものの

心のどこかで

「故郷プエルトリコに帰って、次の人生のステップを踏み出したい」と考えている。

 

そんなある日、頭脳明晰で名門大に進学し

「街一番の出世頭」と評判だった

ニーナ(レスリー・グレイス)が

ふらりと街に帰ってくる。

 

ニーナに恋していた

ウスナビの友人ベニー(コーリー・ホーキンズ)は

心中穏やかでない。  

 

そしてウスナビもまた

デザイナーを夢見る魅力的なバネッサ(メリッサ・バレラ)に

微妙なアプローチを試みるのだが――?!

 

************************************

 

大ヒット作「クレイジー・リッチ!」のジョン・M・チュウ監督が

傑作ブロードウェイ・ミュージカルを映画化。

 

いや~

音楽もダンスもすべてが全力!

最高に気持ちよく

いまの閉塞感を

グワッと吹き飛ばしてくれるミュージカルです。

 

ガチなミュージカルファンでないワシも

まず夢中になったのが、音楽。

 

カリビアン×ヒップホップ、サルサにポップス、R&Bと

あらゆるジャンルがうまく使われていて

ここまで音楽すべてがよいミュージカルも珍しいのでは?と思った。

 

劇中のセリフと音楽が溶け合う部分を

ラップが絶妙につないでくれて

「あれ?歌い出したよ?」的な違和感がうすい。

 

加えて

水しぶきもパワフルなプールの群衆ダンスシーンや

街での群衆ダンスシーンなど

とにかく

高揚感とパッションがすごい。

スクリーンから汗と蒸気がたちのぼるような感じで

こちらも熱くなりました。

 

ジョン・M・チュウ監督の

ベタなほどの盛り上げがまた爽快で(笑)

かつ、自身の”移民”たるルーツも

しかと根にあるんですよね。

 

主演のウスナビ役、アンソニー・ラモスも自身がプエルトリコ系で

ニューヨークに暮らす移民の現状が

とにかくリアルだし

 

それに

貧しさに埋もれる”地元”から

外へ飛び出すのか、ここに留まるのか――

若者たちが悩む、という展開は

世界じゅうの誰もに共感できるものだと思う。

 

特に街の出世頭、エリートとして期待されて大学へ進んだものの

社会の荒波に苦戦するニーナのもがきが

胸にせまります。

 

137分ちょっとの長尺も

エンディング近くのトリッキーな映像の遊びなど

所々にスパイスを効かせて

あっという間に感じた。

 

そうそう

本作のオリジナルを自作&主演した

リン=マニュエル・ミランダも、本作に顔を出してます。

ヒントは――

「かき氷屋さん」!(って、全然クイズになってねぇ!笑)

 

★7/30(金)から全国で公開中。

「イン・ザ・ハイツ」公式サイト

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