エピローグ

終楽日に向かう日々を、新鮮な感動と限りない憧憬をもって綴る
四季それぞれの徒然の記。

六義園

2015年06月01日 | ポエム
碧滴る六義園。
知る人ぞ知る、柳沢吉保の下屋敷であった。



梅雨入りを前にして、暑い日が続く。
和傘の下で涼みたいほどである。
片陰は、樹影を指す夏の季語だけれど・・・。
赤い傘も、夏の季語で良いではないかなどと一瞬思った。



けれども、赤い和傘に会う景色は秋にもあった。
野点に良く合う・・・。
してみると、夏の季語と決めつけない方が良い。

和風の風情を詠む時に、上手く使う事としよう。

さて、六義園である。
大名の回遊式庭園としては、良く面影が残されている。



例えば、浜松町駅に近い「芝離宮」なども池を中心とした大名庭園である。
池には例外無く、浮島が設えられる。



従って、渡端がある。



加えて、苔むした踏石も存在するし、橋の上も苔むしている。
それが良い味を出しているのである。



水の上を渡る夏の風は、優しく涼しい。
キラキラしている。







「夏木立池の輝き風和む」







この景色は贅沢である。
夏は水遊び。
大人は、船遊びに尽きると云う訳である。



ぼくは、いつものようにこの茶室でお抹茶を頂いた。
ほろ苦く、舌を転がるお抹茶。
それを中和する和菓子を、口に放り込む。



身体に染み渡るのである。
とりわけ、近ごろは「お甘」を遠慮しているせいだろう。

頂く時には「満喫」するのである。
「嗚呼、旨い」と声に出して、五感で味わうのである。
聴覚に、言い聞かせるのである。



      荒 野人