ここまで「文明論としての里山」を書いてきて、果たして都市の文明は大丈夫なのかと思うときがある。先日、東京に建設中の電波塔「東京スカイツリー」を眺めた。2月16日現在で高さ300㍍を超え、2011年12月に完成すれば高さ634㍍に達する電波塔となる。そして、「世界一の観光タワー」として東京の新名所となるのだろう。が、私の眼には「バベルの塔」のようにも映る。
巨大な電波塔の下で・・・
スカイツリーが建設される意味合いは、関東エリアの地上デジタル放送と密接に関係している。東京タワー(正式名称「日本電波塔」、高さ333㍍)から新タワーに移行すると、地上デジタル放送の送信高は現在の約2倍となる。関東の地デジは2003年12月から放送が開始されたが、都心部に林立する200㍍級の高層ビル群から抜ける600㍍級の新タワーからの送信が始まれば、電波障害なども低減し、放送エリアも拡大するという技術的な面での有利さが強調されている。しかし、ハードルの高い問題がいくつかある。
2011年7月24日正午をもって、アナログ波が停止し、地上デジタル放送へと完全移行する。地デジ対応テレビを購入した大部分の視聴者はUHFアンテナを東京タワーに合わせている。2012年のスカイツリー開業でまた向きを変えなければならない。それにかかる受信インフラコストが高い。つまり、地デジ対応テレビのほかにUHFアンテナの設置に3万5千円から4万円かかる。さらに向きをスカツリーに合わせるコストだ。普通の人が屋根に上って、アンテナのRF(Radio Frequency=高周波)を測定しながら角度設定することは難しいので、町の電器屋さんに頼むことになる。すると2万円前後の費用がかかる。地デジ化による、これらのコストに耐えうる世帯はいい。が、都市の住民は多様であり、耐え切れずに「テレビ難民」化する人々が巨大な電波塔の下では続出するのではないか。
ミクロな現場を見てみる。ことし1月22日から24日にかけて2日間(48時間)、能登半島の先端・珠洲市(1万7700人)で総務省のアナログ停波のリハサールが実施された。昨年7月24日には1時間の停波を実施しており、2度目の停波リハーサルである。停波リハーサルに向けて行政の下支えをした町会長や電器業者の話を聞いた。秋の祭りやご近所のよい関係が保たれている町内会でも、「地デジ移行の現場」はすさまじい。地区ごとに説明会を開き、一般家庭ほか高齢者世帯や生活保護受給者、障害者、独居老人宅を回り、ケーブルテレビへの加入を促す、あるいは国から支給された簡易チューナー(デジタル波からアナログ波への変換器)の配布し、その取り扱いを説明する。チューナーの配布と取り扱いの説明のために4度も足を運ぶケースもある。無料の簡易チューナーとはいえ、受け手が能動的に対応するのと、「国がやることだからしかたない」と受動的に対応するのとでは理解力や操作の飲み込みが異なるものだ。1万7700人の小さな自治体であっても町の世話役たちの相当のマンパワーが発揮されて、リハーサルはなんとかうまくいったという感じだ。しかも住民同士のコミュニケーションが普段から取れている地域で、である。結果、リハーサル期間の2日間でデジサポ珠洲のコールセンターに寄せられた視聴者からの問い合わせは49件。これが多いか少ないかの判断は別として、事前説明会など入念に準備を整えてもこれだけの問い合わせがある。
地上デジタルへ移行が進む条件は、人間同士の関係性が保たれている地域コミュニティがあることだ。翻って、そうした人間の関係性が希薄な都会はどうだろう。集合住宅や受信障害の対策エリアなど複雑な問題解決にマンパワーを発揮する人々が、問題の数だけいるのか、近所の独居老人とは日ごろ誰がコミュニケーションを取っているのか、海外からの移住者はどうか・・・。バベルの塔は『旧約聖書』の「創世記」に記されたレンガ造りの高い塔だ。人類はノアの大洪水の後、バビロニアの地にレンガをもって町と塔を建て、その頂(いただき)を天にまで届かせようとした。神はこれを怒り、それまで一つであった人類の言語を乱し、人間が互いに意志疎通できないようにしたという物語である。大建造物が人々を一致させるどころか、分裂させていくということを諭したのである。
これになぞらえて、新たなテレビ文明への移行過程で高齢者や低所得世帯など生活弱者を中心に大量の「テレビ難民」が発生し、新たな情報の格差社会がつくり出されるのではないかとの想像は杞憂だろうか。いや、そうであってはならない。東京でこそアナログ停波のリハーサルを実施すべきだと思う。テレビ局が「地デジ移行に協力を」と繰り返し叫んでも、視聴者の理解は進まない。これははっきりしている。問題を先送りせず、地デジを「予定された災害」と見立てて危機感を持って対応に当たらなければ、2011年7月24日、東京を中心にテレビ難民は続出するだろう。スカイツリーをバベルの塔にしてはならない。
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