自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

★文明論としての里山10

2010年02月06日 | ⇒トレンド探査

 行き詰ったいまの文明社会のどこに未来可能性のモデルを見い出していったらよいのか-。きょう(6日)、「にほんの里から世界の里へ」と題したシンポジウムが金沢市で開催された。金沢大学と総合地球環境学研究所、(財)森林文化協会、国連大学高等研究所いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニットが主催した。生物多様性、そして「里山の未来可能性」をテーマに論じ合われた。そのなかからいくつかトピックを拾ってみる。

              人類の叡智としての里

  過疎・高齢化と都市化のはざまで、なお、健やかな人の営み、美しい景観と生き物のにぎわいを保っていると思われる各地の里を、森林文化協会と朝日新聞社が100ヵ所選び、「にほんの里100選」とした。いくつもの里が、自らの里の営みが持続してきた自然、文化、景観の価値に気付き、里に暮らすことへの誇りを取り戻そうと動いている。8つの事例発表があった。長野県上村下栗の里は傾斜地30度、「日本のチロル」と呼ばれる。昭和40年代の写真を基に景観修復と生活文化の継承を目指す地域住民の憲章作りが話題に上っている。山梨県増富の里では、都市との交流の中で、バイオマスや小型の水力発電を使ったエネルギー自給自足の試みが進んでいる。企業CSRを受け入れ、企業による復田や耕作が始まっている。岩手県萩荘・厳美の里では、連続するため池群の保全、外来種への対応など、生物多様性保全・再生に向けた地域住民主体のボトムアップ型の取り組みが始まっている。「自治会生態系規則」を議決し、生態系に支えられた1次産業再生を実践する瀬戸内海、山口県祝島の里では、誇りある島の暮らしの持続を目指す。セミナーでは、自然に人が働きかけることで、変化しながらも一定の持続的な表情を保っている里山・里海モデルの意味をアピールした。「里」はしぶとく、たくましく生きている。

  新しい里山・里海を未来に受け継ぐために、どんな社会を目指すのか。里山・里海とともにある新しいコミュニティのありようや、企業、大学などの里へのかかわり方を探った。里の人々の持続的な暮らしのあり方への再評価と、その結果もたらされる生態系サービスに対する都市の人々の関与のあり方まで視野に入れた議論があった。

  そして、里山への関心が高まっている。自然の宝庫だった里山。トキやコウノトリだけではない。メダカにタガメ、キキョウにオミナエシといったありふれた動植物すら見かけることがなくなった。身近な生き物の喪失はもっとも深く、われわれに自然保護の大切さを思い起こさせる。里山への関心は、自然保護の視点だけではない。環境負荷の小さい、持続可能な農林水産業のあり方のヒントを里山に見る人もいる。各省庁も里山の重要性を強調しはじめた。都市を中心に、里山の復活にかかわろうとする人も増えてきた。

  こうした中、金沢大学は能登半島の里山・里海の復興をテーマに地道に研究を重ね、現在は人材養成に取り組んでいる。「人手が加わることにより豊かになる自然がある」。自然との共存を考える上で里山の叡智に学ぶことが多いと考えているのである。その里山は、日本人が、日本の風土のなかで創り上げた歴史的空間であり叡智である。世界にもそれぞれの風土の中でそこに住む人々が長い歴史のなかで創り上げた「里山」がある。

  世界各地にみられる人と自然が創り上げた豊かな空間を、ここではSATOYAMAと呼んでいる。総合地球環境学研究所は、環境問題を人間文化の問題ととらえ、世界の各地でSATOYAMAの研究も行ってきた。残念ながらその多くは、かつての里山と同じく崩壊の危機にある。セミナーでは、まず里山とSATOYAMAをめぐる共通の問題-農村人口の流失、経済効率のみを重視した生産体系-を明らかにした。問題の根底に、人と自然の関わり方が大きく変化したことがあると考えている。そのうえで、かつての里山を懐かしむだけではなく、21世紀の今日的文脈の中で、あらたな里山SATOYAMAのあり方をともに考えてゆきたい。それは豊かさを問うことであり、一人ひとりがよりよい生き方をさぐることになる、との論議が相次いだ。そして、面白かったのは欧米でSATOYAMAは通用するかとの論議だった。自然を収奪の対象と考える欧米に自然との共存という概念は果たして通用するのか。日本発のテーマとするより、むしろ、アジアのモデルを再構築して、アジア発とした方が説得力があるかもしれないとの論議だった。

  シンポジム全体を通して清明感が流れ、いろいろと問題はあるものの時代はそこへ向かっていくのではないかという予感に包まれたのではないかと思う。そして、地吹雪の中、全国からそして地元から400人が集まった。その意味でも価値あるシンポジウムだった。

⇒6日(土)夜・金沢の天気  くもり 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする