音楽関係の話から企業の経営姿勢に展開したついでに、もうひとつ。
2~3年前からミュージックファンドが新しい投資スタイルとして話題に上ることが増えてきました。
一般にミュージックファンドという言葉は「ミュージシャンによる楽曲に対する投資」という意味で使用されますが、狭義には株式会社ライツバンクの登録商標 (登録第4749812号) になっているので、同社の投資商品と区別するために、これ以降では音楽ファンドと呼ぶことにします。
世間にはミュージシャンを目指す人がたくさんいます。中には路上でのライブで人気を集める人もいますが、新人がメジャーデビューを果たすためには高い障壁を越えなければなりません。知名度が低い、CDを制作・販売する資金もノウハウもない、販売のための営業ネットワークもない……。
音楽ファンドは、このような新人がCDを制作・販売するための資金を投資家から募り、CDを販売した収益の一部を投資家に分配する投資商品です。概念上はCDの制作・販売に限らず、ライブやイベントなどにも適用できますが、現在の音楽ファンドはCDの制作・販売を目的としているようです。
似たような投資商品として、アイドルファンドというものもあります。アイドルファンドは、アイドルタレントの写真集やDVDなどを発売してその収益を分配します。ほかに、映画やゲームソフトに投資するファンドが設定されることもあります。いずれのファンドも商品の性格は似ているので、ここでは音楽ファンドに話を絞ります。
現在募集されている音楽ファンドの規模は、1件あたり総額数十万円から数百万円にわたっています。実際の募集にあたっては、これを1万円程度まで小口化することにより、一般の人でも出資できるようにしています。
ミュージシャンのファンになるのはほとんどが一般の消費者でしょうから、小口化は重要なポイントです……と言いたいところですが、実態としては、投資のことをよく知らない一般の人に販売できるように小口化せざるを得なかったのではないかと私は考えています。
音楽ファンドは、目の利く投資家が投資する商品ではありません。
音楽ファンドが登場する前は、芸能プロダクションが無名の新人を発掘しては売り込み、成長させてきました。
新人には、これからブレイクするかどうか分からないという大きな不確定要素があります。多くのファンを獲得してプロダクションの屋台骨にまで成長する人材がいる一方で、鳴かず飛ばずのまま消えていく人材も数知れません。プロダクションは、大当たりか大はずれかの極端な世界に身を置いてきました。
逆に言えば、プロダクションは、売れなかった人材につぎ込んだ費用を、売れた人材の収益でカバーしています。
損失を利益でカバーする考えは、新興企業への出資でも同じです。
新興企業のうち、生き残るのは1割もないと言われます。しかし、たとえ9割の企業に投下した資本を回収できなくても、残り1割の企業が急成長すれば損失をカバーして余りあるだけの収益を得られます。新興企業に投資するときには、トータルで利益を上げられるように投資先企業を選ぶ (ポートフォリオを組む) のが重要なポイントです。
銀行も、似たような方法で損失をカバーしています。
企業に資金を貸し付けると、必然的に一部の企業から融資を回収できない (貸し倒れが発生する) 危険性を背負うことになります。銀行は、利息収入で貸し倒れ損失をカバーできるように利率を決定します。もちろん、回収できない危険性が高いと判断すれば融資を断ります。
このように、投資というものは基本的に損失を別の利益でカバーするように行います。この点は芸能プロダクションも同じです。先ほど触れたように、売れなかった人材につぎ込んだ費用を、売れた人材の収益でカバーします。
そこに音楽ファンドが登場しました。
一見すると、今までプロダクションが背負ってきたリスクを一般投資家が対等な立場で負うように見えます。
しかし、本当に対等なリスクを負っているでしょうか。
現行の音楽ファンドは、CDを販売した収益から配当を支払う形をとっていますが、どれもこれも収益分配の期間が限定されています。
例えば、株式会社ライツバンクのWebサイトで募集された音楽ファンドの収益分配期間 (同社の呼び方では償還期間) は、ほとんどが1年程度に設定されています。その期間を過ぎると、たとえCDが売れても、そのミュージシャンが大ブレイクしたとしても、その収益は投資家に分配されません。
ミュージシャンの人気が出れば、プロダクションは本格的な売り込みをかけるでしょう。しかし、そのときにもあえて音楽ファンドを設定するとは考えられません。メジャーデビュー後に一般から出資を募らないとすると、その収益は所属プロダクションが享受することになります。
ここで、メジャーデビュー後の収益をプロダクションが享受することについて考えてみます。
新人に対する投資リスクは、デビュー時に特に大きくなります。新人には何の実績もなく、デビューさせても売れるかどうか分かりません。しかし、売り出さないことにはブレイクもしません。音楽ファンドを設定しない場合は、このリスクをプロダクションが負います。
一方、音楽ファンドを設定すれば、その最も高いリスクを一般投資家に負わせることができます。音楽ファンドで新人に実績を作らせ、実力と人気を見極めた上でメジャーデビューに導くとしたら、有望な新人をピンポイントで狙う一本釣り。プロダクションは、音楽ファンドという試金石を利用してリスクを劇的に下げることができます。
プロダクションにとって音楽ファンドとは、リスクを投資家に転嫁して大きなリターン (収益) を期待できる、夢のような仕組みなのです。
果たして、ミュージシャンの成長に伴う収益はプロダクションが独占するべきでしょうか。最もリスクの高い時期を支えた投資家も、その恩恵にあずかってしかるべきです。しかし、現状の音楽ファンドはそのような仕組みになっていません。
音楽ファンドに投資するということは、大ブレイクの収益を得る権利を放棄して立ち上げのリスクだけを負うということです。投資家にとっては、リスクに対してリターンが極端に低いのです。
プロの投資家が音楽ファンドに投資しない理由のひとつに、リスクに対するリターンの低さがあるのは間違いありません。
もちろん、機関投資家は音楽ファンドに投資しません。運用資産が数十億円から数兆円に及ぶ機関投資家にとって、1件あたり数百万円しかない音楽ファンドは細かすぎて投資できないという理由もありますが、たとえ音楽ファンドを100本まとめて3億円の規模にしても、機関投資家は手を出さないはずです。
機関投資家に限らず、それなりに勉強している投資家は、音楽ファンドではなく、プロダクションに直接投資するでしょう。そうすれば、大ブレイク時の収益も享受でき、リスクとリターンのバランスが取れますから。
もちろん、音楽ファンドへの出資は利益の追求だけではなく、好きなミュージシャンを応援するという側面も持っています。特定のミュージシャンのファンになったのなら、音楽ファンドに出資するのも悪くありません。ただし、上述の理由から音楽ファンドを「投資」と考えるわけにはいきません。出資金は「お楽しみ」の代金と考えるべきで、収益を期待するのは的外れです。
あちこちの新聞で音楽ファンドが新しい投資形態として紹介されているようですが、音楽ファンドの負の側面をクローズアップしている記事はまだ見たことがありません。
あなたは音楽ファンドに投資しますか?
2~3年前からミュージックファンドが新しい投資スタイルとして話題に上ることが増えてきました。
一般にミュージックファンドという言葉は「ミュージシャンによる楽曲に対する投資」という意味で使用されますが、狭義には株式会社ライツバンクの登録商標 (登録第4749812号) になっているので、同社の投資商品と区別するために、これ以降では音楽ファンドと呼ぶことにします。
世間にはミュージシャンを目指す人がたくさんいます。中には路上でのライブで人気を集める人もいますが、新人がメジャーデビューを果たすためには高い障壁を越えなければなりません。知名度が低い、CDを制作・販売する資金もノウハウもない、販売のための営業ネットワークもない……。
音楽ファンドは、このような新人がCDを制作・販売するための資金を投資家から募り、CDを販売した収益の一部を投資家に分配する投資商品です。概念上はCDの制作・販売に限らず、ライブやイベントなどにも適用できますが、現在の音楽ファンドはCDの制作・販売を目的としているようです。
似たような投資商品として、アイドルファンドというものもあります。アイドルファンドは、アイドルタレントの写真集やDVDなどを発売してその収益を分配します。ほかに、映画やゲームソフトに投資するファンドが設定されることもあります。いずれのファンドも商品の性格は似ているので、ここでは音楽ファンドに話を絞ります。
現在募集されている音楽ファンドの規模は、1件あたり総額数十万円から数百万円にわたっています。実際の募集にあたっては、これを1万円程度まで小口化することにより、一般の人でも出資できるようにしています。
ミュージシャンのファンになるのはほとんどが一般の消費者でしょうから、小口化は重要なポイントです……と言いたいところですが、実態としては、投資のことをよく知らない一般の人に販売できるように小口化せざるを得なかったのではないかと私は考えています。
音楽ファンドは、目の利く投資家が投資する商品ではありません。
音楽ファンドが登場する前は、芸能プロダクションが無名の新人を発掘しては売り込み、成長させてきました。
新人には、これからブレイクするかどうか分からないという大きな不確定要素があります。多くのファンを獲得してプロダクションの屋台骨にまで成長する人材がいる一方で、鳴かず飛ばずのまま消えていく人材も数知れません。プロダクションは、大当たりか大はずれかの極端な世界に身を置いてきました。
逆に言えば、プロダクションは、売れなかった人材につぎ込んだ費用を、売れた人材の収益でカバーしています。
損失を利益でカバーする考えは、新興企業への出資でも同じです。
新興企業のうち、生き残るのは1割もないと言われます。しかし、たとえ9割の企業に投下した資本を回収できなくても、残り1割の企業が急成長すれば損失をカバーして余りあるだけの収益を得られます。新興企業に投資するときには、トータルで利益を上げられるように投資先企業を選ぶ (ポートフォリオを組む) のが重要なポイントです。
銀行も、似たような方法で損失をカバーしています。
企業に資金を貸し付けると、必然的に一部の企業から融資を回収できない (貸し倒れが発生する) 危険性を背負うことになります。銀行は、利息収入で貸し倒れ損失をカバーできるように利率を決定します。もちろん、回収できない危険性が高いと判断すれば融資を断ります。
このように、投資というものは基本的に損失を別の利益でカバーするように行います。この点は芸能プロダクションも同じです。先ほど触れたように、売れなかった人材につぎ込んだ費用を、売れた人材の収益でカバーします。
そこに音楽ファンドが登場しました。
一見すると、今までプロダクションが背負ってきたリスクを一般投資家が対等な立場で負うように見えます。
しかし、本当に対等なリスクを負っているでしょうか。
現行の音楽ファンドは、CDを販売した収益から配当を支払う形をとっていますが、どれもこれも収益分配の期間が限定されています。
例えば、株式会社ライツバンクのWebサイトで募集された音楽ファンドの収益分配期間 (同社の呼び方では償還期間) は、ほとんどが1年程度に設定されています。その期間を過ぎると、たとえCDが売れても、そのミュージシャンが大ブレイクしたとしても、その収益は投資家に分配されません。
ミュージシャンの人気が出れば、プロダクションは本格的な売り込みをかけるでしょう。しかし、そのときにもあえて音楽ファンドを設定するとは考えられません。メジャーデビュー後に一般から出資を募らないとすると、その収益は所属プロダクションが享受することになります。
ここで、メジャーデビュー後の収益をプロダクションが享受することについて考えてみます。
新人に対する投資リスクは、デビュー時に特に大きくなります。新人には何の実績もなく、デビューさせても売れるかどうか分かりません。しかし、売り出さないことにはブレイクもしません。音楽ファンドを設定しない場合は、このリスクをプロダクションが負います。
一方、音楽ファンドを設定すれば、その最も高いリスクを一般投資家に負わせることができます。音楽ファンドで新人に実績を作らせ、実力と人気を見極めた上でメジャーデビューに導くとしたら、有望な新人をピンポイントで狙う一本釣り。プロダクションは、音楽ファンドという試金石を利用してリスクを劇的に下げることができます。
プロダクションにとって音楽ファンドとは、リスクを投資家に転嫁して大きなリターン (収益) を期待できる、夢のような仕組みなのです。
果たして、ミュージシャンの成長に伴う収益はプロダクションが独占するべきでしょうか。最もリスクの高い時期を支えた投資家も、その恩恵にあずかってしかるべきです。しかし、現状の音楽ファンドはそのような仕組みになっていません。
音楽ファンドに投資するということは、大ブレイクの収益を得る権利を放棄して立ち上げのリスクだけを負うということです。投資家にとっては、リスクに対してリターンが極端に低いのです。
プロの投資家が音楽ファンドに投資しない理由のひとつに、リスクに対するリターンの低さがあるのは間違いありません。
もちろん、機関投資家は音楽ファンドに投資しません。運用資産が数十億円から数兆円に及ぶ機関投資家にとって、1件あたり数百万円しかない音楽ファンドは細かすぎて投資できないという理由もありますが、たとえ音楽ファンドを100本まとめて3億円の規模にしても、機関投資家は手を出さないはずです。
機関投資家に限らず、それなりに勉強している投資家は、音楽ファンドではなく、プロダクションに直接投資するでしょう。そうすれば、大ブレイク時の収益も享受でき、リスクとリターンのバランスが取れますから。
もちろん、音楽ファンドへの出資は利益の追求だけではなく、好きなミュージシャンを応援するという側面も持っています。特定のミュージシャンのファンになったのなら、音楽ファンドに出資するのも悪くありません。ただし、上述の理由から音楽ファンドを「投資」と考えるわけにはいきません。出資金は「お楽しみ」の代金と考えるべきで、収益を期待するのは的外れです。
あちこちの新聞で音楽ファンドが新しい投資形態として紹介されているようですが、音楽ファンドの負の側面をクローズアップしている記事はまだ見たことがありません。
あなたは音楽ファンドに投資しますか?