みぃちゃんの頭の中はおもちゃ箱

略してみちゃばこ。泣いたり笑ったり

樹上の水盤 (第1500回記念)

2008年09月20日 23時07分12秒 | 草木をめでる
park006.jpg: 植木の上にクモの巣が張っている
COOLPIX 3100, Programmed AE (F=4.1, SS=1/282.3s), -0.3EV (Matrix metering), ISO100, WB=Sunny, f=13mm (35mm-equivalent: 86mm)

低い木の上にキラキラ光る円盤がたくさん。まるで、雨が上がってあちこちに水たまりができたみたい。

近づいてよく見ると、クモの巣でした。

こんな風に巣を張るクモがいるなんて、驚きました。

2004年10月24日から書き始めたこのブログの記事数が1500件に達しました。

昨日の時点では、ブログ開設以来の累計ページビューが40万5千件、アクセスIP数が延べ13万7千件を超えています。ありがとうございます。お楽しみいただけているなら何よりです。

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2007年5月24日: 柳が織りなす綾 (第1000回記念)

覚えちゃった……

2008年09月19日 22時26分09秒 | 日常のあれこれ
私の友達は国指定の難病 (特定疾患) にかかっていて、たくさんの薬を飲んでいます

1日分を合計すると、11種23錠と4種8包にもなります。

これだけ種類が多いと管理が大変です。友達は、倒れた後、ずっと頭が痛くてボーッとしていたので、大量の薬を自分で管理できず、代わりに私が薬を管理していました。

一応、薬の外袋にはいつ飲むか、何錠飲むかなどが書かれていますが、その通りに飲むと量が足りなくて症状が改善されなかったり、副作用で眠くて眠くて何もできなくなったりする薬もあります。そのような場合には、医師と相談して飲む量やタイミングをずらしているので、外袋の表示どおりに薬を準備するだけでは不十分です。

分かりやすく整理するために薬リストを作ったほどです。

何回か薬リストを見ながら友達の薬を管理していたら、どの薬をいつ何錠飲むかをすっかり覚えてしまいました。

今、友達は海外に滞在しており、私が薬を管理することはありませんが、それでもちゃんと覚えています。

薬の名前だけでなく、錠剤やカプセルの色、形、台紙の色も覚えています。効能を聞いた薬については、効能も覚えています。

受験勉強のように躍起になって暗記しようとしたわけでもないのに、自然と頭に入っていました。

私の頭の中でどう記憶されているかというと、このメモが画像として頭に入っています。語呂合わせで覚えたわけではありません。

ですから、「朝食後に飲む薬は」と聞かれると、まず頭にメモのイメージが浮かびます。頭の中のメモを見ながら、箇条書きをひとつひとつ消去するように薬の名前を挙げることができます。薬の色や形なども、映像として覚えています。

薬の名前を言われたときも、まず頭にメモのイメージが浮かびます。そして、その薬がメモのどの場所に書かれていたかを思い出して、その薬をいつ飲むかを答えられます (例えば、メモの右上に書かれている薬なら、寝る前に飲む薬です)。

私の記憶はそんな感じで、画像として覚えることが多いです。

かつて、ある国家試験を受験したときも、参考書の内容を画像として覚えていました。

そのときは、蛍光ペンで重要箇所に線を引いていました。線を引くと、最終的にはページごとに独特の模様が描き出されます。

試験問題に取り組むときには、関連した参考書のページが思い浮かびました。

頭には、蛍光ペンで描かれた模様が浮かびました。法令の規定を思い出そうとすると、線を引いた箇所の文章が思い浮かんだりもしました。

どうやら、私の記憶は、高校生の頃から画像を手がかりにしていたようです。

ただし、今回の薬リストは、文字まで鮮明に読める画像として記憶されているわけではなく、薬の名前が頭の中の別の場所に記憶されているように感じます。

一口に画像として覚えると言っても、記憶の定着の仕方はいろいろあるようです。



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百万円トイレットペーパー

2008年09月18日 19時01分39秒 | 日常のあれこれ
百万円トイレットペーパー。

百万円札が印刷されています。

うわさには聞いていましたが、現物を見るのは初めて。何だか使うのがもったいない気がします。貧乏性?

友達の家で見つけました。



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たったひとりで

2008年09月17日 22時58分21秒 | 日常のあれこれ
カロリーメイトを食べ終わり、がらんとした救急待合の長イスに座って携帯電話で (電波が出ないモードにして) ブログを書いていると、医師が友達の名前を呼びました。
「○○さん」
「はい」
「あなたは?」
「友人です」
医師に導かれて中に入ると、友達は点滴を受けていました。とりあえず、これで脱水状態は防げます。

医師からは、各種検査を行ったが異常な数値は出ていないと聞いていました。処置をされている間は、しきりに私のことを気にしていたとも。

「来たよ」

友達は、ベッドに横たわり、タオルを顔に当てたまま、うめいたり、あえいだり。

私にできることは、肩に手をのせて、声をかけてあげるくらい。それしかできません。

友達は、たったひとりで頭痛や吐き気と戦っています。そんな友達を前にしても、私は何もできません。

友達に頼まれて、お姉さんに連絡をとりました。

救急外来では携帯電話を使えないので、いったん外に出て電話をかけます。

お姉さんが仕事帰りに送ったと思われるメールは入ってきましたが、肝心のお姉さんにつながりません。

留守電にメッセージを吹き込んで、メールを送信しておきました。

「移動中かも知れないね。またしばらくしたら外に出て確認してくるよ」

友達の気力が途切れないよう、励まし続けます。

こんな小さな体で、たったひとりで戦って……。

「お姉さんからメールが入ってたよ」

メールを読み上げると、友達は声を上げて泣き始めました。

「絶対、来てくれるよ。大丈夫。まだ終電まで時間はあるから」

私には、肩に手をのせて、励まして、冗談を飛ばして笑わせることくらいしかできません。

目の前で友達が苦しんでいるというのに、何もできません。

何て無力なんでしょう。

もどかしい。

情けない。

ようやくお姉さんと電話がつながった頃には、1時間が経っていました。

その後、離れて暮らすお姉さんが病院に到着するまで、実に2時間。

「○○ちゃん。○○ちゃん、どうしたの?」

お姉さんの声に、友達が泣き崩れました。

ずっとひとりで頑張ってきたんだね。

心細かっただろうに。

私の目もうるんできます。でも、もらい泣きしてる場合じゃない。我慢、我慢。



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突然のことでした

2008年09月16日 23時08分50秒 | 日常のあれこれ
突然のことでした。

仲よしの女友達の家に着き、ドアをノックすると、しばらく時間を置いてドアが開きました。

初めて友達の家を訪ねるわくわく気分は、一瞬で吹き飛びました。

玄関に現れた友達は、口にタオルを当て、うつろな目で、生気が完全にうせていました。先週、終電になるまで盛り上がった元気は見る影もありません。

柱や家具に手をついて、かろうじて立っていました。

部屋に戻ろうと一歩を踏み出しても、かかとが親指の前に出るか出ないかといった程度です。静止した水面に何とか浮かび、さざ波に揺られるのさえ はばかるような足取りでした。

1週間ほど前に体調を崩して救急外来の世話になったと聞いていました。それ以来、メールには抜け殻のような状態だとも書かれていましたが、メール本文はしっかりしており、私への気遣いにもあふれた文面でした。

その友達がフラフラになっています。私に心配をかけまいと気を張っていたのでしょう。

部屋に戻ると、友達は横になりました。

「頭を動かすと気持ち悪いの」

横になったままタオルで口を押さえ、吐き気を催しにくい頭の位置を求めて、ずるりずるりと体をずらしていく友達。

ときどき、ウッとうめいては、苦しそうに吐きます。

出てくるのは黄色い胃液だけ。

「引き出しの2段目にタオルがあるから……取ってきて……」

新しいタオルを手渡し、汚れたタオルを引き取りました。

どうしたらいいんだろう。

どうしていいか分かりません。

突然のことでした。

その日は、友達の家を訪ねて、実際にパソコンを使って仕事の手順を説明することになっていました。ふたりで作り上げた企画がようやく動きだそうとしていた矢先のことでした。

私の目の前で、大切な友達が、頭痛と吐き気で苦しんでいます。

テーブルの上には、水の入ったコップがありました。

友達は、すするように水を飲みました。

「ごめんね。今日はお仕事するはずだったのに」

「そんなことは どうでもいいよ。私ひとりでも できるから。今日は遊びに来るつもりだったし。ゆっくり休もうよ」

下降線をたどっていた体調が、悪い出来事が引き金となって一気に崩れたようです。

友達は、ウッとうめき、また黄色い液体を吐き出しました。

何も吐くものがないのに、まだ吐くなんて。

私は胃腸が弱く、吐き気を催したことも何度もありますが、ここまでひどい吐き気に襲われたことはありません。ましてや、胃液ばかりを吐き続けたこともありません。こんな状態で看護されたこともなければ、こんな状態の人を看護したこともなく、どう処置していいかまったく分かりません。

目の前には、私の想像を超えた苦痛にあえぐ友達が横たわっています。

どうしたらいいの?

私にできることは何?

とりあえず、流しに行って、汚れたタオルを洗いました。念入りに洗うと、タオルは水浸しになりました。

冷たいタオルを頭に載せたら多少は気が紛れるかも。

友達の頭にタオルを載せました。
「気持ちいい」

これくらいしかできない私って何? 私が何とかしないといけないのに。

「今日、みぃちゃんが来るから、頑張ってお部屋を片付けたんだよ」

私のお部屋よりずっとスッキリしてるよ。具合が悪いなら、そんなに無理しなくていいのに。

友達は、またウッとうめくと、立て続けに3回吐きました。生々しい黄色の液体はタオルからあふれ、クッションに染みを作り、ワンピースに落ち、畳の上を流れました。

こんなに吐くなら、タオルが何枚あっても足りません。洗面器、洗面器……。

友達は、その後も断続的に吐き続けました。

食べるどころか、水さえ飲めずに吐き続けるなら、衰弱するのは時間の問題です。

「救急車を呼ぼうよ」

救急車を呼ぶのには少しためらいがありました。最近、救急車の安易な利用が社会問題になっています。今回のケースはコンビニ受診に該当するのか、しないのか。でも、私ひとりでは友達をタクシーに乗せることができません。救急車を呼ばなきゃ。

住所が分かるものは?

部屋の中を見回すと、封筒が目に留まりました。

「これ、借りるよ」

救急車を呼ぶのは初めてです。どういう展開になるのかドキドキします。意を決して119番にダイヤルしました。

「今、来るからね」

救急車を待つ間も、友達は断続的に吐き続けました。

やがてサイレンが近づいてきました。

「来たよ。呼んでくるから待っててね」

玄関から飛び出し、道路に向かって大きく手を振りました。

3人の救急隊が部屋に入ってきました。

私は、救急隊の指示に従って毛布を用意したり、靴を用意したり。戸締まりも忘れちゃいけない。あ、さっき吐いて服が汚れちゃったんだっけ。たんすを引っかき回して着替えを用意します。どこに何があるか分かんないよー。コーディネートなんか気にしてらんない。トップスとスカート、インナーだけ、とにかく引っ張り出してバッグに押し込みました。

あとは救急隊にお任せ。キンキンに冷房の効いた救急車の中では、隊員が手際よく友達の体に電極を取り付け、機器につないでいきます。

救急車に同乗して、救急外来へ。友達は脈拍も心電図も安定しているようで、一安心。

この日、友達の家に来ることになっていたのは、不幸中の幸いでした。友達はひとり暮らしをしています。私が来なければ、友達は誰にも助けてもらえずに、ずっとひとりで苦しみ続けたはずです。

ここまで来れば大丈夫。すぐに楽になれるよ。あと少しだけ、頑張ってね。



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