大阪に居住したいたころよく奈良のお寺をめぐった。
地図を広げて、今日はここ。と一つお目当てのお寺を決めるのも楽しみだった。
集印帖などを持参し、目の前で書いていただいた。
さらさらと文字を書いて、最後に朱印を「ぺたっ」と押して終わりの手順を見ているのも
嬉しい時間だった。
仏像は、どちらかといえば鎌倉時代のが好みだった。
修学旅行で見た弥勒菩薩半跏思惟像に、心ひかれ、乏しい小遣いから、手のひらに乗るくらいの
小さな像を思い出にと買い求めた。
この像は何度となく引っ越しをしたが、いつもお付き合いいただた。
以前、所属していた合唱団の仲間に仏像を彫る人がいて、展示会に招かれて、足を運んだり
善光寺さんへ、グループで出向いた時には、お寺のお参りの仕方を教わったりした。
しばらく仏像に対面する機会がなかった。
時折、美術館に無性に行きたくなることがある。
先日、「奈良の古寺と仏像展」という予告ポスターを目にして、仏像を見たくなった。
仏像は語る 何のために作られたのか
宮元健次
光文社新書
地図を広げて、今日はここ。と一つお目当てのお寺を決めるのも楽しみだった。
集印帖などを持参し、目の前で書いていただいた。
さらさらと文字を書いて、最後に朱印を「ぺたっ」と押して終わりの手順を見ているのも
嬉しい時間だった。
仏像は、どちらかといえば鎌倉時代のが好みだった。
修学旅行で見た弥勒菩薩半跏思惟像に、心ひかれ、乏しい小遣いから、手のひらに乗るくらいの
小さな像を思い出にと買い求めた。
この像は何度となく引っ越しをしたが、いつもお付き合いいただた。
以前、所属していた合唱団の仲間に仏像を彫る人がいて、展示会に招かれて、足を運んだり
善光寺さんへ、グループで出向いた時には、お寺のお参りの仕方を教わったりした。
しばらく仏像に対面する機会がなかった。
時折、美術館に無性に行きたくなることがある。
先日、「奈良の古寺と仏像展」という予告ポスターを目にして、仏像を見たくなった。
仏像は語る 何のために作られたのか
宮元健次
光文社新書