玄文社主人の書斎

玄文社主人日々の雑感もしくは読後ノート

落雷被害

2014年01月16日 | 日記
 昨年十二月十一日深夜の落雷の影響は深刻なものがあった。柏崎市役所庁舎を雷が直撃したということで、市役所のコンピューターに係る業務が全てストップした。コンピューターの方は十二日午前十時十分に復旧したが、防災行政無線が復旧したのは十三日の午後一時十分だった。
 タイムスの事務所も市役所の近傍にあるので、落雷によって大きな影響を受けた。事務所の電話機の外線ランプが点きっぱなしになって、電話を受けることもかけることもできない。自宅の電話もおかしいし、それにつながっているコンピュータのネット回線もいかれたらしく、インターネットに接続できない。
 新年号の原稿や写真がメールで入ってきているのに、どうしようかと思ったが、まあ“命をとられることはあるまい”と、落ち着いて対処することにした。自分ではどうにもならないことに右往左往しても始まらないではないか。専門家に任せるより手はない。
 修理を頼んで見てもらうと、屋外の保安器のヒューズは飛んでいるわ、電話機とISDN装置はいかれているわだったが、なんとか事務所の電話とFAXの復旧は十二日のうちに完了した。しかし、インターネットの復旧ができない。ADSLのモデムとパソコンの両方がいかれているらしい。
 モデムの取り換えを頼むためにNTTの113に電話するのだが、何回かけても話し中でつながらない。十三日はそれでつぶれた。十四日にやっとつながって、十六日にモデムの交換はできたが、やはりパソコンがいかれているようで、どうしてもつながらない。
 パソコンの業者に来てもらって、代替品を借りて復旧したのは十六日の夕刻であった。五日間に膨大なメールが溜まっていて、それを整理するのに往生したが、なんとか新年号の編集には間に合った。
 どうもパソコンは買い替えなければならないようで、被害総額は十万円以上にもなる。パソコンがなくて済む世界に暮らしたい。

越後タイムス1月1日「週末点描」より)


来年年末回顧ができるだろうか?

2014年01月16日 | 日記
 もう一年回顧の時期がやってきた。年ごとに一年経つのが早く感じられる年齢になってきたということだ。今年は身近にいた人間三人を、私に近い年齢で失くした年であった。一人は同級生であり、六月に発症して、なんと一カ月で帰らぬ人となってしまった。世の中一寸先は闇であり、いつ誰の身に何が起こるか分からない。だから思い残すことのないように、悔いなく生きなければならないと思う。そのためには重大な決断が必要な時もあろう。
 この一年は、後世にどんな年だったと振り返られることになるのだろう。特定秘密保護法案が成立し、時代が元来た道に戻り始めた年と回顧されることになるのだろうか。そうはならないように監視し続けなければならない。
 今年もいろんな講演を取材したが、平山征夫氏の良寛論に名を借りた反アベノミクス論が耳に残っている。平山氏はアベノミクスに代表される経済至上主義に対して、良寛の無私無欲を対峙させた。
 経済至上主義が国民全体の幸福をもたらさないことは、アメリカや中国の現状を見れば明らかなことである。アメリカは“貧困大国”であるし、アメリカに追従する日本もまた“貧困大国化”を進めている。それは一部の人間にしか幸福を与えない。
 中国の格差社会のことを言う前に、我々は日本国内の地方と都市の格差にも目を向けなければならない。これもまた経済至上主義の結果するところに他ならない。疲弊しているのは柏崎だけではない。だから疲弊している者同士の競争を煽るような言説は、これを否定しなければならない。
 一年後にも年末回顧ができるだろうか。

越後タイムス12月10日「週末点描」より)