玄文社主人の書斎

玄文社主人日々の雑感もしくは読後ノート

Beth Hart, War in My Mind(2)

2019年07月23日 | 日記

 曲はサビの部分に入っていって、この聴かせどころがかなり長い。Bethのヴォーカルは、曲が重力に従って落ちていきそうになるのを力業で持ち上げていく。この辺で着地するかと思われるところを、さらに上昇させ、まだまだ……という感じで続いていく。

And this is more than I can handle
Give me something strong

to fill the hole

の部分が最大の山場となる。息苦しいほどの緊張感が続く。歌詞からも分かるように、ここは悲痛な叫びの部分で、このようなストレートな歌詞がこれまでの彼女の曲になかったわけではない。

 War in my mindというフレーズはBlack in my soulからBlood on the wallへと引き継がれていく。Warはもちろん比喩的な表現であって、実際の戦争のことを言っているのではない。彼女がこれまで生きてきた場面での苦闘の連続のことを言っている。

 たとえば2007年のCrashing DownやAt the Bottomも、彼女の苦渋の人生をストレートに歌った曲であった。しかし、War in My Mindのような、ストレートでありながら普遍的な意味を帯びた歌にはなっていなかった。

 Beth Hartはインタビューに答えて次のように言っている。

More than any record I've ever made, I'm more open to being myself on these songs, I've come a long way with healing, and I'm comfortable with my darknesses, weirdnesses and things that I'm ashamed of – as well as all the things that make me feel good.

 彼女の言葉は、彼女の言ってみれば〝私小説的〟な性格について多くのことを示唆している。大切なのはI'm comfortable with my darknesses, weirdnesses and things that I'm ashamed ofの部分である。彼女は自分自分を気持ちよくしてくれるものと同じくらいに、自分の中の暗い部分、奇異な部分、自分で恥と思う部分に居心地の良さを感じると言っているのである。

 暗いもの、否定的なものへの執着はそこから生まれる。War in My Mindはそういう歌である。厳しい歌である。魂の底まで触れて欲しくない人にとっては疎ましい歌でもあろう。しかし、暗いもの、否定的なものの慰謝は、曲を聴く者へと確実に伝染していく。この救いのないBlack in my soulこそがある種の聴衆に、悦びと慰めをもたらすだろう。それはBethのBlack in my soulを共有できる者に限られるだろうが。

 War in My Mindとは何か。もう一度Bethの言葉に耳を傾けてみよう。

On this album, I'm even closer to vulnerability and openness about my life, about love, addiction, my bipolar, my dad, my sister.

彼女のファンなら誰でも知っている十代からの薬物中毒、bipolar-disorder(躁鬱病)、母を捨て他の女と暮らした父のこと、薬物のため十代で死んだ妹のこと、そんな体験に今まで以上に意識的に近づこうとしているのだ。

 現在Bethは愛する夫を持ち、アーティストとしても成功を遂げ、もうそうした苦闘の時代を過ぎていると思われるのに、未だにこれほどに暗く悲しい曲を書くことができる。暗いもの、否定的なものへの親和性は彼女の身に染みこんでしまっているのだ。彼女が本物である証しである。

(この項おわり)

 


Beth Hart, War in My Mind(1)

2019年07月22日 | 日記

 19日、アメリカのブルース・シンガーBeth Hartから(正確にはBethのファンクラブ事務局から)ニュー・アルバムのアナウンスが届いた。私はBethのファンクラブ会員になっているので、新しい情報は最も早く届くことになっている。ニュー・アルバムのタイトルはWar in My Mind。タイトル曲のビデオもついてきたので、早速聴いてみた。

 驚いた。心底驚いた。ピアノのイントロから始まるが、そのイントロはこれまで聴いたどの曲よりも暗くて悲しい曲調である。こんなに悲しい曲はバッハのカンタータ21番「わが胸に愁いは満ちぬ」以外に聴いたことがない。もちろん彼女のこれまでの暗く重苦しい曲、たとえばCaught Out in the Rainと比べても、Baddest BluesやFire on the Floorと比べてもはるかに悲しい。この世の悲しみを一手に引き受けたような曲なのだ。

 イントロを聴いただけでこの曲はBeth Hartの代表曲となるだろうことを了解した。彼女は2016年にオリジナル・アルバムFire on the Floorを出し、2017年にはJoe Bonamassaとの共作アルバムBlack Coffeeを出した。その後はツアーに専念し、ライブ・アルバムを二つ出しているが、オリジナル・アルバムからは遠ざかっていた。

 ただ、ニュー・アルバムの制作をツアーの合間に行っているとの情報は入っていたので、今年出るとは思っていた。ただ新曲を聴くのが怖かった。数々の名曲を作曲し、歌ってきたBeth Hartだが、いつでもそれ以前の曲を乗り越えることができているかと言えば、必ずしもそうではない。

 前作の前作Better than Homeはブルース・シンガーのアルバムとしては物足りない作で、前作のFire on the Floorで彼女はそれを凌駕して見せたのだったが、それ以上のことができるのだろうか。あの名曲以上の名曲を作れるのだろうか。ファンとしてはいつでもそれが不安なのである。

 ところがBeth HartはWar in My Mind一曲で、Fire on the Floorさえも軽々と超えてしまった。恐るべき才能である。

 私は2017年の後半から2018年11月にフランスのサン=ジェルマン=アン=レーで、彼女とそのバンドのコンサートを聴くまでのほぼ一年半、Beth Hartの曲だけを聴き続けてきた。日本ではほとんど知られていないが、彼女の歌唱力と声量、音域の広さは、現存の女性シンガーの中で一番だと思っているから、他のアーティストの曲を聴く必要すら感じなかった。

 しかしいつまでもオリジナル・アルバムが出ないと、ついつい浮気がしたくなるのも当然で、今年前半はBethが高く評価していたイギリスのAmy Winehouseや、このところ彼女のバンドと一緒にツアーで廻っているKenny Wayne Shepherd Bandなどを聴いてきた。

 でも私には帰っていくべき場所がある。Amy Winehouseの異常とも言うべきイントネーションと、それが醸し出す圧倒的情感には代え難いものがあるが、Bethの声量と音域の広さを彼女は持っていなかった(2011年に薬物中毒と飲酒のために死亡)。Kenny Wayne Shepherdのギターは、その超絶的な技巧とソウルフルな情緒において並ぶものがないが、いかんせんヴォーカルが弱い。Noah Huntのヴォーカルは好感が持てるのだが、Beth Hartの歌唱力と声量に遠く及ばない。

 War in My Mindはイントロから突然のギターの破裂音に続いて、Bethの歌に入っていく。

 War in My Mind

 There‘s a war in my mind

の部分の繰り返しがこの曲のベースとなる。それがイントロで聴いたピアノに伴われて続いていく。最初のWar in my mindのところで、背中に戦慄が走る。a chill down my spine

というやつである。彼女の曲では何度このa chill down my spineを体験してきたことだろう。だが今度のやつは今までのものとは次元が違っている。

 それにしてもこんなに悲しい曲があるだろうか。まるで葬送の曲のようだが、彼女はそれをいつにも増した力強いヴォーカルで聴かせていく。バラード調の曲はどうしてもヴォーカルが不明瞭になりがちだが(声量を落とすから)、Bethの場合はそんなことにはならない。

 あくまでも発音はクリアーで、力強い。こんなことができるのもBeth Hartだけではないか。まだ若い時のLearning to Liveの〝力強いバラード〟を思い出す。しかし、War in My Mindはバラードと言うよりもあくまでもブルースなのである。

 


ベス・ハート、ライブ(12)

2018年12月29日 | 日記

 最後の2曲は7枚目のオリジナル・アルバムBetter Than Home(2015)から1曲と、5枚目のオリジナル・アルバムMy California(2011)から1曲という選曲であった。


アルバムBetter THan Home

 私にとってこの選曲はそれほど嬉しいものではなかった。Better Than HomeもMy Californiaも私にとって重要なアルバムではないからだ。バラード調の曲ばかりが多くて、ベス・ハートらしい重厚なブルースの曲が少ないからだ。
 Better Than Homeで素晴らしいと思うのは、てっきりスタンダードのカバー曲かと思うくらい出来のいいブルースTell Her You Belong To Meくらいだし、My Californiaではボーナス・トラックで入っているアレサ・フランクリンのカバー曲Oh Me Oh Myしか認めないなどという人もいるくらいなのだ。
 コンサートの最後にこのようなバラード調の曲を持ってくるのは、最近の彼女の傾向にあるのかも知れない。今年最初のライブ・アルバムFront and Centerで最後の曲はNo Place Like Homeだし、今年2枚目のライブ・アルバムLive at Royal Albert Hallでの最後の曲はPicture in a Flameだった(アンコール曲を除く)。
 こうした傾向はオリジナル・アルバムFire On the Floorでの曲の配列から来ているのかも知れない。Fire On the Floorでは最後に静かな曲を二つも並べているからである。Picture in a FlameとNo Place Like Homeがそれである。
 Fire On the Floorでは最初、こんな曲の並べ方でいいんだろうかと思ったが、しかし何回も聴いているうちに馴れて来るというか、これしかないと思うようになるから不思議だ。まあ、最後をきれいな曲で締めくくって、アンコールで重厚な曲をたっぷり聴かせようという意図がそこには窺える。
ということで15曲目はBetter Than Home から Mama This One's for You。ひたすら母親への感謝の気持ちを歌ったもので、さんざん母親の悲惨な人生をテーマにして、公衆の眼に晒してきたことへの謝罪の気持ちもあるのかな。
 こういう素直な曲は本来好きではないが、しかしまあ、この曲の美しさはどうだろう。特に

 Oh mama I saw the world
And it was good
And full of kindness

のサビの部分は、美しい曲をたくさん書いてきた彼女の曲の中でもとりわけ美しい部分ではないか。
 16曲目のTake It Easy On Meは歌詞をきちんと読むまで好きな曲ではなかったが、神様に対して手加減を求める歌詞が切実で、思わず好きになってしまった。もちろん彼女の辛い人生体験を背景にした歌で、神に対する恨みとも取れる歌詞である。
 ということでステージ上に誰もいなくなるが、アンコールの拍手に応えて登場したベス・ハート・バンドはまたもやBetter Than Homeの中からTroubleの演奏を始めるのであった。
 完全にロック調の曲で元気も調子もいい曲である。歌詞も何か意味深な感じがするがよく分からない。この曲も結構あちこちでアンコール曲として使われているが、適当なところだろう。最後にすっきり、さっぱりという感じかな。
 しかし、私には密かに期待していることがあった。恐らくだめであろうがアンコールとして私はCaught Out In the Rainを聴きたかったのだ。彼女の曲の中で最高の曲とも言えるこの曲、重厚なブルースを最後の最後に聴きたかった。
 この曲はヨーロッパ人が特に好きなようで、スイスやフランスでも過去にアンコール曲としている。このような重苦しい曲はアンコールには向いていないのかも知れないが、彼女のヴォーカルの様々な形を一曲で堪能できる曲でもあり、その長さもベス・ハートとのお別れの曲に相応しいものがあるからだ。
 しかしそうはいかなかった。でも12月に入って発売になったライブ・アルバムLive at Royal Albert Hallで、これまでの最高の出来とも言えるヴァージョンでこの曲が聴けることで良しとしよう。ロンドンの観客が羨ましくもあったが。
 ということで、1時間半のコンサートはあっという間に終わってしまった。長々と書いたのは後で考えたことであり、その時には緊張のあまり、ものを考えられる状態ではなかったことを告白しておこう。
(この項おわり)


ベス・ハート、ライブ(11)

2018年12月27日 | 日記

 6枚目のオリジナル・アルバムBang Bang Boom Boomから2曲続く。13曲目はThere in Your Heart、14曲目はBaddest Bluesである。

 まずこのアルバムについて少し触れておきたい。2007年の37Daysから2011年のMy Californiaにかけて、なぜかブルースから遠ざかるような感じが見えていたときに発表された、このBang Bang Boom Boomはブルースへの回帰として位置づけられるアルバムである。


アルバムBang Bang Boom Boom

 そればかりでなくこのアルバムには、彼女の代表作として残っていくだろう作品が満載で、彼女の作曲能力を裏付けるものとして、最も完成度の高いアルバムだと思う。
 前にも取り上げたCaught Out in the Rainもこのアルバムに入っている曲だし、彼女の曲の中では最もコマーシャルな(実際に企業のCMソングとして使われたことがあるらしい)曲、Bang Bang Boom Boomはこのアルバムのタイトル曲である。コマーシャルだからと言って決して悪い曲でもつまらない曲でもない、不思議な魅力のある曲である。
 そして彼女の曲の中では最も清澄感のあるThru the Window of My Mindも、彼女が唯一レゲエに挑戦したThe Ugliest House on the Blockもこのアルバムの曲なのだ。
 必ずしも全曲ブルースというわけではなく、ジャズっぽい曲もあれば、バラード調の曲もあるが、ベースが重厚なブルースにあることは、1曲目のBaddest Bluesと4曲目のCaught Out in the Rainを聴けば分かる。
 私は彼女のこのブルースへの回帰は、ジョー・ボナマッサとブルースのスタンダードのカバー曲を収録した、2011年のDon't Explainでの体験によってもたらされたのではないかと思っている。
 Don't Explainがカバーしているのは、トム・ウェイツであり、ビリー・ホリデイであり、エタ・ジェイムズであり、アレサ・フランクリンでありといった、錚々たるシンガー達であるからだ。
 デビュー・アルバムImmortalのAm I the One以来、ヘビーなブルースから遠ざかっていた彼女は、ボナマッサとの共演でブルースのスタンダードを学び(あるいは学び直し)、このアルバムのCaught Out in the RainやBaddest Bluesのようなブルースの名曲を残すに至ったと考えている。
 There in Your HeartはThru the Window of My Mindと同じように清澄感のある曲で、彼女がライブで多く取り上げるのはこちらの方である。Thru the Window of My Mindは難曲で、ヴォーカルのハードルが高すぎてライブだと失敗の恐れがあるからかな。
いずれにせよThere in Your HeartはThru the Window of My Mindほどの難曲ではないし、かなり単純な曲とも言える。しかし単純な曲ほど彼女のヴォーカルのヴァリエーションが聞けるので、馬鹿にしてはいけない。
 それにしてもこの曲の清澄感はどこから来るのだろう。Thru the Window of My Mindには宗教的なイメージもある。There in Your Heartにもそんな感じを受けないでもない。歌詞はあるが、隠喩が多くて本当に言いたいところを判読できない。
 14曲目のBaddest Bluesはブルースの定番である、愛の苦しさを歌ったものである。There in Your Heartの清澄さに比べてなんという暗さだろう。この曲とCaught Out in the Rain、Fire on the FloorのLove is a LieとFire on the Floorの4曲が最も暗くて重い曲である。
 ベスはあるインタビューに答えて、Baddest Bluesについて次のように言っている。
 
The Lyrics was inspired by my mother, inspired by Billie Holliday and inspired by a pain from love, but a pain you choose to go into, but a pain you choose to get up out of.

 やはりこの曲も母親のことを歌っていたのか。母親の辛い過去をテーマに歌って重苦しいベスの歌も、現在の母親に対しては、美しく、清澄な歌となる。その例が次の曲だ。

 


ベス・ハート、ライブ(10)

2018年12月24日 | 日記

 11曲目、12曲目ではアコースティック・ギターで聴かせる。ジョン・ニコルズとベス・ハートの二人が中心となっての演奏である。ベスは11曲目でアコースティック・ベースを弾き、12曲目ではアコースティック・ギターでコードを弾きながら歌う。

Isolationでアコースティック・ベース(アレクサンドル・デュマ劇場)

 11曲目のIsolationは彼女のデビュー・アルバムImmortalの3番目の曲で、タイトルから分かるように彼女が精神病治療の施設に隔離されたときのことを歌った曲である。前振りでI was insaneとか、medicationとか言っているし、次のような出だしの歌詞を見れば一目瞭然である。

 So you think I'm crazy
 Want to take me away
 Inject me with electric shock

 彼女の病気はbipolar disorderと言われているから、躁鬱病のたぐいだと思う。実際に彼女はこの病気で治療を受け続けてきた。One Eyed Chickenなどはそんな彼女自身のことを、メタフォリックに歌ったものだが、Isolationの方はあまりに直截的である。
 しかし、逆にIsolationという曲は少しも暗くないし、むしろ開き直って歌っているという印象を受ける。この曲もオリジナル・アルバムではフルバンドの演奏であったものを、アコースティックの曲に編曲して歌っている。
 この曲とImmortalではこの前の曲Spider in My Bedとの2曲を、彼女はライブではアコースティック・ベースを演奏するが、もともとクラシックのチェロをやっていた彼女にとって、弦楽器は馴染みの深いものなのでびっくりすることはない。
 ところがこのベースの弾き方がものすごく力強くて、ベースなのに異常に音が大きい。そして2曲とも悲惨な歌であるのに、悲惨さをまったく感じさせない。彼女が躁鬱病であったのだとしたら、まさに躁状態を思わせる曲調になっている。
 この曲そんなに好きなわけではなかったが、Immortalを繰り返し聴いているうちに、どんどん存在感が増してきた。ライブ録音ではSpider in My Bedの方がはるかにいいと思っていたが、今ではどちらも同じレベルにまであがってきた。


Spider in My Bedでアコースティク・ベース(ロイヤル・アルバート・ホール)

 ロイヤル・アルバート・ホールではSpider in My Bedの方だけやっている。彼女が現在でもデビュー・アルバムの曲をいくつも取り上げてくるのは、それだけこのアルバムに愛着を持っているからだと思うし、それほどにImmortalは完成度が高くて、名曲がたくさん入ったアルバムなのである。
 あの極め付きの名曲Am I the OneやBurn Chile、Summer is Gone、Blame the Moonなどを、どうして最近はやらなくなってしまったのか、そのことが私には残念でならない。
 12曲目はこれも私の大好きなToday Came Homeであるが、私はこの曲がどのアルバムに入っているのか分からない。いくら探しても発見できないのだ。YouTubeで探してもライブ録音しか出ていないから、アルバム未収録の曲なのだろう。
 したがってこの曲がベスのオリジナルなのかどうかも分からない。しかし、曲調からして彼女のオリジナルであることは間違いないだろう。ではなぜアルバムに含まれていないのか、私にとって大きな謎である。
 この曲も彼女の力強いヴォーカルとギターによって特徴づけられるナンバーで、ライブ向きの曲と言える。それにしても途中に入るジョン・ニコルズの間奏が素晴らしい。その瞬間を待ちつつこの曲を聴いていて、裏切られることがない。
 それにしても彼女はこの曲が好きなのだな。この曲になると何かテンションが一段上がるように感じるのは私だけか。そして至るところのコンサートでこの曲をやっていて、主役の曲ではないが、脇役として重要な位置を占めている。

Today Came Homeでアコースティック・ギター(リールのセバストポル劇場/11月13日)
 


ベス・ハート、ライブ(9)

2018年12月23日 | 日記

 10曲目のI'd Rather Go Blindもボナマッサとの共作Don't Explainに入っているカバー曲である。この曲は黒人のブルース・シンガー、エタ・ジェイムズの1968年のヒット曲で、スタンダード・ナンバーとして様々なアーティストによってカバーされている。

ジョー・ボナマッサと

 私がベス・ハートを発見したのは、YouTubeでブルースのいいのはないかと漁っていた時で、最初に聴いたのはボナマッサとの共演の曲、この曲やClose to My Fire、I Love You More Than You'll Ever Knowなどだった。
 最初の印象は「信じられないくらい歌のうまい女だ」というものであると同時に、ブルース・ギターの泣かせるフレーズは私には合わないなというものでもあった。最初から私はジョー・ボナマッサのギターに違和感を覚えていたわけだ。
 私は子どもの頃から楽器というものが苦手で、どんな楽器もまともに演奏できたことがない。そんな劣等感からか超絶技巧的な演奏になじめないのだ。とくにI'd Rather Go Blindは女心を切々と歌った曲だから、ヴォーカルを聴きたいのにギターが前面に出すぎる。

ジェフ・ベックと

 この曲はジェフ・ベックのギターでも聴くことができる。2012年にケネディ・センター・オペラ・ハウスでの黒人のブルース・ギタリスト、バディ・ガイに捧げるコンサートで、彼女は、当時のオバマ大統領夫妻を前にして歌っている。一世一代の晴れ舞台というわけである。
 しかし、ここでも私はジェフ・ベックのギターの技巧に走った演奏スタイルになじめない。ボナマッサのが泣かせるギターだとすれば、ベックのは腕を見せつけるギターという感じで、ジェフ・ベックの方がたちが悪い。でもベス・ハートはオバマ大統領だけでなく、少女時代から憧れていたレッド・ツェッペリンのメンバー達を前にして、かなり緊張しながらもとてもエモーショナルに歌っている。

Rockwis Orkestraをバックにジョン・ニコルズと

 白人が黒人の曲のカバーをやってもほとんどの場合、到底太刀打ちできないのが実情である。しかし、この人の場合は違う。ベスがジョン・ニコルズのギターをバックに、黒人かと思うようなドスの利いた声で通しているヴァ-ジョンがある。
 2014年、どこかのブルース・フェスでRockwis Orkestraをバックに、ベスとジョンが演奏しているものだ。ベスはこのときかなり太っていて、「声の出どころは肉だ!」と思わせるが、とにかく迫力満点だ。このヴァージョンがこの曲のベスのベストだろう。
 ジョンのギターは相も変わらず無骨で、堅実、ボナマッサやベックのような細かな技巧はないし、ベックのような装飾的な音もないが、その方がベス・ハートのヴォーカルに合っているのだということを、またブルース一般においてもその方がヴォーカルが生きるということを、ベス・ハートのファンの一部にも知ってもらいたいと思う。


アレクサンドル・デュマ劇場でジョン・ニコルズと

 ところで今日は、アレクサンドル・デュマ劇場での山場を迎えているのだった。Leave the Light Onを終えると、ピアノから離れてステージ中央前方にストールを出してきて、そこに座った。曲の紹介で「私の大好きな歌」と言うのが英語でも聞き取れた。
 
 Something told me that it was over, baby, yeah
 When I saw you, when I saw you and that girl

初めて聴く人はこの歌い出しに圧倒されるだろう。本家エタ・ジェイムズのような高い声もなく、可愛らしさもなく、ひたすら腹の底からドスの利いた声が出てくるのである。この日も熱唱だった。小さな会場でも決して手を抜かないのが彼女の流儀なのだ。いつ聴いてもいい曲である。
この曲に関しては本家よりもベス・ハートのヴァージョンの方がいいという人もたくさんいる。オリジナルよりもカバーの方がいいということは稀にあることだが、ベスの場合にはそれが稀ではない。
 この曲もそうだが、ボナマッサとの共作3枚目、今年1月に出したBlack Coffeeの中のDamn Your Eyesなどは、エタ・ジェイムズのオリジナルを完全に凌駕していると思う。ベス・ハートはスタンダードをカバーして、次々とそれを新しいスタンダードにしてしまうのである。

アルバムBlack Coffee

 


ベス・ハート、ライブ(8)

2018年12月22日 | 日記

Leave the Light Onを歌うBeth Hart(11月15日/アレクサンドル・デュマ劇場) 

恐らくこの後の9曲目、10曲目あたりが、この日のライブのクライマックスということになる。この2曲がベス・ハートのコンサートには欠かせないナンバーで、どんなコンサートでも必ずこの2曲だけは入れてくるからだ。前者は2003年のオリジナル、後者は2011年のカバーソングで、彼女の人気を不動のものとした曲なのだ。
 9曲目のLeave the Light Onは3枚目のオリジナル・アルバムLeave the Light Onのタイトル曲である。この曲を始める前に彼女はいつもピアノの前で、自分の悲惨な過去を振り返っていろんなことを話す。私は英語がほとんど聞き取れないし、ベス・ハートはものすごくの早口だから、何を言っているのか分からない。
 しかし話し出すと、いつも涙声になってきて、嗚咽が混じるので何を言っているのかは想像がつく。フランス人も英語をよく解する人もいるとみえて、前の方の席で頷くようなざわめきも聞こえる。
 この曲はアルバム発表時、ギターもベースもドラムも入ったフルバンドで演奏されていたが、Live at Paradisoではジョン・ニコルズのギター伴奏のみとなり、最近ではベスが一人でピアノを弾き歌うというスタイルになっている。この曲は本当にピュアな曲だからその方がいいだろう。
 前奏が始まると、さすがに観客の皆さんよく知っている曲だから、拍手や歓声が飛ぶ。フランス人もこの曲を聴いて、感極まって涙を流したことがあるのだろう。静かに始まる曲だが、ベスの最初の声、

 I seen myself with a dirty face,
 I cut my luck with a dirty ace

で、背筋に戦慄が走るのを禁じ得ないだろう。
 この曲は彼女の少女時代から10代にかけての人生を振り返りながら、〝生きること〟への意志を表明した曲で、彼女の圧倒的な歌唱力で強烈な説得力を持っている。I cut my luckという言葉から自傷行為を想像しない人はいないだろうし、事実そうなのである。こういう歌は多くのシンガーが歌うのかも知れないが、真に歌う資格を持っているのはベス・ハートだけではないだろうか。きっと彼女は死ぬまでこの曲を歌い続けるだろう。
 17歳と21歳の時のことは次のように歌われる。

 17 and I'm all messed up inside
 I cut myself just to feel alive

 21 on the run,on the run,on the run
 From myself, from myself and everyone

青春時代は総じて明るいものではないが、とりわけ苦しい思いでそこを通過する人はどこにでもいる。そんな人はベスのこの曲を聴いて身につまされ、感極まって泣いてしまうのである。
 この曲では彼女の少女時代に、家を捨てて他の女と暮らしたという父親のことも歌っている。彼女の曲には、特に初期の曲には自分の家族のことを歌ったものが多い。まさに母親のことは何度も曲にしていて、Caught out in the Rainもそうだし、Mamaもそうである。
 薬物中毒で亡くなったSister Heroine(ヘロインでなくヒロイン)という曲で歌っているが、そんな家族の内幕を暴露するような歌に、母親は当初かなり抵抗を示したらしい。でもベス・ハートという人は生の体験を歌うタイプのシンガーで、そんなものを核として曲を作り続けていけば、彼女の才能が劣化したり枯渇したりすることはないだろう。
 楽しいだけの青春時代を過ごしたような人は、他人を感動させるような歌は書けないに決まっている。それが生の実生活を表現したものである必要はないが、彼女の場合にはそういう風にしか書けないのだ。彼女がブルースを選択した理由の一端がそこにある。

 


ベス・ハート、ライブ(7)

2018年12月21日 | 日記

 5曲目はChocolate Jesus。この曲もジョー・ボナマッサとの共作カバー・アルバムDon't Explainの3番目の曲で、軽快で歯切れのいい曲である。歌詞を読むと「日曜ごとに教会に行かなくてもいい。お祈りで跪かなくてもいい。……チョコレート・ジーザスがあれば気分はいいし、満足だ。」というような不謹慎な歌だ。Chocolate JesusというのはChocolate Jesus Coffeeというのがあるそうだから、チョコレート飲料の名前ですかね。まさか麻薬の隠語ではないよね。
 この曲もジョン・ニコルズのギターで聴くのは初めてだが、とても短い曲で間奏もあるかないかくらいなので、取り立てて言うこともない。あっという間に終わってしまう。でもこういう軽快なブルースもいいものだ。
 次の6曲目はAs Good As It Gets。4枚目のオリジナル・アルバム37Daysのトップを飾る曲で、この曲も軽快で、威勢のいいナンバーである。さほどの名曲とは言えないが、一度聴いたら忘れられなくなるようなインパクトがある。

アルバム 37Days

 このアルバムの中では3曲目のOne Eyed Chickenが一番好きでライブでもよく演奏されていたが、最近のコンサートではあまりやっていないようだ。次のような自虐的な歌詞で、彼女はこういう曲もたくさん書いている。

I'm like a one-eyed chicken and a two-legged dog
Shrinking heads in the kitchen then I piss on the lawn
I'm not the kind of woman that you want to take home
Only heaven knows the devil's pain
I just can't change

 こんな救いのない歌が37Daysの中には他にもあって、At the BottomやCrashing Downなどがそうだ。このような曲は彼女の悲惨な過去(詳しくは書かないが、薬物中毒もその一つ)の体験から来ている。ただし、ベス・ハートはこんな自虐的な曲をパワフルに、実に攻撃的に歌う。聴くものにとってはそれが救いなのかも知れない。
 37Daysというアルバムの基調はそういう彼女の暗い部分にあるのだが、時に今日聴いたAs Good As Good It Getsのような軽快で力強い曲もある。アルバムの1曲目にも相応しいが、ライブのオープニングにも向いている曲だと思う。
 7曲目はアルバムFire on the Floorのトップの曲Jazz Manである。タイトルからしてそうだが、彼女がこれまで書いてきた曲の中で最もジャズっぽい曲だろう。しかも古き良き時代の酒場の雰囲気を漂わせている。
 ジャズ好きにはこういう曲はたまらないだろう。スキャットもふんだんに聴けるし、彼女のオリジナルではなく、どこかで聴いたスタンダード・ナンバーかと思うような風格がある。酒場の雰囲気だが、彼女のヴォーカルは頽廃に向かわない。自虐的な歌や暗い人生体験そのままの歌でさえパワフルに歌うように、彼女の歌は衰弱や頽廃とは無縁である。
 8曲目は私の大好きなLay Your Hands on Me。この曲もずっと有名なシンガーのカバー曲だと思っていたが、実はジョン・ニコルズとベス・ハートの共作によるものなのだ。カバー曲と思いこんでしまうような曲は他にもたくさんあって、Tell Her You Belong to Meなどはその代表と言える曲だ。このことは彼女の曲の完成度の高さを示していて、彼女の曲にほとんど駄作がないことの裏付けになっている。
 Lay Your Hands on Meは繰り返しの多い単純な曲と言えば言えるが、そこがヴォーカルの技術の見せどころ。ベス・ハートは同じフレーズを様々な歌い方でこなしていく。低音から高音に至る音域の広い曲で、歌い手にとっては難曲かも知れない。
 ベスが高音を出し切って、これ以上は? と思うところをさらに乗り越えていくところが聴きどころである。こういう曲のベス・ハートのヴォーカルを聴くと、本当に天賦の才能があって、とほうもなく巧いと思う。これだけの声量、声域の持ち主はどこを探してもいないのではないか。
 2015年にミラノで録ったジョンがピアノを弾くヴァージョンがある。ジョンのピアノは下手だが、伴奏がピアノだけなのでヴォーカルがクリアに聞こえる。とてもいい。最後にベスが間違えて「John Nicols on the Guitar」と言っている。

ピアノを弾いているのはジョン・ニコルズ 


 


ベス・ハート、ライブ(6)

2018年12月20日 | 日記

 3曲目はLifts You Up。ベス・ハートの3枚目のオリジナル・アルバムLeave the Light On(2003)のトップを飾る曲である。ピュアなロックの曲で、彼女は最近こういう曲を作らなくなった。Lifts You Upを始めるとすぐに、ベスは観客に立ち上がるように促す。前の観客から立ち上がっていく。後ろの方は遅れて立ち上がるが、頑として立ち上がろうとしない人もいる。恥ずかしいのだ。アメリカ人なら立たない人はいないだろうが。

アルバムLeave the Light On

 前が見えないので私も立ち上がって彼女の様子を窺う。調子のいい曲でテンポも速く、明るくて前向きな雰囲気を持っている。この曲で客との一体感を図ろうとしているのがよく分かる。
 2005年のParadisoでも、Pink Popコンサートでも、彼女はキーボードを弾きながら歌っているが、最近はこの曲を立って歌う。キーボードの前に座っていては客に立つことを促すことはできないから。
 この曲のライブで一番好きなのはPink Popの録音である。Paradisoではどの曲も全力疾走という感じで、テンポもオリジナルに比べて速くなっている。Pink Popでは若干テンポを遅くして、余裕を持たせているのがいい。
 なによりもこの曲にはFunky Soul Versionというのがあって、たまらなく良い。いずれにしてもこんな曲にドレスにハイヒールは似合わないから、やめるといい。曲の方でなくて、ドレスとハイヒールの方を。ところで今日のステージはどうだったのだろう。そんなことを顧みる余裕もなく、Lifts You Upは終わって次の曲へ。
 4曲目はI'll Take Care of You。これもジョー・ボナマッサとの共演で有名になった曲で、最初のカバーアルバムDon't Explain(2011)の8曲目の曲だ。私はI'd Rather Go Blindに勝るとも劣らない曲だと思う。


I'll Take Care of Youを演奏するベス・ハート・バンド(これが私の見たステージ)

 ベスのヴォーカルはソウルフルでドスが利いている。ボナマッサは確かにギターは超絶技巧的に巧いが、歌が全然だめなのでベス・ハートがいて初めて聴くに値する曲となる。二人の共演でベスは大きなものを得たが、本当に得をしたのはボナマッサの方だろう。Live in Amsterdam(2014)はベスのおかげで完璧なライブアルバムとなったのだから。


Live in Amsterdam

 ところでこの曲、3分の2を過ぎたところで、一瞬終わったのかなと思わせる部分がある。知らない人はここで拍手をしてしまう。デュマ劇場でもかなりの人がここで拍手をしていた。しかし、ここからヴォーカルも山場を迎え、ジョン・ニコルズの間奏も入ってくるので、聴きどころである。
 ボナマッサと比較されるだろう4曲の中で、この曲でのジョンのギターが一番良かったと思う。ボナマッサほど手は早くないし、超絶技巧というわけにはいかないが、ベス・ハートのヴォーカルとはぴったりと波長が合っている。
 決して巧くはないのかも知れないが、ベス・ハートにとって欠かせないギタリストは、ボナマッサではないし、ジョン・ニコルズであることに間違いはない。でなければ20年もの間、一緒にプレイを続けられるわけがないし、いつも彼女がジョンに示す感謝の姿勢が社交辞令だなどということもあり得ない。
 最近の録音でジョンのギターの素晴らしさを感じたのは、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールでのCaught Out in the Rainにおいてである。この曲は6枚目のオリジナル・アルバムBang Bang Boom Boomの4曲目の曲で、ベス・ハートの最高傑作の一つである。


アルバムBang Bang Boom Boom

 とてもライブ栄えする曲で、多くのステージが録画されているが、今まで好きだったのはスイス・バーゼルのBaloise Sessionでアンコールで歌ったものだ。ゲスト・ギタリストとしてPJ・バースが参加している。PJが入るとジョンはすっかり陰に回って、リード・ギタリストではなくなってしまうのだが、PJがいなくてもこの曲は偉大である。
 ロイヤル・アルバート・ホールのライブはDVDでも発売された。ジョンのギターはこのスローなブルースに合わせて、必要最小限の音を紡いでいく。山場にさしかかると、ドラムと共振する力強いリズムを刻んでいく。間奏も独自の切れ味があるし、終わりの方でボヨヨーンといった感じの音を出すところも、鬼気迫るこの曲を盛り上げる一助となっている。

ベースの胸ぐらを掴んでこの日のベスは凶暴である(Caught out in the Rain)


ベス・ハート、ライブ(5)

2018年12月19日 | 日記

 ついにベス・ハートのライブが始まった。1曲目は何か? ということは大変気になるところで、固唾をのんで待っていると、始まったのはBaby Shot Me Downであった。この曲は彼女のオリジナル・アルバムとしては最も新しいFire on the Floor(2016)の9番目の曲で、1曲目のJazz Manなどと同様ジャズのテイストの強い曲である。私はベス・ハートのブルースが好きなので、ジャズっぽい曲はそれほど好きではない。そこには魂を揺さぶるような暗さも恐ろしさもないからである。

アルバム Fire on the Floor

 Fire on the Floorは極めつけのブルースの名曲、Love is a LieとFire on the Floorを中心としながらも、ジャズへの志向を強く持ったアルバムで、バラード調の名曲とともに全体としてよくバランスの取れたアルバムだと思う。
 Jazz Manなどは何度も聞いているうちにその良さが分かってくるが、Baby Shot Me Downの方はリズムが軽く、滑稽な味があって真剣味に欠ける。だからこの曲をオープニンングに持ってきたことに若干の不満は残った。
 今年5月のパリPalais des Congrèsでのライブでは、オープニングにLove Gangsterを持ってきている。彼女のライブのオープニングは、大きな会場では暗闇の観客席の中から彼女が歌いながら現れるという趣向をとることが多いが、Love Gangsterもそのようにして始まっている。


Palais des Congrèsでのオープニング

 またこの日の2日後にトゥールで開かれたコンサートでは、オリジナル曲ではないがI Love You More Than You'll Ever Knowを暗闇の中からのオープニングに使っている。ブルースは彼女の代名詞なのだから、そんな選曲にして欲しかった。デュマ劇場は小さい会場だから、暗闇からの登場といったような演出はできなかったにしても。
 ちなみにLove GangsterはFire on the Floorの2番目の曲で、ブルースのカバー曲かと思うような名曲である。この曲ではリード・ギターのジョン・ニコルズとベースのボブ・マリネリの掛け合いと、そこに絡んでくるベス・ハートの絶妙なヴォーカルが聴きどころである。今年のツアーなら、スイス、バーゼルのBaloise Sessionでの演奏は必聴と言える。
 1曲目の途中から私はこの日の曲目をメモすることに決めた。客席の暗がりでメモをとるのも大変で、ライブを聴く集中力を殺いでしまう結果になったかも知れない。でも全曲知らない曲はなかった。
 2曲目はClose to My Fire。この曲はジョー・ボナマッサとの共作カバー・アルバム の2枚目See Sawの2曲目に入っている曲だ。タイトルからも想像できるように、非常に色っぽい曲で、ボナマッサとのアムステルダムでのライブでは"This song is about sex"などと彼女自身が紹介している。ボナマッサとの共演で聴かれるのはブルースの名曲ばかりで、この曲も例外ではないが、これほどエロチックな曲はない。いわば官能をくすぐるので、子どもに聴かせる曲ではない。

アルバム See Saw

 しかし、ギターはジョー・ボナマッサではなく、ジョン・ニコルズである。ボナマッサとの共演で聴かれる曲を、ベス・ハート・バンドでもやっているのは何曲もあるが、この曲は初めて聴いた。オープニングの特徴的なギター・リフはボナマッサのをなぞっているが、ジョン・ニコルズは間奏部分では独自のフレーズを聴かせている。
 この日のコンサートで、ジョー・ボナマッサとの共演で録音された曲は、この曲を入れて4曲もあった。一部のベス・ハートファンはジョー・ボナマッサとの共演を至上のものとし、ジョン・ニコルズのギターをないがしろにする傾向がある。ジョンのギターを〝アマチュア並み〟などとこき下ろす人もいるが、本当にそうなのか?
 私はそのことを確かめてみたかった。Youtubeの粗悪な録音で聴くと、ジョンのギターは本当に下手で、アマチュア並みに聞こえることもある。しかし、Youtubeでもちゃんとした録音で聴けば、決してそんなことはないと分かる。
 ベス・ハートを有名にしたI'd Rather Go Blindの最も感動的な演奏は、ボナマッサとのものでもなければ、ジェフ・ベックとのものでもない。ジョン・ニコルズのギターで聴かせるベス・ハートの歌が最高だと私は思う。