◆ 世界の常識に追いつけ
この原稿を米国・サンディエゴで書いている。31回目を迎えた「テクノロジー(技術)と障害者」会議に参加しているのだ。ロサンゼルスのカリフォルニア州立大学ノースリッジ校が主催し、数年前からサンディエゴで開催されている。私は1993年以降、ほぼ毎年参加している。
世界最大の、障害者を支援するICT(情報通信技術)会議である。世界中から、この分野の研究者や、各国の政策担当者が集まり、技術や法制度の動向を話し合う。グーグルやIBM、フェイスブック、アマゾンなどのICT企業や、支援技術の専門会社、放送通信技術の企業などが、最先端の技術を展示し、研究成果を発表する。
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初めて参加した日本人は、最初びっくりする。参加者は毎年3千人ほどだが、その大半が障害のある人なのだ。会場を、補助犬ユーザーや電動車いすユーザーが埋め尽くしている。多くのセッションで、手話通訳やパソコン要約筆記などの情報保障が入る。聴覚やディスレキシア(識字障害)への対応も万全だ。
名刺交換するともっと驚く。当事者の多くが、大学教授や政府高官、企業の役職者や上級エンジニア、ベンチャー企業のトップなのだから。
ここでは、障害があることは、誇らしい特性なのだ。当事者のニーズを明確に把握できてこそ、革新的な成果が出せる。「ダイバーシティ(多様性)はイノベーション(革新)の源泉」という意識が、徹底している。
さらにICTの公共調達を、高齢者や障害者が使えるアクセシブル(共用)製品に限るという「リハビリテーション法508条」が86年に制定され、98年には違反した行政担当者を告訴できるように改正された。そのため、あらゆるICT企業は、誰もが使えるユニバーサルデザイン(UD)のものだけを、開発するようになった。そこには、当事者の力が必要だ。障害のある優秀な研究者やエンジニアは、高給で引き抜かれていく場合も多い。
この状況は米国だけではない。欧州連合(EU)も2015年に同様の法律を制定した。ICT機器のみならず、Webサイトやアプリなどの情報サービスも、障害者に使えないものは作らない、使わないのが先進国の常識なのである。建物や公共交通が全てアクセシブルになったら、車いすユーザーであることが不利益ではなくなるように、全ての情報が各人に使えるUDな形式で提供される世界では、情報障害者という言葉は消えるのである。
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この会議に日本政府の担当者が参加したことは、残念ながら一度もない。世界各国の公共調達基準が「環境とUDへの配慮」を前提とするようになれば、その法制度を持たない日本の産業界は世界の市場を失うことになると、国は気づいていたのだろうか?
今年4月1日、ようやく日本でも障害者差別解消法が施行された。公共、民間問わず、障害を理由に人を受け入れないことは許されなくなる。全ての飲食店に盲導犬ユーザーが入れるようになり、全ての大学に車いすユーザーがやってくるだろう。あらゆる議会に情報保障がつくかもしれない。各国の差別禁止法に遅れること20年以上ではあるが、それでも大きな一歩だ。
だが、この法律でも、情報や製品のユニバーサルデザインに関しては、とても曖昧なままだ。1億総活躍社会というのであれば、その中には障害のある人も含まれるはずだ。解消法の基礎となった国連の障害者権利条約の精神にのっとり、情報分野や製品開発においても、世界の常識に追いつくことを、強く望むものである。
【略歴】1957年長崎県佐世保市生まれ。九州大法学部卒。81年、日本IBMに入社後、ユニバーサルデザインの重要性を感じ、98年にユーディットを設立。2012年より現職。著書に「スローなユビキタスライフ」など。
関根 千佳(せきね・ちか)さん=同志社大政策学部教授、ユーディット会長
=2016/04/03付 西日本新聞朝刊=